正月の三が日も早くも過ぎ、日常が戻ってきた。というのも、吾輩の朝の散歩や夕方の散歩がいつもの決まった時間に行われるようになったからだ。わが輩たちイヌ族からみれば、お正月と言うのは人間どもの骨休みの期間のようだ。お正月をいい訳としておもいっきり怠惰に過ごすものらしい。飲んで食べて寝て、そしてまたテレビの正月特番とやらで大笑いし、そしてまた食べて寝る。よくまあ、こんなに怠けられるものだと感心した。 冬晴れの庭に男あるじも、女あるじも、そして娘あるじさえ出てきた。日光浴でもしたくなったのだろう。娘あるじはさっそく吾輩の耳を撫でたり首筋を揉んだりしはじめ、
「ずうーとずうーと愛しているからね」と訳の分からないことを言い出したので、吾輩はウーワンワンとうなり声を出した。これには、女あるじもびっくりして、
「クウちゃん、どうしたの。お姉ちゃんが久しぶりに可愛がっているのに。そうか、びっくりしたんだね」と吾輩の頭を撫でた。
 これを見ていた男あるじは、
「気をつけなさいよ。相当呆けてきているから噛みつくかもしれないよ」と吾輩をひどく侮辱したので、縁の下の奥の方に引っ込んで
「何を抜かすか、そのうちにお前たちも呆けるのだぞ」と思い切り吠えて毒づいてやった。男あるじは、
「まあまあ、正月だからみんな仲良くしようや。お互いに限りある生だからな。とくにお前の残りの生は短いからな」とつぶやいた。そして、
「昔はお正月になるとひとつ歳をとった。だから、大晦日は年取りともよばれたものだ。もし1231日に出生すれば元旦には2歳になった。数えでの年取りだな。いまは誕生日で歳を重ねる満年齢方式に変わった。小林一茶は『這え笑え二ツになるぞ今日からは』と元旦に我が子の成長を望んで詠んだ。元旦での親の子どもへの情愛がさりげなくあらわされているな。元旦は誕生日を兼ねていたので二重におめでたい日だったんだな」と講釈しだした。
 吾輩の誕生日は分からないので、これは良いシステムだなと思い、賛同を示すために縁の下の奥の方からフィーンフィーンと鼻を鳴らした。男あるじは、これに力を得たのか、
「『呼び寄せて仰ぐ春着の子の背丈』という句もある。日野草城の作で、春着はここでは正月用の晴れ着を言う。晴れ着を着た娘を畳に横になりながら仰ぎ見たときの情景だろう。もう、こんなにも背が伸び大きくなったのか。ふだんは少しも気に懸けない娘の成長についての感慨は正月ならではのものだ。こうみると、正月というのは子どものためにあるもののようだ。老い先のみじかい者にとっては、正月は必ずしもめでたくはない。どうして正月なんてやっかいなものがあるのか。いやおうなく歳をとらされ、先の短い生を強烈に意識させられるだけだ。日常では自分の歳を忘れていられるのに、正月にはそうはいかない。やれ、何年後には東京オリンピック、やれリニア新幹線開業とテレビは騒ぎたてる。ほんまにそこまで生きながらえて立ち会えるのか、心許ない気持ちにさせられるのも正月だな」と話し終えた。
 吾輩にも男あるじのこんな感慨を推し量ることはできる。でも、これは生への妄執だ。こんな思いを抱えていては往生できないだろうな。生きとし生けるものはいずれ滅するのだから。それまでどのように生きるかだ、と男あるじと女あるじを見上げた。

「老と幼ともに祝わん年始め」 敬鬼 

- 年始めと子の成長-

徒然随想