いきなり、こんな問いを男あるじは、わが輩を相手に発してきた。
「次のような場合には、おまえはどちらを選ぶかな。問い1 選択肢A:1万円が無条件で手に入る。選択肢B:コインを投げ、表が出たら2万円が手に入るが、裏が出たら何も手に入らない。さあ、AとBのうち、どちらを選ぶのかな。コインを投げて決めるということは50%の確率で表がでたり裏が出たりするということだ。さあ、どうするか」  わが輩はあきれてしまった。一攫千金とはいかないが、労せずして1万円が得られるので、当然、誰でもAを選択するはずだな。そこで、
「もちろん、Aを選択して1万円を確実にゲット」と答えた。男あるじは、ふむふむと肯きながら、では、
「借金が2万円あるとする。このとき、問い2の選択肢A:無条件で借金が1万円減額される。選択肢B:コインを投げ、表が出たら借金が全額免除されるが、裏が出たら借金総額は変わらない。さあ、この場合はどちらを選択するかな」
  わが輩は、ふーむとうなった。堅実に借金を減らすならばAの選択だし、このさい借金生活を精算しようとすればBの選択になるな。これは、難しい選択だ。男あるじは、さあどうすると返答を迫った。わが輩は、それならば、このさい一気に借金を減らしてきれいな身になろうと思い、Bを選択した。
「なるほどな、この2つの問いの選択肢Aではどちらも手に入る金額は1万円で同額だ。それにもかかわらず、多くの人は問い1では堅実に選択肢Aを選んで1万円をゲットするが、問い2では選択肢Aを選ばないのだぞ。問い2ではギャンブル性の高い選択肢Bを選ぶという。なぜか。ノーベル経済学賞を2008年に受賞した心理学者のカーネマンによると、人間は目の前に利益があると利益が手に入らないというリスクの回避を優先し、損失があれば損失が残るリスクを回避しようとする傾向があることから、このような結果が起きると説明する。問1の場合は、「50%の確率で何も手に入らない」というリスクを回避し、「100%の確率で確実に1万円を手に入れよう」と考える。また、問2の場合は、「100%の確率で確実に借金が残る」というリスクを回避し、「50%の確率でも借金の支払いを免除されよう」と考えるという」と男あるじは解説した。 
  わが輩は、心理学者がノーベル経済学賞を受賞していたことにびっくりした。たしか、男あるじも心理学者だといっているようだ。偉い心理学者がいるものだな。男あるじは、わが輩のまなざしの意味には無頓着に解説を続け、

「つまりだ、人間には、同じ金額でも自分の「利益」と「損失」では、「損失」の方がより強くリスクを感じ、それを回避しようとする行動をとる損失回避性という行動特性がある。同じ1万円でも、それを得るのと失うのでは、失う方がショックが大きいといえる。言い換えれば、人間が損失と利得をどのように評価し、どれを選択するように意志決定するかという問題なのだ。カーネマンは、人間は利得よりも損失を過大に評価する傾向があり、損失を避けるように行動することを見いだしたのだよ」
  わが輩も、わずか利得を得るよりは、損失を避けたいと思う。損失は、あとあとまで残るので心穏やかでは居られない。日々是好日に過ごすには借金は無くさなければな、いいですか、男あるじには良い教訓ですよ。

「紅梅や 去年も今年も 静かなり」 敬鬼

徒然随想

-リスクの回避-