5.視空間構造

5.1.視空間特性

対象の観察者中心方向定位に影響する両眼要因

 観察者中心・視方向定位(egocentric visual direction)とは、対象が観察者からどの方向に定位されて知覚されるかを指す。この視方向定位は、網膜での対象の投影位置情報(oculocentric visual direction,OVD)と眼球位置情報で決まる。網膜外の眼球位置情報は、眼筋の自己受容感覚と遠心性コピーによってモニターされる。眼球位置情報は網膜位置情報によって検出され、それは中心窩を基準として対象の投影位置を検出するか、あるいは複数の対象の網膜投影位置関係を検出して決められる。これには、Heringのローカルサインメカニズムが働く。このしくみによれば、中枢の各点は網膜の特定の点と1対1の対応をもつので、網膜上の投影点が決まれば対象の視方向が決まる。ここでは、眼球の位置情報は、左右眼の位置情報が平均化されて決められ、また中心窩に投影された対象は視線上にあると決められる。同様に、両眼からの網膜情報は平均化され、それに相当する網膜位置にイメージされて対象の視方向が決められる。これまでの研究によれば、対象の視方向には両眼からの位置情報が影響することが確かめられている(Barbeito & Simpson, 1991; Erkelens, 2000; Ono & Weber,1981; Park & Shebilske, 1991; Simpson, 1992)。しかし、その影響には左右眼間に差があることも示された(Barbeito & Simpson 1991)。これは、たとえば、両眼間に非対称の輻輳を設定し、各眼の前にある対象の視方向を左右眼別々に報告させると、各眼からの眼球位置情報は視方向に等分には影響しなかった。また、左右眼への刺激に輝度、明るさ対比あるいはボケに差があると、視方向は強い刺激方向にシフトした(Ding & Sperling,2006, 2007;Mansfield & Legge,1996)。これは左右眼の網膜からの情報に差を付けられ加重されていることを意味する。 Sridhar & Bedell(35)は、左右眼の眼球位置情報が視えの視方向定位におよぼす効果、および左右眼の網膜刺激情報が視えの眼球位置定位におよぼす効果を、それぞれ別個にしらべた。眼球位置情報が視えの方向に及ぼす効果は、輻輳角を5段階に変えて視対象を提示して両眼観察させ、その後、両眼を遮蔽した事態で視対象が視えた方向を観察者自身が腕で指示する方法でしらべられた。網膜刺激情報が視えの眼球位置定位におよぼす効果は、左右眼に提示する輝度、明るさコントラストに差を設定したテスト刺激を注視点の直下に提示して両眼融合させた後、注視点の直上に提示した比較刺激(ボケを導入した垂直線刺激)の右あるいは左のいずれにテスト刺激が視えるかを判断させる方法で視えの眼球位置を測定した。 その結果、(1) 左右眼のいずれかを遮蔽することで眼球位置情報に非対称を導入すると、視えの視方向は、右眼の測定では左方向に、左眼の測定では右方向に変位して定位され、輻輳角が大きいほど変位も大きくなること、(2)左右眼に輝度差あるいは明るさコントラスト比の差を設定した場合にも、刺激が強い方への視えの眼球の位置変位が生起することなど、が示された。このことから、左右眼からの眼球位置と網膜位置の情報は観察者の対象の視えの方向定位において等価に影響するのではなく、左右眼で一方が強ければ他方が弱くなるような共変化を示すと考えられる。

正立視におよぼす視野の各領域の効果

 視野の正立に関わる要因には、重力にもとづく前庭感覚、身体についての内部感覚、そして視野構造がある。この中で、視野構造は左・右視野、中心視野および周辺視野に分けられ、それぞれ別々に処理される。中央視野は小細胞視路と腹側径路で視覚領に、また周辺視野は大きな受容野をもち運動検出に敏感であり背側径路で視覚領に、それぞれ投射される(Danckert & Goodale, 2003)。周辺視野には視野の方向知覚(正立/倒立)に大きく関与する壁、床、天井部分が投影される。上方視野は下側頭に、下方視野は腹側径路通って後頭頂に伝達される(Previc, 1990, Danckert & Goodale, 2003)。下方視野には姿勢や身体バランスに必要な地面(グラウンド)が投影される。中心/周辺視野、あるいは上/下視野とは異なり、左右視野のどちらかが視野の正立知覚に強く関わるとは考えられない。
 Dearing & Harris(6)は、上/下視野、左/右視野、中心/周辺視野のそれぞれで視野の正立刺激を相互に抗争状態にしたとき、ターゲット刺激として提示した文字識別がどのように影響されるかを検討することを通して、それぞれの視野が対象の正立視におよぼす効果をしらべた。実験では、45に示したように、視野全体が正立0度から247.5度まで変化させる条件(a)、および、視野の半分(左/右、あるいは上/下)、あるいは中心/周辺視野を抗争的に変える条件(b)が設定された。視野の中央にターゲット刺激としてp文字を正立から倒立まで20度ステップで時計あるいは反時計回転で40度から140度まで角度を変えて提示した。左/右、上/下、中心/周辺視野の抗争的回転は、0112.5247.5度とし、この回転角度のすべての組み合わせで9通りの抗争条件を設定した。ターゲット刺激は正立位置ではPに倒立位置ではdに認知できる。被験者にはターゲット文字がpあるいはdのいずれに視えるかを求めた。 実験の結果、上/下視野、左/右視野、中心/周辺視野の各々で一方の背景視野の方向を固定し、他方の背景視野の方向を変化させた場合には、ターゲット刺激の視えの方向は変化させた背景視野の方向へとシフトした。さらに、上/下視野、左/右視野、中心/周辺視野のそれぞれで、どちらがターゲットの方向知覚に強い影響を与えたかをそれぞれの知覚値の差分(上視野で得られた値-下視野で得られた値、左視野で得られた値-右視野で得られた値、中心視野で得られた値-周辺視野で得られた値)をとって比較すると、左右視野間では正立知覚に与える影響は等しいこと、下方視野は上方視野よりその影響が強いこと、そして中心視野と周辺視野は相互に影響を与えていることが示された。

5.2.絶対的奥行距離と相対的奥行距離

絶対奥行距離の過小視

絶対奥行距離の知覚はこれまで量推定法などで測定され、物理的奥行距離にリニアに比例して過小視されること、またそのベキ指数は1.0に近似すると報告されている(Da Silva 1985, Teghtsoonian & Teghtsoonian 1970)。この過小視を説明するために、絶対奥行距離過小視のための俯角拡大仮説がLi et al.(17)によって提唱された。それによると、46に示したように、観察者のとる俯角(γ’)は、対象までの実際の俯角(γ)より拡大される傾向があり、そのために視え絶対奥行距離(D’)は物理的奥行距離(D)より過小視されるというわけである。
 この仮説を検証するために、47に示したように、被験者には対象AB間の水平距離が自分と対象間の絶対奥行距離と同等になるように、対象Aまで前後に歩行して再現するように求めた。対象Aまでの奥行距離は5-30mの範囲で変えられた。

その結果、前額平行の間隔距離と同等となるように歩行で再現された被験者の位置は対象Aから遠くに定位された。これは、絶対奥行距離が過小視されていることを示した。前額に垂直に配置した間隔距離事態でも同様な結果が得られた。物理的奥行距離に対する視えの絶対奥行距離は、俯角拡大仮説に一致し、その拡大される程度は物理的俯角の1.5倍となった。ここで得られたデータからの物理的奥行距離に対する視えの絶対奥行距離のベキ指数は0.67であり、量推定法による絶対奥行距離のそれが0.97であるのでこの差の生じる原因が何によるかは今後の課題である。また、Durgin & Li(7)は、ゴルフ場を利用しゴルフボールをフィールド面上に置いた事態で視えの傾斜角度を言語で報告させることで、視えの俯角拡大が生起しているかどうかがしらべられた。フィールド面の物理的角度と被験者の身長を考慮した実際の俯角は、4°から45°の範囲で変えられた。その結果、物理的俯角に対する視えの俯角は約1.5倍拡大していることが示された。次ぎに、この結果が非言語的測定方法でも検討された。方法は、物理的俯角を90°に設定し、その半分である45°に視える位置を、被験者を前後に移動させることで求めた。この際、出発点の高さ(00.932.75m)を3通りに変化させた。実験の結果、45°に対する視えの角度は31°となり、先の結果と同様に視えの角度は1.5倍程度拡大視されていた。さらに、前額平行にボードを提示し、その角度を8条件(4.268.51217243448°)に変化、また観察距離も2条件(1m、2.5m)に設定し、視えの角度を言語報告させた。実験の結果、物理的角度に対する視えの角度は、1.52倍拡大して知覚されることが示された。そこでさらに、バーチャル・リアリティ空間を構築し、前額に置かれた面の角度に対する視えの角度が言語報告で求められた。実験事態は、48にあるように、被験者の眼前に対象面を前額の角度を7通り(18°、25°、32°、39°、46°、53°、60°)に変化させて提示し、また被験者の椅子の高さを調整することで被験者の視線角度を5通り(仰角45°、22.5°、俯角で22.5°、45°、そして水平)に変化させて、被験者には面の視えの角度を数字で報告させた。
 その結果、シミュレートされたオプティカルに提示した傾斜角度(「シミュレートされた物理的角度」-「視線角度」)に対するオプティカルに提示した面の視えの角度(「評定された物理的角度」-「知覚された視えの視線角度」)勾配はオプティカルな傾斜角度が4°から50°の範囲では1.52となった。
 これらの結果は、絶対奥行距離知覚においては視えの俯角拡大が働き、距離の過小視をもたらすこと、同時に視線方向にある対象面の前額に対する視え角度をも拡大させていることも示している。