わが輩は、夕方になると自然にそわそわする。自分でもどうしてなのか分からない。この家のあるじは、そんなわが輩をじらすかのように、わざと散歩の時間を遅らせるようにみえる。男あるじは、そんなわが輩をみて、
「無理もないな。日がな、昼寝をしているんだから退屈するだろう。いや、ひょとすると、脳が散歩を求めているのかも知れない」などとわけの分からないことをつぶやく。
「それはだな、脳が刺激を求めているんだな。脳というやつは適度な刺激がないとイカレてしまうものなんだ。人間も、一日中、狭い部屋に閉じこもっていると目や耳から入る刺激が単調なものになり、眠くなってくる。運動も限られるので筋肉から発する刺激も少なくなってしまう。そうすると、ますます、眠くなると言うわけだな」とくだくだ言い始めた。
 そんなことより、わが輩は一刻も早く散歩に出たいので、クーンクーンとなくと、
「まてまて、せっかく話し始めたので、もっと知恵をつけてやろう。しばし、待てよ」
とわが輩をじらした。
「脳はだな、いつも適度な刺激を得ている必要がある。もし、2日も3日も単調な状態が続くと、脳はまともに働くなってしまう。いや、困ったことに脳自身が刺激を作り出そうとする。実際にはそこにないものが見えたり、聞こえたり、つまりだな、幻覚が生じる。このような状態がさらに続くと、本当に脳はイカレてしまう」と解説する。
 わが輩は、散歩に出かけるのも忘れて、そんなことは勘弁願いたい、恐ろしいと感じた。昼寝ばかりしているのも健康に悪いようだ。それにしても、どうして脳はイカレちゃんだろう。わが輩の疑問を察した男あるじは、
 「それはだな、脳を正常に活性化させておくためには、外からの刺激が必要なんだよ。起きているときは、外からさまざまな刺激が目や耳に入ってくる。なんじゃもんじゃの白い花が咲き出したとか、雲雀が鳴いているとか、犬の吠え声、車の音、テレビの音などなどが刺激として脳に達し、このような刺激による興奮が脳の活動水準を保つ部位にいつも貯蔵される。こういう状態だと、脳は正常な活動を行うことができる」
「なるほど、そうすると、なんですか、いつも昼寝ばかりしていると、脳の活動水準を保つ部位に興奮が貯蔵されなくなり、脳自体の活動が低下してしまうということでしょうか」と目できいてみる。
「そういうことだな。おまえのように昼寝を仕事にしていると、脳の活動性が低下し、それが続くと、イカレてしまうということだな」と応える。
 なるほど、夕方になるとむやみに身体を動かしたくなり、散歩に出たくなるのは、脳がイカレてしまわないようにするための手段だったのか。うーん、それならば、ますます脳の命令に従わなくてはならないな。わが輩は、思い切り吠えてやった。
 ようやく、男あるじも、いじわるをやめて散歩に出かける支度を始めた。それにしても、昼寝は健康によく、長生きの秘訣だと思っていたが、どうやらそうでもないらしいな。もっとも、一日中、寝ているというのが良くないらしいな。何事も中庸を心がけるべしか。それでは、わが輩も、恋しいハッピーちゃんのことでも考えるかな。いや、いや、これはこれで白昼夢に陥りそうだ。やばいかもしれない。
わが輩は、靴を履かなくてもよいので、鳴らすわけにはゆかないが、そんな気分で散歩に出ようっと。そして、脳を大いに刺激しよう。

 「お手手つないで 野道を行けば
  みんなかわいい 小鳥になって
  唄をうたえば 靴が鳴る
  晴れたみ空に 靴が鳴る」

徒然随想

-適度な刺激の効用