徒然随想

−スペイン紀行 −トゥロン−
 おやつの時間になり、わが輩も何か甘いものが欲しいなと感じていたちょうどその時に、二階から男あるじが降りてきて、「ほれ、これを味わってみよ」と、あまり見かけないクッキーのようなものを目の前に差し出した。わが輩は、このような場合、ご近所犬のハッピーとは違い、すぐに食いついたりはしない。おもむろに、まず眼で色合い、形、堅さなどを確かめてから鼻を近づけて、もっとも肝心の臭いを嗅ぐ。
「う、う、う、なにやら甘い匂いだぞ、きっとこれは蜂蜜が入っているな。どうやら、口に入れても大丈夫らしい」turron.gif
と、わが輩の脳が命じている。
 短気で損ばかりしている男あるじは、
「何だ、欲しくないのか。それなら、やらない。せっかく、スペイン土産を味わせてやろうと思ったんだが、おまえにはやるほどのことも無いようだ」
とその菓子を引っ込めにかかった。わが輩は、目で、
「それはないでしょう。ガツガツとしていないことは欲しくないと言うことではないのです。品良く頂こうと思っているだけです」
と訴えると、
「よしよし、それでは上品に味わってみよ」
と男あるじは、これまた下品に、そのクッキーらしきものを投げてよこした。
 わが輩は、
「まず、舌で舐めてみた。甘い味だ。やっぱり蜂蜜だな。次ぎにかじってみる。硬いナッツのようなものがスライスして板状に固めてあるようだ。そこで、これは何ざんすか」と男あるじに目で問うと、
「うん、これはだな、トゥロンという名のスペインの菓子だな。アーモンドを蜂蜜と卵白で固めてある。スペインは、オリーブと並んでアーモンドの一大産地でもある。世界第二位の輸出をしているんだぞ。」
と、またまた、講釈が始まった。
「もともと、スペインに自生していたものではない。これはアジアが原産地で、地中海沿岸にそって、かなり古い時代にもたらされ、栽培されるようになった。地中海の温暖な気候が植生に適していたんだな。いまや、スペインではアーモンドの花は、日本の桜と同じように、春の訪れを告げる樹木となっている。バレンシア州、アンダルシア州を、この時期にバスで通ると、日本の桃の花に似た花びらをつけた果樹園があり、見事な風景だぞ。グラナダのアルハンブラ宮殿の丘からも、このアーモンドの花盛りで、それはそれは美景だった」
と柄にもなく、男あるじは感慨いや、半陶酔状況である。
 きっと、スペイン旅行を思い出しているのだろう。わが輩は、そんな時にちゃちゃを入れるほど無粋ではないので、しずかに上品にトゥロンなる菓子を味わった。

 「スペインの匂い立つのかアーモンド」 三茶