2.運動要因による3次元視

2.1運動視差

注視下での微細な頭部運動による運動視差
 観察者が頭部を固定せずに対象を注視する場合、頭部は不随意に微細な動きを、この微細な頭部運動は運動視差を惹起する。これまで、この微細な頭部運動による運動視差は小さいために、運動視差としては有効ではないと考えられてきた。最近、この微細な運動視差は対象を掴みそして置く動作をする際に面の傾斜知覚に手がかりとして機能する こと(Louw et al.2007)、また観察者の姿勢の動きによる運動視差はその姿勢の制御にも役立つこと(Bronstein & Buckwell 1997, Guerraz et al.2000 2001)が報告された。しかしながら、微細な頭部運動による運動視差は、それ自体が微少なために奥行手がかりとしての効果はないと考えられてきた。
 そこで、Aytekin & Rucci(3)は、微細な頭部運動による運動視差の奥行効果をしらべた。実験では、11(a)に示したように、観察者には20個のLEDが付いたヘルメットを着用させることで観察者の頭部運動を4台のビデオカメラでモーション・キャプチャした。モーション・キャプチャのデータに基づいて、頭部運動を3次元座標軸、すなわちX軸についての動きは前後運動(pitch)として、Y軸のそれは左右運動(yaw)として、Z軸のそれは前額での回転運動(roll)として表示した(図(b))。注視対象の網膜像の動きはGullstrandの眼球モデルに基づいて表した(図(c))。すなわち、網膜半径R11.75mm)、網膜の中心からのノーダルポイントの距離(N15.7mm)、同じく(N25.4mm)2つの対象(点光源PQ)、これらの網膜上の投影点(PF)とする。これら点光源は運動視差の閾値の検出に使用した。
 視対象の網膜上の位置の変位は、視対象を注視時の微細な頭部運動のデータから推定された。その結果、視対象までの観察距離が4m以内の場合、観察者の頭部運動が奥行方向にわずかに動くと、網膜上では、視対象の変異は識別可能な範囲の速度差(1/s)を越えることが明らかにされた。このことは、観察者が対象を注視する際の不随意な微細頭部運動による運動視差は対象の奥行弁別のための有効な手がかりとなることを示す。

運動視差からの3次元視のための統合時間
 Nawrot & Stroyan(14)は、運動視差のしくみにおいては観察者が直接に自己の移動速度を知覚するという仮定を排除して、運動視差は、「観察者の移動速度と網膜情報の比」を手がかりとするという新たなモデルをを提示した。12に示したように、観察者が対象を片眼で注視したまま横方向に移動すると、観察者の移動速度と網膜情報は次のようになる。まず、相対的奥行距離(d)は、次式で表される(f:絶対的奥行距離、dθ:対象の網膜像速度、dα:眼球追従速度)−−−−−−−−−−−−−−−−−(1)

また、上式はdが小さい条件では次式で近似できる。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−(2)

の近似式は、dが「網膜像速度と眼球追従速度の比」で表されることを示す。さらに、dθが「+/−」の値をとれば、網膜運動の方向がそれぞれ逆方向であることを表し、dの出現方向も観察者に対してそれぞれ逆方向(手前/向こう側)となる。運動視差からの3次元距離の復元では各要因の処理に時間がかかる。すなわち、網膜像の運動距離(dθ/t)、眼球の回転距離(dα/t)、そして相対的奥行距離(d)の各評価の過程が統合される必要があり、そのためには各過程での処理時間が必要となる。
 そこで、Nawrot & Stroyanは、運動視差による奥行距離の復元に要する時間の測定を試みた。その方法はマスキング・パラダイムに従って実施された。すなわち、観察者に運動からの奥行の識別、観察者の移動による刺激の運動方向の識別、2刺激間の相対的な運動方向の識別を課して、マスキング条件と非マスキング条件でそれらのSOAsの比較が試みられた。この場合、もし運動と奥行条件とが類似したSOAsならば、運動視差からの奥行処理過程に要する時間は運動処理過程を含むのに対して、もし運動と奥行条件とが異なるSOAsを示すならば、奥行は追加的な処理過程、すなわち各処理過程での結果を統合する過程を必要とすると推測できる。実験では、横波型のサイン波形奥行が出現するドットを提示し、観察者には左右に運動する注視対象を眼球追従させ、その波形のトップとボトムの奥行出現方向を報告させる。実験条件は4通りである。1.奥行条件: 運動視差刺激を提示し、観察者には奥行出現方向を報告。2.マスキングを伴う奥行条件:運動視差刺激提示の後にマスク刺激(ISI0 ms83ms持続)を提示。3.前駆刺激を伴う奥行条件:運動視差刺激の前に前駆刺激(左右に移動する注視刺激)を750-1500 ms範囲で提示時間を変えて提示。4. 前駆刺激とマスク刺激を伴う奥行条件:運動視差刺激提示の前に前駆刺激を、運動視差刺激の後にマスク刺激(ISI0 ms83ms持続)を挿入。5.相対的運動条件:注視対象静止でドットのみを運動させて(dθ/t)提示し、ドットの運動方向の識別に要する刺激時間を測定。6.マスキングを伴う相対的運動条件:相対的運動刺激提示後にマスク刺激を提示(ISI0 ms83ms持続)し、観察者にはドットの運動方向を報告。7.ウィンドー運動条件:ドットの外枠であるウィンドーを左右に運動(dα/t)させて提示し、観察者はウィンドーの中心を注視したままでウィンドーの運動方向を観察する。8.マスキングを伴うウィンドー運動条件:ウィンドー運動提示後にマスク刺激を提示(ISI0 ms83ms持続)、観察者はウィンドーの中心を注視したままでウィンドーの運動方向を観察。これらの実験条件で運動視差からの復元のための最少の提示時間(閾値)が測定された。
 実験の結果、(1)運動視差からの復元に要する時間はおおよそ平均30msであること(実験条件1)、(2)前駆刺激を運動視差刺激の前に導入しても、復元に要する時間30msには変化はないこと(実験条件3)、(3)しかしマスキング刺激を導入すると、前駆刺激導入の有無にかかわらず、運動視差からの復元に要する時間は67ms(実験条件3)あるいは74ms(実験条件4)まで長くなること、(4)ドットの運動方向(実験条件5)あるいはウィンドーの運動方向(実験条件7)の識別に要する時間はおおよそ15ms(5)マスキングを導入すると、ドットの運動方向に要する時間は35ms(実験条件6)、ウィンドー運動方向の識別に要する時間は25ms(実験条件8)に、それぞれ長くなることが明らかにされた。
 これらの結果から、まず視覚システムは極めて短い時間で運動視差から奥行を復元できることが示された。注視点の対象が観察者から1mにあり、2つめの対象がその視線上1.25mに位置する場合を考えると、近似式(2)から0.25mを識別するために要する時間は0.03sとなることから、この結果は妥当と考えられる。次にマスキングの導入で運動視差からの復元時間が長くなるのは、マスク刺激による妨害で処理途中にある眼球運動信号の内的処理が遮断されるため、また前駆刺激の導入では運動視差からの復元時間が長くならないのは、次の刺激の処理を優先するために運動と奥行の処理過程が強制中断させるしくみがあるためと、それぞれ考えられる。

2.2.仮現運動

オクルージョンによる仮現運動におけるギャップ補間の促進効果
 対象の運動には、対象が連続的に移動する実際運動と空間的ギャップを置いて飛び飛びに移動するサンプル運動とがあり、後者の事態でも対象の提示時間、空間ギャップの間隔、提示と提示の間隔時間を最適に調整すると、円滑な運動視が生起する(仮現運動)。しかし、空間ギャップが広すぎたり、提示と提示の時間間隔が適切でないと、飛び飛びの運動が視えてしまう。このとき、空間ギャップにオクルージョン刺激を置くと、円滑な運動が知覚できる(Scherzer & Ekroll 2009)
 Scherzer & Ekroll(16)は、空間ギャップにオクルーダーを置くことによって円滑な視えの運動が促進されるのは、視覚システムが一種の非感性的感覚で時間的そして空間的ギャップを補間し、円滑な運動視を生起させるためと考えた。これを検証するために、13に示したように、3種類の実験条件を設定した。すなわち、 (a)ターゲット(黒四角形)は空間ギャップを飛び越えて次の位置に提示され、ターゲットが右端に着くまでこれが繰り返される(図ではFrameN)、(b)空間ギャップの一部にオクルーダーが置かれた条件でターゲットは飛び飛びに移動する、(c)空間ギャップがオクルーダーで完全に覆われた条件でターゲットは飛び飛びに移動する。ターゲット提示時間とその時間間隔のSOA4段階(4796141188ms)に、空間ギャップの広さも3段階(0.350.71.05°)を設定した。ディスプレーに提示したこれらのターゲットの移動を被験者には観察させターゲットの視えの運動がどの程度滑らか(smooth)かを5段階で評価させた。
 その結果、空間ギャップをオクルージョンが完全に覆う条件、部分的に覆う条件、そしてオクルージョンの無い条件の順で、またSOAが長いほど、視えの運動印象の滑らかさの程度は減少した。さらにオクルージョンに視差を導入し、オクルージョンがターゲットを隠すように手前を通る条件ではターゲットがオクルージョンの手前を通る条件より視えの運動印象の滑らかさの程度が高くなることも示された。
 これらの結果から、対象の滑らかさについての運動印象の知覚過程では、T1T2の対象提示の間で時間的そして空間的な補間作用が働くとともに、運動対象が飛び飛びに提示されて視えるのは、その間に置かれたオクルーダーによって妨げられていると解釈する認知過程が働いているためと考えられる

2.3.グローバル・モーション

グローバル・モーションとオプチック・フローにおける第1次と第2次の運動信号の相互作用
 運動視は第1次要因(輝度)と第2次要因(コントラスト、フリッカー、テクスチャなど)の刺激属性を検出することで可能となる。運動視処理過程の最初の段階では、これら2種類の要因の検出はパラレルになされ、次いでグローバル・モーション(複数のローカル・モーションベクトルの統合されたもので、ローカル・モーションの段階ではアパチャ問題にみるように運動方向は多義的である)が知覚できる段階でこれら2種類の過程は統合されると考えられている(Lu & Sperling 1995  2001, Wilson et al. 1992)。グローバル・モーションの処理段階では、それを担う刺激が第1次あるいは第2次要因によっているかは無関係となり両要因に反応する。この特性は「運動手がかり不変性(cue invarience)」と呼ばれる。MT野はグローバル・モーションに関わる領域で、ここを損傷するとグローバル・モーション視が不能となる(Newsome & Pare 1988)。第1次および第2次要因の両方に反応するニューロンは、V1MTMSTdで見いだされていて、運動手がかり不変性がどの領野で発生するかは不明である(Chaudhuri & Albright 1997, Churan & IIg 2001, Ceesaman & Andersen 1996, O'Keefe & Movshon 1998)
 そこで、Aaen-Stockdale et al.(1)は、運動視における第1次および第2次要因がグローバル・モーションの統合が起きるどの段階までそれぞれ別個に処理されるのかを精神物理的手法でしらべた。運動刺激はランダム・ドット・キネマトグラム(RDKs)を用い、連続8フレームで各フレーム53ms、合計で427msを提示した。RDKSのすべてのドットは各フレーム0.3°の距離を5.6°/sの速度で動くように設定された。ドットの運動方向は、トランスレーション条件(translation)では上方向/下方向、ラディアル条件(radial)では拡大方向/縮小方向、ローテーション条件(rotation)では時計回転/反時計回転、とした。ドットは、第1次要因である輝度要因で作成され、また第2次要因としては明るさコントラストもしくはフリッカーで作成された。RDKsはターゲット刺激であるシグナルドットとノイズエレメントで構成された。ノイズエレメントは実験ディスプレーの1ピクセルで描画し、静止して提示した。このノイズエレメントで構成されたものがRDKsの背景刺激となる。シグナルドットとノイズエレメントの輝度、コントラスト、フリッカーの頻度は、シグナルドットと背景ノイズの間の刺激属性の比で変化させた。これを数式化したものが以下である。
 輝度条件の場合(Ldot:ドット内部のノイズの輝度の平均、Lbg:背景ノイズの輝度の平均)

Luminance modulation = (Ldot - Lbg)/( Ldot + Lbg)

 コントラスト条件の場合(Cdot:ドット内部のMichelsonコントラストノイズの平均、Cbg:背景ノイズのコントラストの平均)

Contrast modulation = (Cdot - Cbg)/( Cdot + Cbg)

 フリッカー条件の場合(Pdot:1個のドット内部の1ピクセルの輝度が反転する確率

Pbg:ドットの外側の1ピクセルが輝度を反転する確率)

Flicker modulation = (Pdot - Pbg)/( Pdot + Pbg)

 被験者には図14のパターンからなるRDKsを観察させ、ドットの視かけの運動方向が上方向/下方向、拡大方向/縮小方向、時計回転/反時計回転をそれぞれ判断させた。実験1では、上方向もしくは下方向に運動する50個の輝度変調ドット(Luminance modulated dot)を50個のコントラスト変調ノイズドット(Contrast modulation noise dot)が存在する事態あるいは存在しない事態で提示し、その視えの運動方向を判断することを、さらに50個のコントラスト変調ドットを50個の輝度変調ノイズドットが存在する事態あるいは存在しない事態で視えの運動方向を判断することを、被験者にそれぞれ求めた。実験2では実験1と同一の事態で運動方向を拡大方向/縮小方向、時計回転/反時計回転に変え、その視えの運動方向の判断を求めた。実験3では、実験2と同様とし、輝度変調ドットとフリッカー変調ドットでしらべられた。視えの運動方向の検出閾値は、シグナルドットの変調比を4段階に設定し、そのそれぞれの段階でシグナルドット数を段階的に増減させて測定した。
 実験の結果、輝度変調ドットをシグナルドットとした場合、輝度変調レベルがあるレベル以上にある場合には、コントラストドットもしくはフリッカードットをノイズドットとして付加しても、運動方向が上方向/下方向、拡大方向/縮小方向、時計回転/反時計回転のいずれでも、そのシグナルドットの視えの運動方向(グローバル・モーション)の検出には影響しないことが示された。しかし、シグナルドットの輝度変調レベルが低減された場合には、第2次要因で構成されたノイズドットはシグナルドットの視えの運動方向の検出を妨げた。一方、シグナルドットがコントラストで構成された場合、輝度ノイズを付加しても輝度変調レベルが低ければ、そのシグナルドットの視えの運動方向検出を妨げないことも示された。輝度ドットとコントラストドットの条件間に示された相互作用は、フリッカードットの場合にはフリッカードットによる視えの運動の検出が明瞭に出現しないこともあって、明確には示されなかった。
 これらの結果から、ローカル・モーション検出器は第1次運動要因にも第2次運動要因にも応答し、その検出した要因の重みに応じてどちらかの要因によるグローバル・モーションを次の過程に指示する。どちらの運動要因が優位になるかは両要因間の相対的な変調程度(relative modulation)によって決定されると考えられる。