このところ、男あるじはスペイン旅行のことをよく話題にする。わが輩も暇なので聞くともなく聞いていると、風車がどうのこうのと女あるじにむかって話しているようだ。風車といえば、ドン・キホーテだが、どうやらそれには関係のない話をしている。
 女あるじとの話にあきたのか、男あるじは、わが輩に向かって、
「風車は何のために作られたか知っているか。これは、風の力を利用して、オランダでは排水や灌漑のためにもともと作られ、その後動力源として利用され、製材、岩石の粉砕、菜種油・落花生油絞り、またスペインでは粉作りをした。これらは、いずれも人間にとってつらい仕事だったので風の力を利用することを誰かが思いついたものだな。最盛期にはオランダでは9000台もあったというぞ」
 わが輩は、風車は風ぐるまの親分みたいなものと考えていたけれども、いまでは立派な産業遺産だったことを知った。たまには、男あるじもましなことを言うといった目つきでみやると、調子に乗ったのか、
「動力源としての風車は、蒸気機関など内燃機関が発明されてその任を終えたが、この自然
の力を利用する考え方は、21世紀になってよみがえった。何だかわかるかね」
 ガソリンやデーゼルエンジン、そして電気モータが動力として利用されている今日に、風の力なんて何に使えるんだろうと頭を捻っていると、その頭ではわからないだろうな、つぶやいて、
「それは、風力発電だぞ。アメリカ、ドイツ、スペイン、そして中国で盛んに利用されている。ただ、オランダでの風力発電の利用は小さく、日本と同じくらいで、世界で見ると10以下だという」
 わが輩は、風車にかわって大きな羽根をもった風力発電塔を思い描いてみたが、なにせ実物を見たことがないので、実感が湧かない。やっぱり中世の風車の方が風情がありそうだ。そこで、男あるじがドン・キホーテに関係したラ・マンチャ地方のカンポデクリプターナで写してきた風車の写真をしげしげと見たところ、なにやら人間くさい形をしているなと感じ始めた。ドン・キホーテが騎士と見立てて風車に突進したそうだが、確かにそんなことをしてみたくなる風格がある。どんなにちょっかいを出しても動ぜず、悠然と立っている。羽根も優美で、白くて美しい西洋甲冑をまとった由緒正しい騎士が大身の槍をもち、こなたを見下ろしているように見えなくもないから不思議だ。
 わが輩も、妄想に駆られて、あののっぽの電信柱にでも突進し、吠えてもかじっても動じない電信柱にいっぱいのおしっこをしっかけてみたくなったわい。

 「騎士然と青空に立てり風車群」
スペイン紀行―風車―

徒然随想