徒然随想

−スペイン紀行 −サフラン−
   この家の女あるじは、今日の夕食はスペイン旅行で味わったパエリアだと張り切っているようだ。パエリヤ?聞いたこともない料理だなと、わが輩が怪訝な顔をしていると、そこに男あるじが2階の書斎から降りてきて、

IMG_1557.JPG「パエリヤとはスペインを代表する料理だぞ。パエリアは、元々、スペインの地中海岸沿いのバレンシア地方の郷土料理だった。パエリヤとはバレンシア語でフライパンを意味している。」
 わが輩は、それでどんな料理なのかなと、問う目つきをすると、
「うん、多分、お前には食べさせないだろうな、お前はふだんと変わったものを食べると、すぐにお腹を悪くするからな。これは、実は、お米を使う料理なんだ。お米をフライパンのような大きな鍋に入れ、オリーブオイルで炊くんだが、具として、魚介類や、鶏肉やウサギの足なども入れる。イヌの足を使うこともあるぞ」とおどかす。
 そこへ、女あるじがわが輩の悲鳴のような泣き声を聞いてあたふたと台所、いや今風にいうキッチンから現れた。
「また、からかっているのでしょう。イヌの足を料理に使うわけがないでしょう。まったく、非常識なんだから。」とわが輩の無知と臆病をなじり、男あるじをにらむ。
女あるじは、
「この料理の特徴はサフランを使うことにあるのよ」と言い、サフランを知っているかと眼で問う。もちろん、わが輩はそんなものは知らないから、おなじように知らないと眼で応える。女あるじは男あるじをふりかえり、同じように知っているかと眼で問うと、男あるじはそそくさと書斎に戻ってしまった。きっと、ネットでしらべるためだろう。
  しばらくすると、いつものように知ったかぶった顔をして階段を威勢良く降りてきた。きっと、調べが付いたんだろうな。
「あのな、サフランは花の名前だぞ。なんでもアヤメ科の多年草でクロッカスのような花だそうだ。多年草だから球根から育つ。9月に植えると10月下旬から11月には花が咲くそうだ。この花のめしべの先端は3つに分かれていて赤い色をしている。これが染色作用をもっている。つまり、いろいろなものを染めることができるということだ。染められたものは黄色になる。食材としてのサフランはこのめしべを一つ一つ摘み取って乾燥させたもの。ひとつひとつ人間の手で摘み取ると言うことだ。」
この仕入れたばかりの解説を聞いて、わが輩は、
「まるでミツバチみたいにめしべを集めるのですか。ミツバチを使えば、ミツバチの労賃はタダ、いや蜜を搾取するので人間には利益がでるが、人間の手でめしべを集めるのじゃ、手間賃が大変でですな」といった顔つきをすると、男あるじは、わが輩の顔を読んだようで、
「そのとおりだな。1gのサフランを得るのに300個もの花が必要となる。1gで1000円はするというぞ。
「こりゃ、たまげた。ふっと息をかければ飛びそうなものに1000円とわな。わが輩の大好物のかんづめ肉がついつい頭に浮かぶ。目方に対する値段では最高に高価なのじゃないですか」とうなり声を発すると、男あるじも、

「スペインでもラ・マンチャ地方で栽培され、オリーブオイルと同じように特産物になっている。しゃれて小瓶にいれて売っているが、中味はすけすけでさらさらと音がするだけで、10ユーロ以上の値が付いていたぞ。」と話す。どうせ、ものの値段は目方で決まると信じている男あるじは、購入しなかったに違いない、とわが輩は男あるじをさげすんだところ、
「そのとおり、たかがお米を着色するだけのために大枚をはたけるか、ふざんけんじゃない」と力む。どうやら、香辛料を求めて新大陸に向けて出帆したことが、歴史を大きく転換させたことに思い至らないようだ。