3.絵画的要因による3次元視

パターンの全体運動(global motion)の検出におよぼす陰影による3次元形状の効果
 Khuu & Khambiye(9)は、運動の検出に及ぼす陰影による3次元形状要因の効果をしらべた。運動を検出するためには、視覚システムは、まず、局所レベル(local)でドットの運動を検出する。次に、その検出にもとづいてそれら局所的なドットの運動を統合し、大局的(global)なレベルの運動を検出する。このとき、もし運動検出システムがドットの3次元形状と無関係にドットの運動を検出し大局的な運動に統合するならば、追加的なノイズドットは大局的運動の統合を妨害する。もし運動検出システムがドットの3次元形状を運動とは独立に処理しているならば、ノイズドットを追加しても大局的運動視に影響しないと考えられる。実験は、15に示したようなドットパターンを短い時間運動させて提示し、大局的な運動が検出できる境目の閾値をノイズドットを加減させることで測定した。図Aのパターンではドットに陰影が垂直方向に付けられているために凹凸の形状が知覚される。Bのパターンではドットの陰影が運動と伴に少しずつ増大する、Cのパターンではドットに陰影が左右方向に付けられている、Dのパターンではドットの半分に陰影が付けられている。
 実験1では、垂直方向に陰影をもつドットをペアとして提示し、それを回転(rotation)あるいは放射状(radius)に連続的にシフトさせ、その運動方向を判断させる。その際、ランダムに運動するドットをノイズとして逐次的に混入し、ノイズ対シグナル比を正しい運動方向が識別する境目の値(閾値)として測定した。ペアドットの3次元形状要因は、3次元形状をシフトの間に同一に保持する事態と3次元形状を変容する事態(凹から凸に変化)を設定した。さらに、3次元形状同一保持事態では陰影度同一条件、陰影を増大する条件、陰影を減じる条件(図)を、また3次元形状変容事態では陰影度同一条件、陰影を増大する条件、陰影を減じる条件をそれぞれ設定した。実験1の結果、3次元形状変容事態で陰影度同一条件のみシグナル比が顕著に高くなった。それ以外の3次元形状同一および変容事態での各条件では、運動方向識別のためのシグナル比には差が無く、また運動方向(回転/放射)差も差がなかった。これは陰影度が同一条件以外では3次元形状視が困難で、3次元形状要因が働かないためと考えられる。この結果は、形状と運動とが初期視覚過程で相互作用があることを示唆する。つまり、局所的な運動を検出する際にドットの形状の違いも検出し、運動方向に関してどのドット間で対応があるかをみていることになる。
 そこで、回転するドット(100個)に同数の不規則運動するドットを追加した実験2を試みた。実験条件として、シグナルドットを陰影度同一条件、陰影を増大する条件、陰影を減じる条件に設定し、さらにノイズドットも陰影度同一条件(シグナルとノイズが凹あるいは凸で同一)、陰影度反対条件(シグナルが凹の場合ノイズは凸、あるいはその反対)、およびノイズの無い条件を設定した。また、シグナルドットは凹に知覚できる事態と凸に知覚できる事態が設定された。運動方向の閾値はシグナル比で測定した結果、シグナルと同一の陰影をもつノイズが加わると、シグナル比を指標とした閾値は、すべてのシグナルドット条件で約2倍になることが示され、ノイズの追加は大局的な運動の検出を妨害することを示した。一方、シグナルドットとノイズドットが凹凸に関して反対の場合には、ノイズの追加は大局的な運動検出を阻害しなかった。これは、陰影による3次元形状要因がシグナルとノイズドットの運動の識別のために効果的な手がかりであることを示す。形状と運動とは局所的なレベルではそれぞれ別々のシステムで検出処理され、その結果が統合されて大局的運動視が成立すると考えられる。

自然の構造に合致する絵画と合致しないシュールな絵画における脳部位における違い
 Silveria, et al.(17)は、自然の構造に合致する絵画とそれには合致しない非現実的(シュール)な絵画が脳内でどのように処理されるかについて、fMRIを用いてしらべた。絵画は、あらかじめ予備調査を実施し、自然の構造に合致する絵画とそれには合致しないシュールな絵画を各8枚を選択し、これらの絵画3回、1枚当たり3.5秒間、観察している際のfMRI反応を測定した。その結果、自然に合致した絵画を観察しているときにはシュールな絵画に比較して、楔前部(precuneus)と視覚野の線条皮質と外線条皮質が顕著に活性化されていた。これは、視覚システムが自然に合致したイメージと自然構造と矛盾するイメージとをチェックしていることを示し、これ担う領域は線条皮質と外線条皮質と考えられる。さらに、楔前部は自己意識(self referential)に関係するので、自然構造に合致した世界であるかのチャックは自己意識に関連した処理過程とも関係している。

遠近法による絵画と遠近法によらない絵画の視えの奥行の測定
 van Doorn et al.(19)は、遠近法による絵画と遠近法によらない絵画の絵画空間の視えの奥行を測定した。測定方法は、exocentric pointing法と相対的大きさ法を用いた。前者の方法では、矢印を絵画上の任意の位置に提示し、絵画に描かれた対象の方向に矢印がまっすぐに向くように方向づけるもので、矢印の角度が視えの奥行を表現する。後者の方法では、2つの円を絵画のなかに、絵画空間を損なわないように配置し、一方の円の大きさを大きく、あるいは小さく変え、その相対的大きさが、円が配置された位置間の奥行間隔に一致するように調整させるものである。測定した絵画は、16に示されている。図中、赤色丸は2つの測定法の測定点、黄色丸は相対的大きさ法での測定位置を示す。
 測定の結果、exocentric pointing法と相対的大きさ法という2種類の測定法によって得られた絵画空間の視えの奥行がどの程度一致するか否かを絵画ごとに相関係数でしらべると、絵画T、U、V、Wの係数はそれぞれ0.910.860.990.98となり、2種類の測定法による視えの奥行は極めて高い一致があることが示された。次に、2つの測定法で得られた測定値の被験者ごとのプロフィールの相関を絵画ごとにしらべると、絵画T、U、V、Wの係数は、0.080.010.120.16となり、被験者間の差は絵画および測定法で一致しないことが示された。さらに、絵画Tと絵画Vで2つの測定法で得られた数値の回帰直線(x軸にexocentric pointing法での数値を、y軸に相対的大きさ法での数値をとる)をしらべると、絵画Tの勾配が絵画Vのそれより大きいことが示され(両絵画とも勾配は1以上)、遠近法による絵画の奥行空間の方が広いことを示された。
 これらの結果から、遠近法による絵画と遠近法によらない絵画の絵画空間の視えの奥行の差をexocentric pointing法と相対的大きさ法という2種類の測定法によって測定できることが示されている。

熟知的大きさ(familiar size)の認知における自動処理
 物体には、形状、大きさ、色、テクスチャなど他の物体と識別可能な特性から記述されるカテゴリ情報がある。そのなかで熟知物体の大きさについての情報は熟知的大きさ(familiar size)と呼ばれ、その物体固有の大きさイメージがあることを示す。たとえば、サッカーボールとテニスボールとでは、イメージされる大きさが相違し、この熟知的大きさ要因は奥行情報となる。Konkle  & Oliva(10)は、この熟知的大きさが対象知覚の処理過程で自動的に働くかをしらべた。その方法としてストループ効果が用いられた。ストループ効果とは、たとえば文字意味と文字色のように同時に提示された2つの情報が干渉しあう現象で、インクの色を答えさせる場合、赤インクで書かれた「あか」の色名を答える場合より、青インクで書かれた「あか」の色名(正しくは『あお』)を答える方が時間がかかることをいう。この効果を利用し2つの物体を提示し、その物体の名前を答えさせるとき、一方の物体の熟知的大きさを適切に設定した対象の反応速度は不適切に設定した対象より早くなると予測される。テストパターンには、17に示したように、2つの対象の熟知的大きさが適切な条件(Congruent)と不適切な条件(Incongruent)を設定した。被験者には2つのテスト対象のどちらが大きいかをなるべく速く答えるように求めた。その結果、適切条件に比較して不適切条件での反応時間は有意に短く、ストループ効果が示された。また、ブロックを組み合わせた未体験の実物模型を大小用意し、あらかじめ、それらを大あるいは小のどちらかであるかの大きさ概念学習を実施し、その後にストループ効果を利用した熟知的大きさテストを同様に実施したところ、反応時間には差が生起しなかった。これらの結果は、知覚した対象の大きさとその概念的大きさが干渉していることから、対象の大きさ認知の処理過程は概念的知識と密接に関係し、しかもそれは自動処理されることが示唆される。

鏡に反射させ絵画における視えの奥行の過大視(Plastic effect)
 Schlosberg(1941)は、鏡に映じた絵画の視えの奥行は、それを直接に観察した時の視えの奥行より深く知覚されることを示し、塑性的空間効果(plastic space effect)と名づけた。このような効果は、鏡ばかりでなく、ゾグラスコープ(zograscope)、シノプスター(synopter)、両眼への同一の絵画によるステレオスコープなどでも可能なことも示され、両眼視条件より単眼視条件で生起することから、両眼視差、両眼輻輳など両眼性手がかりの除去によって絵画の平板性(flatness)が縮減されるためと考えられた。
 そこで、Higashiyama & Shimono(7)は、18のような装置を考案し、プラスティク効果を定量的に測定すると共に、その発生メカニズムをしらべた。装置は、リアルな絵画(real picture)と鏡に投影したバーチャルな絵画(virtual picture)を同時に提示できるように工夫された。観察条件は、両眼視、単眼視、制限のある単眼視の3条件で、被験者にはリアルな絵画とバーチャルな絵画のどちらの奥行が視かけ上で大きいかを選択させた。また、観察時間の前後でのプラスティク効果の増減、さらにその転移効果もしらべられた。
 その結果、73%の被験者はどの観察条件でもバーチャルな絵画の方が、視かけの奥行が大きいと選択した。また、動画をリアルな条件とバーチャルな条件で各5分間観察させ、その前後でリアルあるいはバーチャル動画のいずれが視えの奥行が大きいかを問うと、バーチャル動画を選択した被験者は観察前で55%、観察後では86%に増えた。さらに、リアルあるいはバーチャル絵画を観察後、リアル絵画でテストすると、その視えの奥行は45%で転移効果がみられた。これらの結果から、プラスティク効果が存在すること、またこのプラスティク効果はこれに関連した視覚技能の学習によると思われる。