徒然随想

 娘あるじが顔を見せないなと思っていたら、珍しくも海外旅行に出かけたようだ。行く先は、弟が長期出張で滞在するマニラという。そういえば、男あるじと女あるじも2年前に出かけていったことを思い出した。出発日はちょうど台風が四国から瀬戸内海を通過中だったので、飛行機が8時間近くも遅れて飛び立ったという。それでも無事にマニラに到着し、弟一家から歓迎されたと吾輩に話した。娘あるじは、
「国際的な観光地のセブ島にも行ってきたのよ。クウちゃん、すごいでしょう。セブはマニラの次に大きい都会で人口は約70万人。ここは長細い島だけれども、南北220kmもある大きな島なのよ。ここは、はじめて世界一周を達成したスペインの航海者マゼランがセブ島の隣の島のムスリムの領主との戦いで戦死したことで世界史に登場した所よ。その後、スペインの統治を経てアメリカの植民地となり、太平洋戦争中の19424月、日本軍がセブ島に上陸、占領したが、19453月アメリカ軍が上陸、終戦を迎えて日本は降伏したと聞いたわ。いまは、フィリッピンのセブ島人口も300万人と増え、日本人の観光客も多く繁栄しているが、激しい戦火を経てきているんだよ。70年前のことだけれども、いまのセブ島をみているとここで戦争があったなんて隔世の感があるわね」と話した。 吾輩が娘あるじの旅の話を聞いているとそこへ男あるじがやってきて話に割り込んだ。
「セブ島の旅行の話のようだな。わたしも一緒に出かけてみたかった。2年前にボラカイには出かけたが、セブも都会的雰囲気がありいいらしいな。もっとも、セブ島は日本人の祖先と強いつながりがあることが最近発見されたと言うぞ。というのもセブ島の人に日本人に固有なY染色体DYAP)をもつ者がいて、これは数万年前の日本人の祖系にあたるということだ。Y染色体は性染色体で男性のみがもつ。日本人の祖先はきっと島伝いに日本にたどり着いたらしいな。もっとも、現在はセビアノとよばれる民族がセブ島では多数を占めていて、あとは中国系、スペイン系の混血が多い。それにしても驚くな、ここの人たちが日本の祖先である可能性が高いとは」と話した。
 吾輩は、男あるじが話す内容はほとんど理解できなかったが、吾輩もオスなのでY染色体をもっているのですかと目で問うと、
「そういうことだ。性染色体はX染色体とY染色体があり、受精時にXYの組合せになれば男あるいはオスに、XXの組合せになれば女あるいはメスとなる。Y染色体は男から男のみに伝わるので、もし固有な遺伝子があれば特定可能になるわけだ。おまえもオスだから、おまえの父と同一のY染色体を受け継いでいる。おまえは父となるオス犬の顔も知らないだろうが、遺伝的には紛れもなく父となるオスイヌと同一のY染色体をもっている」と吾輩の問いに答えた。
 娘あるじは、
「そんなことはさておいて、セブ島の海は熱帯魚が泳ぎ、珊瑚が砂浜に落ちていて、それは美しいところだったわ。島の周りを珊瑚礁が取り巻いているので遠浅だし、波はほとんど無いし、3歳の甥を遊ばせても安心して見ていられたわ。水中めがねとシュノーケルも借りられるので、回遊する熱帯魚を飽きずに眺めていたわ。出かけるときには折悪しく台風が来ていたので、命がけのマニラ旅行になるかもと思ったが、杞憂だったわ」と話終えた。
 吾輩は、人が体験してきたことを聞くのは楽しい。自分自身は繋がれた身なので自由に出歩くこともできないし、この家の者は吾輩を車に乗せるのは動物の医者に予防注射を受けさせにゆくときくらいだ。最近はペットと宿泊できるホテルもあるそうだ。一度は遠出をしてみたいものだ。

「昼下がりただ寝る犬や蝉時雨」 敬鬼

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