今朝は、重た感じの雲が空の大部分を覆っている。梅雨空というやつだな。雨こそまだ落ちてこないが、いやにじめじめした空気だ。わが輩の年老いたがまだ張りの残る毛並みもじっとりして臭いを発している。まだ風があるので、しばらく吾が庵で朝寝をしていれば乾くだろうと身体をまるめたら、そこに男あるじが新聞をもって出てきた。そして、
「ペッパーという名のロボットがソフトバンクから発売されたと出ているぞ。初回
1000台用意されたそうだが、1分で完売だそうだ。お値段が18万円もするのにだ。日本人は、ロボット好きだと言ってもいいな。そういえば、昔、といっても1999年のことだが、ソニーからAIBOというイヌ型のロボットが発売されたことがあった。これも25万円と高価だったが、わずか20分ほどで3000台が売り切れてしまったという。たしかに、日本人はロボットときくと、手に入れないでは済ませられないところがあるようだ」と話し出した。 わが輩はすぐにロボットときいて鉄腕アトムを思いだした。童顔の子ども型ロボットで愛らしく、家族の一員となることもでき、また超人的パワーで悪を懲らしめることができた。きっと、日本人はこういったアニメを子ども時代に楽しんでいたので、鉄腕アトムが現実になったと思って手に入れたいと思うのだろうと吾輩は、男あるじの読み上げた新聞記事から感じた。男あるじも、吾輩の感想を感じとったようで、
「そのとおりだな。私たちが子どもの頃に人気があったアニメと言えば鉄腕アトムや鉄人28号を思いだすな。手塚治虫が創作した鉄腕アトムは、感情を持ち、そのエネルギーを原子力から得ていることになっていた」と言うやいきなり、
『空をこえてラララ星の彼方 行くぞアトムジェットの限り こころやさし科学の子 10万馬力だ鉄腕アトム』とご近所をはばかることなく吠えるようにがなりだしたので吾輩は仰天した。そこで、吾輩も負けじと「ワン、ワン ワン ワウーン」と吠え、少しでも男あるじの濁声を消すべくがなり立てた。男あるじも自分の騒音に気づいてとみえて、吾輩を睨むとはたと歌うのを止めた。
「まあ、こんなわけで、日本人は子ども型ロボットが好きなのだな。ところでだな、新聞に載っている写真によれば、このペッパーというロボットもかわいい女の子を模したロボットのようだな。その記事によると、感情を持ったパーソナルロボット、人によりそい、まるで生きているかのように自ら行動するとある。人工知能が搭載されているのだな。そればかりではないぞ、人間の表情と声からその人の感情を察する感情認識機能が備わっているだけでなく、自ら感情を持ち、行動する感情表出機能ももっているらしい」と記事をみながら解説を続けた。
 吾輩は、このロボットが感情認識機能をもっているという説明にはびっくりした。イヌこそ、吾が飼い主様の顔色を読むのにたけた動物はいないだろうと自負していたが、なんとロボットにお株を奪われそうだ。まあ、お手並み拝見といきたいところだ。とくに、吾が男あるじのような首尾一貫したところのない気分屋の顔を読むのは職人技の芸当が必要だ。顔色ばかりでなく、その歩きぶり、声色、そしてそのときの天気まで考慮して対応するようがあるからだ。どんなに優れた人工知能をもっていてもこんな芸当は無理だろうなと顔に出したら、男あるじは、
「何をぬかすか。感情はストレートに出してこそ気分がよいのだぞ。気にくわないときは怒り、おかしいときは笑い、そして悲しいときは泣く。このどこが気分屋なのだ」と怒って家の中に入ってしまった。
 この家の女あるじや娘あるじは、吾が亡き後のことを心配している。無理もない、吾輩も寄る年波には勝てずに、足腰と心臓がことのほか、この夏は弱っている。きっと、吾が跡目はこのペッパーだな。餌もいらないし、おしっこやうんち、散歩の世話もいらないからな。

「紫陽花や世の七変化写せしか」 敬鬼

- ペッパー(Pepper)

徒然随想