徒然随想

-東京スカイツリー

  10月に入り過ごしやすい日々が続くので気持ちよく安眠できる。わが庵のある庭にも、金木犀が植わっていて、しきりに匂いを発し、わが輩の鼻孔をくすぐる。男あるじはこれを香しいと感じるようだが、わが輩には匂いはわかるものの興奮を与えるようなものではない。われわれイヌにとっては、香りが良いというだけでは嗅ぐ意味が無いのだ。われわれにとって匂いとは、それが何かを意味するものでなければそれこそ意味が無い。匂いがガールフレンドのものか、あるいはわがライバルのものか、はたまた闖入者のものかを指し示してこそ意味がある。ところが人間どもはただ香しいというだけでそれを珍重するようだ。こんなことをつらつらと思っていたら、そこへ男あるじが出てきた。そういえば、2日間ほど姿を見せなかった。そこで、どこかへと眼で尋ねると、「うんうん、ちょっと東京へ行ってきたんだ。そういえば、東京でも金木犀が香っていたな。10月に入ったので咲き出したようだ。この花の匂いは甘くしかもさわやかに感じられて好ましい」と小鼻をひくひくさせ、一杯に匂いを吸い込もうとした。やれやれ、食べ物にもいじましいが、匂いにもいじましいようだ。
「東京はスカイツリーを見物に行ってきたのだ。スカイツリーを知っているか。これは634mの高さを誇る電波塔だ。まあ、あの「三丁目の夕日」という映画で取り上げられた東京タワーの後継として建設された。総事業費は650億円という。ただの電波塔ではなく、中心にはエレベータが昇りと下りの専用でそれぞれ2機ずつ設定されていて、350mの天望回廊まで50秒で着くことができる。まあ、観光塔でもあるな。しかもその観覧料金はひとり2500円もする。それなのに、押すな押すなの大盛況だった」と話し始めた。
  わが輩は、山以外の高い建物なぞ見たことも昇ったこともないので、ただ傾聴に務めた。634mの人工物がどれだけ高いものか見当もつかないが、きっと低い雲よりも高いのだろうと推しはかった。男あるじは、続けて、
「この天望回廊からは、足下に隅田川とビル群、西には富士山、北には赤城山や榛名山、東には千葉から房総半島が展望できるという触れ込みだった。確かに晴天ともなれば、その眺望は値千金なのだろうが、あいにく台風が銚子沖を通過中とかで、天望回路の外は雲しか流れていなかったのは残念至極だった。ただ、雲は濃いときと薄いときがあり、薄いときには雲の切れ目があるので、それこそわずかな時間、隅田川とその川筋に立つビル群を垣間見ることはできた。まあ、お天気ばかりはどこにもクレームの持って行きようがないので、これで我慢するしかなかったわけだ。自分の精進が足りなかったためか、雨男、雨女のせいにするしかあるまい。予約したチケットをお天気でキャンセルもできず、多くの見物客が詰めかけていた。なかには修学旅行で来た小学生の一団もいたが、これは気の毒だったな。天気に恵まれれば、きっと歓声を上げて外界の眺望に応えただろうに。ただ三々五々天望内を回遊し、ときどき外を覗いてがっかりしていたよ」と話し終えた。
  わが輩には、眼下の雲しか見えないことも予想されるのに、わざわざ名古屋から東京まで旅費を掛けて出かけていく気が知れない。どうも人間という生き物は人が皆行くのに自分だけ行かないことに我慢がならないもののようだ。取り残された気分にでもなるのだろうか。2020年の東京オリンピックはさぞかし大騒ぎとなることだろう。人間というより日本人はことのほかお祭りが大好きなんだろう。東京スカイツリーもディズニーランドとおなじく、イベントやエンターテイメントとなっているらしい。なにせ、このものぐさの男あるじを動かすくらいだから。

「金木犀 香し嬉し 衣替え」 敬鬼