徒然随想

-スペイン紀行 ガウディ
   この家の男あるじと女あるじは、スペインがどうのと話しているのをわが輩は聞きつけた。何でも先頃はるばると彼の地まで出かけたらしい。そういえば、その頃、わが輩はいつもとちがって放っておかれた気がする。昼間、昼寝に飽きて「フィーン、フィーン」と鼻を鳴らすでもなく吠えるでもなく音を出すと、たいていは、女あるじが外に出てきて、わが輩を縁側の中に入れるが、この間は誰も出てこなかったな。夜、わが輩がふて寝をしていると、この家の娘がようやく仕事からご帰宅し、面倒くさそうに散歩に連れ出していたことを思い出した。そうか、この間に洋行としゃれこんでいたのか。
   聞くともなく聞いていると、撮影してきた写真を前にしてふたりは話し込んでいるようだ。ガウディがどうのこうのとか、サグラダファミリアがどうのとかしゃべっている。さすがにわが輩もなんのことかわからないので、いつものように
「フィフィーン、フィフィーン」とさりげなく問うてみると、さっそく女あるじが、
「クーちゃんも、スペインの話を聞きたいの」とこちらを向く。男あるじは、
「わかりもしないくせに、何にでも鼻を突っ込むんだな」と馬鹿にしたように言う。当たり前だ、わが輩はこれでも鼻の利く犬だからなと目で応えると、男あるじは一本とられたような表情を返した。
「サグラダファミリアというのは、バルセロナにある有名な教会なの。いまも、建築中で、なんと1882年からというから128年も工事しているんだって」と女あるじが話す。これを引き取って男あるじが物知り顔に、
「これはアントニオ・ガウディという建築家が構想し、それにもとづいて建築が進められているんだな。いまでは、彼の建築したもの、たとえばグエル公園、カサ・ミラ、カサバトリョのアパート群など世界遺産に登録されている。サグラダファミリアも古い領域は世界遺産だね。」
「ガウディは建築家としては奇抜なアイディアをもっていた人で、直線ではなく曲線で構成された壁や塔を多用している。ヨーロッパの教会建築は、鋭角的な直線で建物の外観が構成されているものがほとんどだけれども、このサグラダファミリアはすべて『まあるい』んだな。
12本の高い塔が屹立しているが、これらもみんな『まあるい』」と話す。
『まあるい、まあるい』か、想像してみると何だか奇抜な格好をした外観のようだ。でも、『まあるい』ということは角ばったところがないということだから、皆、円満で幸せなな気持ちになれて良いのじゃないかな、とわが輩は感じた。
こんなわが輩の思いを察知した男あるじは、
「そのとおり。サグラダファミリアは屹立する塔でも『まあるい』ので威圧感が無く親しみやすい。だから日本人にも人気がある。この教会の建設開始は1882年というから、日本の明治維新から15年後になるな。当時のスペインは王政に復古されていた。そんな時代にスペインを代表する教会建築に、このような様式が取り入れられたというのは反対も多かっただろうと思われるね」
「バルセロナは、その時代を代表する芸術家と関係が深い。あの有名なパブロ・ピカソもバルセロナで美術学校に通った。ガウディとピカソはほぼ同時代人、もっともピカソはガウディより30年ほど後に生まれているがね。ピカソは20世紀を代表する画伯となったが、ガウディは教会のミサに向かう途中、なんと路面電車にはねられて無くなったという。73歳だった」とグーグルで検索したに違いない付け焼き刃の知識でしたり顔に解説したを加えた。
女あるじも、
「ガウディの建築はほのぼのさせるものがあるわ」といたく気に入った様子。
  やれやれ、わが輩が放っておかれたのはサグラダファミリアを見るためだったのか。それにしてもご苦労なこった。昼寝をしていた方がよほどいいってもんだね。日本にも五重塔があるが、あれは円くはないな。円い五重塔はないのかな。