3.運動要因による3次元視

3.1. ファントム運動残効

 運動視は中枢での階層的処理を経て成立する。まず、V1野で狭い受容野(視角2度以下)にある検出器で対象の局所的な位置変化が検出される(Cavanaugh et al.2002)。次にもう少し広い受容野(視角20度まで)をもつMT野で大局的な運動が検出される(Tanaka et al. 1986)。さらに広い受容野を形成するMST野(視角100度まで)では、観察者の自己運動や眼球運動によって生起したオプティク・フローを伴う複雑な運動を大局的に検出する(Duffy & Wurtz 1991)。このように、運動視システムは局所的な処理から大局的運動、放射運動、回転運動へと段階を追って処理されてゆく。このような運動視システムの階層構造は神経生理学的方法で検証されるとともに、運動残効を利用した精神物理学的方法でも明らかにされている。運動視における残効であるフアントム運動残効(phantom motion aftereffect)も、運動視システムの階層構造を実証するものの一つである(Price, et al. (21))。
 フアントム運動残効とは、図6に示されたように、順応刺激パターンが存在しない領域で生起する運動残効をいう。そのためには、順応刺激として使用するパターンの一部の領域を空白とし、一方、テスト刺激には、その空白領域にテストパターンを提示する。ファントム運動残効は、中心視領域(テスト刺激の内円と外円の直径は0.5°と5°)と周辺領域(テスト刺激の内円と外円の直径は5°と7°)でしらべられた。順応刺激の空間周波数は1.5〜18 cpdの範囲で変化、また放散型拡大運動の時間周波数は0〜24 Hzの範囲で変化した。順応刺激は30 s 提示され、引き続きテスト刺激が0.4 s 提示された。運動残効量はテスト刺激の縮小〜拡大に関する時間周波数を変化(-0.5〜1 Hz)させ、運動残効がゼロになる時間周波数を求める方法で測定した。その結果、ファントム運動残効は、中心視より周辺視でとよく生起し、従来型の運動残効と同様であること、また従来型の運動残効は時間周波数に規定されるが、ファントム運動残効は時間周波数に規定されないことが見いだされた。さらに、順応刺激パターンの弧の大きさを変化した追加実験(従来型の順応刺激では40°〜360°の範囲で変化、ファントム型では80°〜280°の範囲で変化)を実施したところ、運動残効量は弧の大きさに依存して変化しなかた。これには個人差があり、ある観察者は弧の大きさが増大すると従来型での運動残効は増大し、ファントム型でのそれは減少を示したが、一方、別の観察者ではこの関係が反対となり、従来型では弧の大きさが増大しても運動残効は減少し、ファントム型でのそれは増大を示した。このことから、ファントム運動残効は、局所的な運動視処理過程ではなく大局的な過程で処理されていると考えられる。

3.2. フリッカー、テクスチャ、コントラスト・モジュレーションから構成された運動刺激による運動視差立体視

 運動視の刺激には、第一順位運動刺激(first-order-motion stimulus)と第二順位運動刺激(second-order-motion stimulus)とが区別される。第一順位運動刺激とは、運動を知覚させる刺激要素が輝度要因で規定されているものをいい、とくに注意して観察しなくても位置変化が検出できて、運動視が成立するものをいう。一方、第二順位運動刺激とは、運動を知覚させる刺激要素がテクスチャ、フリッカー、コントラスト・モジュレーションなどで規定されていて、刺激を構成する分散配置された各要素の位置変化を視覚的に注意を集中して検出し追尾することで、運動が知覚できるものを言う。
 第二順位運動刺激によって運動視差を誘導した場合にも、第一順位運動刺激と同等の奥行が出現するかが検討された(Ichikawa, et al. 2004(12))。運動刺激としては、図7に示されたように、第二順位運動刺激であるフリッカー刺激、テクスチャ刺激、明るさコントラスト刺激が用いられ、対照刺激として輝度格子パターン(第一順位運動刺激)が加えられた。ディスプレーに提示された運動刺激を、観察者は顎のせ台に顎をのせ、頭部を運動させて観察し、運動視差を誘導した。運動視差量は運動速度を変えることで操作された。観察者には格子縞間の視えの奥行の順序、視えの奥行距離を報告させた。その結果、(1)奥行順序は運動視差が規定する順序に正しく視えていること、(2)格子縞間の視えの奥行量は運動視差量に依存しては変化しないこと、(3)第二順位運動刺激の要素を操作して位置の視覚的追尾を困難にすると、奥行順序の判断ができなくなることが明らかにされた。このことから、第二順位運動刺激で構成されたパターンの運動視差立体視は、第二順位運動刺激を構成する要素を視覚的に追尾することで成立するが、しかし運動視差量に対応した奥行視はできないと考えられる。これらの結果は、第二順位運動刺激を用い回転した対象を提示するキネティック・デプス条件での結果(Prazdny 1986)とも一致する。

3.3. 観察者と対象との衝突知覚における自己運動と対象運動の相互作用

 観察者が移動するとき網膜上には放射状の流動パターンが形成され、これが自己運動の速度、方向を決める手がかりとなる。同時に、自己運動している最中に対象が観察者に対して近づいたり遠ざかったりする時、自己運動の網膜流動パターンに重ねられた運動による対象の網膜像の大きさと方向の変化は、移動する観察者が対象の運動速度と方向を知覚するための手がかりとなる。
 Gray, et al.(7)は、図8に示されたような網膜流動パターンに対象の運動による変化とを重ねて提示し、観察者に対して接近あるいは後退する対象の視えの速度と方向をしらべた。
 その結果、(1)自己運動と対象運動が同方向の場合には対象の速度が増大するに伴い、対象の知覚速度も増大し、自己運動と対象運動が反対方向の場合には、対象の速度は遅く知覚されるようになること、(2)自己運動と対象運動の速度比が増大すると対象の知覚速度はすみやかに刺激頂に達してしまうこと、(3)対象の知覚された運動方向は、放射状流動パターンの中心に変位する傾向があること、(4)対象の知覚された速度と方向の偏向傾向は両眼視差要因を導入すると修正できること、などが明らかにされている。

3.4. 人型のモーション・キャプチャにおける姿勢の奥行方向判断

人間の頭、顔、四肢の主要部分を点光源のみで表示し、それらの点光源全体を協調して人間が歩行運動するように動かすと、それらはあたかも人間が歩行しているように知覚できることは、よく知られている。この事態で、点光源が奥行を示す手がかりが何も存在しない場合、人間は人型の点光源の運動パターンから、それがどちらを向き、どの方向に歩行すると知覚するのであろうか。Vanrie, et al. (20)は、図9に示したような人型の一組の点光源を作成し、人間が歩行するようにアニメーションを用いて動かした。ここではパースペクティブやオクルージョンなどの奥行手がかりは存在しないので、図では、身体の姿勢の向きがこちら側(右側図)か向こう側(左側図)か、2通りの知覚的解決が可能である。観察の結果、身体の姿勢の向きは観察者側に向かって歩行するように知覚されることが頻繁に起きた。この姿勢の視えの傾向は、後ろ向き方向でも同様であった。ただ、オクルージョンとパースペクティブを付加して奥行に関する曖昧性を除去すると、それらの奥行手がかりが指示する姿勢の向きを正しく知覚させる効果をもった。これらの結果から、視覚システムは、接近あるいは後退が曖昧なモーション・キャプチャ条件下では、観察者に接近する方略を第一にとることが示唆される。

3.5. バーチャル・リアリティ条件での奥行方向での仮現運動

バーチャル・リアリティ条件での奥行方向の仮現運動の特性が検討された(Lewis & McBeath(14))。バーチャル・リアリティ空間は、図10に示されたように、視野の周囲はトンネル状に知覚できるように細長い二等辺三角形あるいはダイヤモンドで構成されたテクスチャで構成されパースペクティブをつけてある。仮現運動は、トンネルパターンで構成された配置を継時的(2フレーム)に変化して提示することで生起させた。観察者は液晶シャッター眼鏡をかけ、奥行方向の仮現運動を報告する。刺激は、視覚的運動方向とは反対方向に段階的に位置変化を増幅させ、視覚的運動方向が反転するまで続けられる。実験の結果、トンネルの内壁は観察者に接近するように運動する偏向があること、また、トンネルの内壁の刺激要素をパースペクティブが強調されるように配置すると(たとえば二等辺三角形の鋭角を構成する頂点を観察者側に配置する)、運動方向の偏向は大きくなることが示された。2次元面上の仮現運動でも左右方向に対して視えの運動方向の偏向が存在すると同様に、奥行方向についても偏向が存在することをこの結果は示す。

3.6. 奥行絶対距離知覚に与える観察者の意図行動

奥行絶対距離知覚はそこに関与する奥行手がかりで規定されるだけでなく、観察者の意図的行動が関係することをWitt, et al.(20)は明らかにした。それによると、対象までの奥行絶対距離を見積もらせる場合、事前に重いボールもしくは軽いボールを使用したボール投げをあらかじめ設定した目標に向かって反復して行うと、重いボールを使用した条件の方がボール投げの目標までの奥行絶対距離の過大視が生じた。一方、事前にボール投げを反復し、テストでは目隠ししてボール投げの目標までの奥行絶対距離の見積もりをさせると、事前のボール投げの影響はあらわれなかった。さらに、オプティックフローを除去してトッレドミルで歩行させ、その後で目隠し歩行あるいはボール投げを実施、最後に奥行絶対距離の見積もらせたところ、目隠し歩行条件のみ過大視が生起した。
 これらの結果から、奥行絶対距離知覚は、まず奥行手がかりによる処理過程があり、次に観察者が次にとる行動の意図、さらにはその意図にもとづく遂行行動によって規定されると考えられる。

3.7.加齢要因と運動視差

運動視差にもとづく立体視が加齢によって影響を受けるか否かが検討された(Norman, et al(19))。運動視差は観察者の頭部運動に連動して画面のドットを運動させることで提示された。そこに出現する凹凸パターンは、水平方向にサイン波型の凹凸、水平および垂直方向の凹凸(縦と横に並列された卵状の凹凸)、同心円状に広がる凹凸のリングで遠方に行くにつれて凹凸程度が深くなるパターン、そしてその逆に近づくにつれて深くなるパターンの4種類である。観察者の頭部運動に連動して運動するドットの出現時間は、100 ms、600 ms、そして無制限の3条件が設定された。被験者は、高齢者群(平均年齢72.1歳)、若年者群(平均年齢22.9歳)である。実験では、4種類の凹凸パターンが正確に知覚できるかが試された。その結果、高齢者群の成績は若年者群に比較してドットの出現時間条件のいずれにおいても凹凸形状識別では劣ることが示された。そこで、高齢者では運動視差に誘導された凹凸面の立体量が縮小されて知覚されているかが検討された。提示した凹凸面の深さは、2,4,6cmで、測定は別に提示した棒状のものさしでのマッチングによった。その結果、高齢者群と若年者群との間では、知覚された奥行量に有意な差はみられなかった。このことから、運動視差にもとづく立体視は、基本的には、加齢にともなって損なわれることはないが、しかし凹凸形状識別能力は低下すること示された。