徒然随想

-雑草-

  今朝は早くから騒がしい。日曜日なのにどうしたことだろうと外を眺めていると、てんでに鎌や箒をもった近所の人たちが集まってきた。そのうちに、男あるじも女あるじもそれに加わり、おしゃべりしながら、公園の周囲の草取りを始めた。そうか、今朝は団地の一斉清掃の日なのか。わが輩は、玄関の幾分高いところから、作業を見ることにした。 
  男あるじも、こんなときは、いっぱしの格好で草を引き抜いたり、刈り取ったりしている。普段とちがってよく働くようだ。ご近所の皆さんの手前、いつものように、掃除をしているふりはできないらしい。「それは抜かないで、わが輩の好物だから」と吠えたが、素知らぬ顔でわが輩が好物にしているペンペン草をこれみよかしに引き抜いた。やれやれ、どこまで意地が悪くできているのか、いまに天罰が腰に当たるだろうよとわが輩も悪態をついた。どうやら、図星で、ちょっと作業をしては腰を伸ばし始めた。いい気味だとわが輩はちょっとの間溜飲を下げた。そんなこんなが40分ほど続いただろうか。抜いたり刈り取ったりした草を集めて一斉清掃は終了したようだ。
  清掃が終わるのを待ちかねたように男あるじがわが輩の所に戻ってきた。そして、腰を伸ばしながら、草取りは老いのみにはつらいといった顔で、
「おまえも見ていたように、雑草というのは強いものだな。あの堅いアスファルトのわずかな隙間に根を張り、雨露だけであんなにも大きく茂るのだからな」とのたもうた。わが輩は、雑草という種類の草はないのでは?人間が勝手に、始末に困るので名付けただけでしょう。益鳥とか害鳥といった分類も人間の都合でしていることで、われわれ動物には迷惑この上ないことですぜ、と口を歪めると、それを察した男あるじは、
「それは一理あるな。確かに、庭や公園に蔓延り、始末に負えない草を雑草と決めつけて駆除していることは確かだ。益鳥、害鳥の分け方も、有害な虫を捕るか捕らないか、穀物を食べるか食べないかで決めている。あのかわいらしい雀など害鳥とされて、心外なことだろうよ。雑草といっても、もともと日本にあったものから、外来種まで多様だ。タンポポ、スギナ(ツクシ)、オオバコ、ヨモギ、エノコログサ、イヌノフグリなどは固有種で、雑草とはいえ子供の頃から慣れ親しんだ種類なので愛着もある。しかし、ブタクサ、アメリカセンダグサ(ひっつきむし)などは、邪魔になるしかわいくもないしでごめんこうむりたい雑草だ」と話した。
  わが輩は、イヌノフグリという名前がでたので、それはなんざんすかと眼で尋ねたところ、
「うん、これはおまえとは似ても似つかない可憐な花を付ける草のことだ。フグリとは、睾丸、すなわちキンタマのことだ。果実の形状が雄犬の睾丸に似ていることから、あの有名な牧野富太郎博士によって名付けられたそうだ。英語では、 testiclesというが、俗語では the ballsとか、 the stonesとか呼ばれてもいる。キンタマに近い言い方だな。もっとも、キンタマの語源はわからないらしい。金玉とか堅玉とか漢字では書かれる。どれもボール状の大事なものといったニュアンスがあるな」と、とうとうと男あるじは解説した。
  男あるじは、このような下ネタを話すときは喜々としている。きっと、好きものなのだろう。わが輩は、しげしげと我がフグリなるものを見て舐めてみたが、別に何も感ずるところはなく、どうってことはなかった。堅いと言うよりは柔らかい代物だ。しかし、これを人間は金の玉と呼ぶのだから、きっと霊験のあるものなのだろうか。

「雑草や ひと丈ごとに 夏深む」 敬鬼