昨晩はびっくりしたな。突然、部屋が揺れ出したもんだから。家の者も起きてきて
「地震だ、地震だ」と騒ぎ出した。そして情報を仕入れるためにテレビを付けたようだ。吾輩は、揺れがすぐに収まったので、また白河夜船と決め込んだ。でも、男あるじたちは震度6弱が郷里だったので、心配そうにニュースを見続けたらしい。 吾輩は、朝の散歩に出かけるときに、昨晩の地震のことを問うてみたところ、
「さいわいなことに、親戚には棚の上のものが落ちた程度で大した被害はなかったそうだ。それでも善光寺の境内の石灯籠が倒れたり、鐘楼の石垣が崩れたりした」と身内には何もなかったことに安堵したのか、あくびをしながら面倒くさそうに答えた。
 朝の散歩は短い。目の前の公園を一周し、その間に数回おしっこをして終わりだ。吾輩はせめて2周程度公園の周りを回るのを願っているのに、男あるじはそそくさと帰路につく。これは散歩というより吾輩の生理的要求を処理するものであるようだ。生理的要求の処理は必須のことだが、それだけでは身も蓋もないし味も素っ気もない。男あるじは吾輩のこんな思いには一顧だにせずに、
「地震というものは怖いものだな。一瞬にしてそれまでに積み上げたきた生活の基盤である家が壊されてしまう。地震、雷、火事、親父と怖いものが列挙されているが、雷や火事は対処できるし、親父はとうに影の薄い存在となったが、地震だけはどうにもならない。今回の地震は内陸だから津波の心配はなかったが、倒壊した家も新聞やテレビの報道で散見された」と散歩しながらぶつくさとつぶやいた。
 朝の生理的処理のための散歩が終わり、庭に繋がれていると女あるじがやってきて、吾輩の朝食の用意をしだした。朝食は粒状の小さな固形のものに缶詰のとろとろした肉をまぜたもので、これが定番だ。吾輩は幼少時から食が細く、動物医師の指示で毎食前に食欲昂進剤を飲まされているのでなんとか平らげることができた。思うに吾輩は食に対する欲望は小さいようだ。小さな犬ががつがつと食べているのをみるとなんとはしたないと思ってしまう。これも吾が習性だろうか。やれやれそれでも腹もふくれたし、陽気も良いので朝寝をすべく丸くなっていたら、男あるじが紙をもって庭に出てきた。そして、干し物を干している女あるじに向かって、
「こんなデータがネットを探索していたら見つかったぞ。これは財団法人の国土技術センターがまとめたデータだが、それによると、日本の国土面積は全世界のたった0.28%しかないのに、全世界で起こったマグニチュード6以上の地震の20.5%が日本で起こるのだそうだ。つまり、日本では他の平均的な地震国の73倍もの率で地震が起きると計算できる」と解説しだした。
 干し物の作業しながら聞いていた女あるじは、びっくりした様子で男あるじを振り返り、
「まあなんと危険に満ちた国なんでしょうね。生涯にわたって地震に遭遇しないというのは奇跡的じゃありませんか。この家に引っ越して45年になるけれども、一度も地震に遭わなかったというのは大変ラッキーだったということですね」と応じた。
 男あるじは、続けて、
「今年は御嶽山が噴火して57名もの遭難者が出ただろう。先のデータによれば、全世界の活火山の7.0%が日本にあるという。平均的な国の25倍だな。そして全世界で災害で死亡する人の0.3%が日本、全世界の災害で受けた被害金額の11.9%が日本の被害金額だそうだぞ。日本は、知恵と才覚で自然災害を極力少なくしているのでこんな程度で済んでいるが、それにしても住む土地から逃げ出すことができないのだから、これは日本の宿命といえような」と話し終えた。

「木漏れ陽や落ち葉の上の影絵かな」 敬鬼

- すさまじきものは地震-

徒然随想