奥行手がかりの統合

4.1. 奥行方向での運動対象の奥行手がかり間の相互作用
 Howard et al.(12)は、奥行方向へ運動する対象の奥行手がかり間の相互作用について実験的に検討した。実験では、ルーミング(対象の拡大縮小)、絶対視差の変化(両眼が静止点を注視する際の奥行方向に運動する一つの対象の運動に伴う視差であり、両眼が運動対象を注視し続ければ、両眼輻輳もこれに連動して変化するので視差を規定するのと同一の方法で輻輳も規定できる)、相対視差の変化(2つの奥行位置を異にした2つの対象間の視差で、対象のある奥行位置での輻輳と別の位置での輻輳との間の差)の3種類の奥行手がかりが設定された。実験刺激は筆者らが開発したdichoptiscopeを用いて提示された。これは48に示されている。赤と青の表示パターンは奥行40から60cmの間で、両眼視差あるいはルーミング単独、もしくは両手がかりで運動して提示。背景の白文字行列は静止刺激(レファレンス)として提示される。49dichoptiscopeのしくみで図の左右に左眼用と右眼用の運動刺激提示装置であるトラックがあり、これらはハーフミラーを通して両眼視され、図48のように、視線上の奥行方向に提示される。提示刺激はテクスチャ刺激もしくはドット刺激とした。50には操作した4通りの輻輳条件(Normal, Constant, Increased, Reversed Vergence)が示されている。ルーミング、両眼輻輳、相対視差の各手がかりを別々に操作した。すなわち、ルーミング要因が有る条件と無い条件、輻輳要因が4通り、そして相対視差が有る条件と無い条件で、1のように10通りの実験条件が設定された。被験者には別に用意した測定装置のロッドを手で掴み、それをトラックに沿って動かすことで運動対象の視えの奥行と速度に合うように調整させた。実験では、ドット単独条件、ドットの相対視差条件、テクスチャ単独条件、テクスチャの相対視差条件ごとに、輻輳単独要因、ルーミング単独要因、輻輳+ルーミング要因の手がかりの奥行効果がしらべられた。  
 その結果、(1)ドット単独条件ではルーミング単独は奥行効果をほとんど生起させないが輻輳要因および「輻輳+ルーミング」は奥行効果を生起させる、(2)ドットに相対視差を加えた条件では、ルーミング要因単独では奥行効果は小さいが輻輳要因とくに「輻輳+ルーミング要因」は奥行効果を強める、(3)テクスチャ単独条件では輻輳要因による奥行効果は生起しないが、ルーミング要因および「輻輳+ルーミング要因」は奥行効果を生じさせる、(4)テクスチャに相対視差を加えた条件では輻輳単独要因、ローミング単独要因、「輻輳+ルーミング要因」ともに奥行効果が高いが、とくに「輻輳+ルーミング要因」ではその効果が大きい、ことなどが示された。ルーミングと輻輳要因がコンフリクトさせた事態(正常なルーミングに対して輻輳が反対方向を指示する事態)では、刺激条件(ドットあるいはテクスチャ)で奥行効果が異なり、ドット条件(ドット単独、ドットの相対視差)ではルーミング要因は弱く主に輻輳要因によって奥行効果は決められ、また逆にテクスチャ(単独あるいは相対視差)条件ではルーミング要因が奥行効果を支配した。
 これらの結果は、輻輳を単独で変化させてもテクスチャ条件では運動奥行効果は生起しないがドット条件では奥行効果を生じること、ルーミング要因は単独でもテクスチャ条件では強い運動奥行効果を示すがドット条件では示さないこと、さらにルーミングと相対視差が反対方向の奥行運動を指示する事態では観察者によってどちらの手がかりが優先するかは異なることを示した。これらのことから、複数の奥行手がかりが働く事態では、それらの手がかりが結合するよりは分離して働くと考えられる。