4.複数の奥行手がかりの統合

4.1.複数の手がかりの統合による立体復元

顔認知における3次元の構造的記述問題

 対象中心記述理論によれば、対象を構成する成分要素、たとえばジオンの組み合わせですべての3次元対象は構造的記述される(Biederman 1987, 2000, Marr & Nishihara 1978)。対象を中心にして構造記述するこの考え方は、観察者の視点が変化しても対象の形状を不変に保つことができる。対象を成分要素から構造化して組み立てるには、(1)対象が成分要素に分解可能なこと、(2)成分要素から組み立てた構造が識別可能なものであること、(3)異なった視点からも同一の構造が記述されることが、前提として必要となる。
 観察者中心記述理論では、対象を視点ごとの2次元で記述されたものが集積貯蔵され、その2次元記述されたものと現に知覚している対象が照合されて識別認知される(Biederman & Kalocsai 1997, Bülthoff & Edelman 1992, Bülthoff et al.1995, Tarr & Bülthoff 1995; Tarr & Pinker 1989)
 顔の認知の場合、これまでの研究からは、対象中心による3次元構造記述では照合されず、集積所蔵された2次元記述で照合されると仮定した方がよいと提案されている (Biederman & Kalocsai,1997, Bülthoff et al. 1995)。それは、顔認知の場合、顔を構成する成分(眼、鼻、口、あご)がすべての顔に共通し、またその構造化(口の上に鼻、その上に2つの左右に並んだ眼)も共通しているので、顔の造作の違いを識別認知することが難しいためと考えられた。
 これに対して、自分の顔の横顔の認知は正面のそれと同等に可能なことが示された(Troje & Kersten 1999, Tong & Nakayama 1999)。これは正面から見た自分の顔経験の頻度が格段に高いことを考えると奇妙である。また、静止した顔を観察後に立体形成された顔を触知覚(haptic perception)で識別認知させたところ、チャンスレベルより高い確率で可能であった(Kilgour and Lederman 2002)。この結果は、視覚による観察経験からマルチモーダルな3次元記述が形成されたと解釈できる。さらに、神経心理的研究によれば後頭野のfusiform領域(PF-LOa)では、顔対象を自然な位置に提示して順応あるいは奥行回転して提示して順応した場合、両条件間の応答に差はないこと、また、後頭野のcaudal-dorsal領域(LO)は対象の位置変化に対してPF-LOa領域より高く応答することが示された(Grill-Spector et al. 1999)
 これらの結果は、顔認知においても3次元記述が照合の基礎になっていることを示唆する。そこで、Schwaninger & Yang(36)は、顔の正面像からその横顔を識別できるかを検討した。この識別を可能にするためには、観察者は顔の正面像からその3次元モデルを心的に作成し、さらにそれを心的回転を施すこす必要がある。43には、ターゲット刺激である顔の正面像とテスト刺激である横顔シルエット像が示されている。横顔シルエット像は、皮膚の色などの手がかりを除くためにグレイスケールおよび黒一色で表現されている。実験では、2次元正面画像を30秒提示し、その後でグレイスケールの横顔シルエットをテスト刺激として提示し選択させた。その結果、有意に正しい横顔シルエット像が選択された。テスト刺激に黒色の横顔シルエット像を用いても同様な結果であった。さらに、ターゲット刺激として線画像を30秒提示し、黒色の横顔シルエット像でテストした場合にも有意に正しい選択がなされた。これらの結果から、顔の認知は3次元記述に基づいていることが支持された。顔の認知で用いられる3次元記述は純粋な対象中心記述とは異なり、正立に特化して記述されたものと考えられる。

経験による知覚的バイアスの長期持続効果とあいまいな回転方向をもつネッカーの立方体の知覚

 ある知覚バイアスをあらかじめ経験させると、それが一種の学習されたバイアスとなって長期的に知覚的影響を与える(Haijiang et al. 2006, Harrison & Backus 2010)Harrison, et al.(11)は、ネッカーの立方体をある方向に奥行手がかりを付けて方向が一義的に視えるように回転提示し、その知覚的バイアス効果を1日後に方向が一義的に視えないネッカーの立方体をテスト刺激として回転提示し、その回転方向を報告させることでしらべた。44 は実験で提示した回転するネッカーの立方体を示す。図中(a)は両眼視差(赤緑フィルターを観察者に装着して視差を導入)とオクルージョンを手がかりに垂直軸を中心に回転させる事態で、オクルージョンは回転軸と立方体との間で生起させる(両眼視手がかり条件)。(b)は両眼視差とオクルージョン手がかりを除いた条件で単眼観察させると視えの回転方向が多義的となる(aの手がかり除去条件)。(c)立方体の内と外で生起するオクルージョン、陰影、大気(もや)の3要因を手がかりとした条件で視えの回転方向は一義的となる(単眼視手がかり条件)。(d)単眼視手がかりを除いた条件で視えの回転方向は多義的となる(cの手がかり除去条件)。それぞれの図形の下部に示した小四角形は注視点を示し、またドットは左右に運動して提示し、立方体の視えの回転方向をこれと同方向あるいは反対方向かで判断させる。実験手続きは、1日目に両眼視手がかりをもつ立方体およびで奥行手がかりが存在しないために多義的となる立方体を組み合わせて多数回(各240回)一定方向で回転提示して経験させ、2日目には両立方体の回転方向を反対にとって提示し、そのときの視えの回転方向を判定させた。このとき、前日に形成された回転方向についての知覚バイアスによって後日の視えの回転方向が影響受ければ、手がかり除去条件での視えの回転方向に前日と同方向のバイアスがかかると予想される。実験グループは、1日目に提示する条件と2日目に提示する条件(1日目:2日目)が、(1)両眼手がかり:両眼手がかり、(2)両眼手がかり:単眼手がかり、(3)単眼手がかり:両眼手がかり、(4)単眼手がかり:単眼手がかり、の4通りを設定した。
 実験の結果、2日目に実施された手がかり除去した立方体の視えの回転方向は、1日目の手がかりが両眼視あるいは単眼視に関わらず、前日の回転方向への偏向を示した。また、両眼視もしくは単眼視手がかりの一義的回転条件だけで知覚バイアスを形成し、2日目に1日目と同一もしくは異なる手がかりと回転方向に設定した事態では、多義的な立方体の視えの回転は、両眼視手がかり条件より単眼視手がかり条件の方が強いバイアス効果を示した。
 これらの結果は、立方体の手がかりが両眼視的あるいは単眼視的のいかんにかかわらずに、それが知覚的バイアスを生じさせることを意味する。さらに、単眼視的手がかり条件での知覚的バイアスの形成が強いのは、単眼視的手がかりが神経生理的レベルで知覚的回転をより強く活性化させるのか、あるいは多義的回転を処理する領域と単眼視的手がかりのそれとが同一であるためか、そのいずれかと考えられる。