5.その他の研究

5.1 仮現運動の運動軌道に挿入した3次元特性の影響

  運動対象のもつ3次元特性は仮現運動の視えに影響しないとする研究結果(Ullman 1979)と、仮現運動は3次元の視覚情報処理過程を経て成立する(Atteneave & Block 1973, Foster 1975 ,1978 Koriat 1994, Tse & Logothetis 2002)とする結果とがあり,それらは相互に対立し、論争中である。そこで、33-Aにあるように、仮現運動軌道の中間に2次元もしくは3次元特性をもつ対象を1フレーム挿入し、それらが視えの運動の滑らかさに与える影響をHidaka,et al.(11)はしらべた。仮現運動はディスプレーの左右の端に提示する各1個の円形刺激(陰影の付き方を変えることで凹/凸刺激とする)を垂直方向に移動させることで起こすが、この移動時の中間に左右の円形刺激の運動軌跡と一致するように別の特性を持つ刺激を挿入する。挿入する刺激も運動刺激と同様に、陰影を用いて凹もしくは凸あるいは陰影を付けないフラット刺激とする。したがって,左端/右端の円形刺激は、「凹/凸」-「凹/凸」のように継時的に提示されるが、その間に凹/凸/フラットの3通りの刺激が挿入される。さらに、陰影による3次元効果ではなく、両眼視差による3次元効果も同様な方法で試された。図33-Bに示したように、左/右端の運動対象は、背景面から矩形面が浮き出るもの(凸対象)、背景面の背後に矩形面が凹むもの(凹対象)、そして平面で凹凸のないもの(フラット対象)とし、挿入する刺激も同様な3種類とした。したがって,左端/右端の円形刺激は、「凹/凸」-「凹/凸」のように継時的に提示されるが、その間に凹/凸/フラットの3通りの刺激が挿入される。実験は、左端と右端の対象のどちらが滑らかな運動しているかを被験者に選択させる方法で実施された。
  その結果、運動対象が凹/凸に関わらず、挿入刺激がフラット条件の場合にもっとも滑らかな仮現運動が知覚されること、運動対象が凸刺激で、挿入対象も凸条件の場合にも、運動の滑らかさは低くなること、運動対象が凸刺激で、挿入刺激が凹条件では、運動の滑らかさはもっとも低くなること、さらに運動対象が凹刺激の場合で、挿入刺激が凹/凸条件での運動の滑らかさはともに低くなること、が示された。
  これらの結果から、仮現運動の処理過程には3次元形状の処理は伴われないと考えられる。

5.2 鏡の中での対象の奥行距離と大きさの知覚

  平面鏡に投影された対象や光景のなかに奥行を知覚することができる。鏡のなかの対象は、34-(b)のような光学的しくみによって投影される。鏡から3mの位置にある青色のボールの鏡映像は、それが視線上にあれば鏡から3mの位置に投影される。しかし視線からはずれていると青色のボールに示されているように、180度からθ度だけ引いた角度をもって鏡に投影されるので、鏡のなかの対象の奥行距離は視線上にある場合に較べてわずかに異なる。Jones & Bertamini(15)は、図34-(a)に示したようなシーンをコンピュータグラフィックスで作成した。このシーンは、黄色枠内が平面鏡、その手前に青色のボールと黄色のボールが奥行と大きさを異にして配置され、それらが鏡に投影されている。被験者にはこのシーンを両眼あるいは単眼で観察し、2つの対象の奥行距離比と大きさ比をパーセントで評価させた。その結果、2つの対象の物理的大きさ比に対する知覚的大きさ比は直線的関係(勾配:単眼視0.37、両眼視0.39)、2つの対象間の物理的な奥行距離比に対する知覚的奥行距離比も直線的関係(勾配:単眼視0.60、両眼視0.62)となった。また、同様なシーンのステレオグラムを作成し、物理的な大きさ比と奥行比に対する知覚的大きさ比と奥行比をそれぞれ測定したところ、同様に直線的関係(大きさ比条件の勾配:0.49、奥行比条件の勾配:0.79)となった。
  これらの結果から、視覚システムは鏡の中に存在する手がかりだけにもとづいて対象の大きさと奥行距離をある程度の精確さで知覚できること、またこの手がかりに両眼視差が追加されても、それらの知覚の精確さはそれほど変化しないことが示された。次の問題は、このような鏡像のなかにはどの種類の手がかりが働いているのか、またそれらの手がかりは学習によって有効になるのかを明らかにすることにある。