絵画的要因による3次元視

3.1.絵画的要因による立体・奥行視

対象の陰影による3次元視とそれに気づいていること(視覚的きづき、awareness)の関係  照明光は対象物の背景にキャストシャドー(cast shadow)、あるいは対象そのものに陰影(attached shadow)を付けるが、これらの陰影は対象の3次元性の手がかりとなる。とくに運動するキャストシャドーは対象物であるボールの動く方向を推測するのに利用される(Kersten et al. 1997)。このキャストシャドー錯視(cast shadow illusion)では、対象の置かれた背景は動かずに対象が奥行方向に動いて知覚され、しかも照明は静止して視える。対象を含む視覚シーンの3次元構造をキャストシャドーから知覚できる際、キャストシャドーへの注意や視覚的気づき(visual awareness)が観察者に伴わなくても可能なことである。実際に、視覚システムは日常の視覚でキャストシャドーを意識してはいない。つまり、キャストシャドーは比較的初期の視覚情報処理過程で暗黙に自動処理されているとみなされてきた(Rensink & Cavanagh 2004)。一方、最近の神経イメージング研究は、異なるいくつかの奥行手がかりすなわち運動、テクスチャ、両眼視差、陰影などの諸要因を統合して3次元構造を知る場合には、高次の脳部位である側頭葉、MT、両側の尾部下位の側頭回、外側後頭溝が関係し、視覚的気づき(visual awareness)の関与を示唆する (Ban et al.2012,Georgieva et al.2008, Liu et al.2004)
 Khuu et al(15)は、キャストシャドーからの3次元構造の知覚あるいは推測にキャストシャドーに気づいているかどうか(視覚的気づき)を片眼の対象をダイナミックなマスク刺激で抑制する両眼闘争の方法を用いて検討した。ここでは刺激を連続的にフラッシュ提示する抑制方法が用いられた。35はその実験パラダイムである。左眼にはキャストシャドーを提示し、右眼にはダイナミックマスク刺激(Mondrian mask)10Hzの間隔で提示する。左右眼の矩形の両眼視融合が生起しないように、マスク刺激の矩形の輪郭をボカすとともに、その明るさも低く調整する。この左右眼刺激を両眼立体視すると、マスク刺激はキャストシャドーのみを覆い隠すので、白い矩形刺激のみが知覚される。実験ではキャストシャドーの運動速度を変化させた後、観察者には比較刺激として提示するステレオモーション刺激がキャストシャドーの運動で生起する白色矩形の運動速度と等しくなるように調整させた。
 実験の結果、キャストシャドーがマスク刺激で抑止された条件では、シャドー速度を増大させても白色矩形速度は変わらないことが示された。これはダイナミックなマスク刺激の片眼提示でキャストシャドーが知覚されていないことを意味した。
 しかし、これは被験者がダイナミックなマスク刺激の提示でキャストシャドーに気がつかないためではなく、マスク刺激がキャストシャドーの検出を妨げた可能性が残る。そこで、キャストシャドーがダイナミックなマスク刺激事態でも意識せずに検出されているかどうかが運動残効を利用してしらべられた。上方からの照明によるキャストシャドーは一定の速度で運動する黒色の矩形で下方に運動させて提示した。片眼にダイナミックなマスク刺激を提示したまま、他眼に運動するキャストシャドーを伴う矩形を提示して運動に順応させ、その後でキャストシャドー残効を測定した。もしダイナミックなマスク刺激がキャストシャドーを妨げるならば運動残効は生起し、またダイナミックなマスク刺激がキャストシャドーに観察者が視覚的に気づくことを抑制してもそのキャストシャドーの視覚処理を妨げないならば運動残効は生起すると考えられる。実験の結果、ダイナミックなマスク刺激は視覚的気づきを抑制するが、しかしキャストシャドー運動は視覚情報処理されて、運動残効が生起していることが示された。
 これらの結果から、キャストシャドーは対象に関わる3次元構造の知覚に重要であり、しかもその効果はそれへの視覚的気づき(visual awareness)にも依存すると考えられる。

3次元対象の傾斜におよぼす奥行縮小手がかり(foreshortening cue)の効果
 3次元対象の奥行傾斜(水平軸に関して)の手がかりは対象の奥行方向への縮小と遠近法的要因によって知覚される。これは明るさに差がある刺激条件で可能であり、明るさが等価な色彩条件では対象の3次元復元や奥行効果は生起しないと考えられている(Livingstone & Hubel 1987,1988)
 Ivanov et al.(13)は、この奥行傾斜知覚に及ぼす純粋な色彩効果(輝度は等価にしてあるので明るさ対比要因は除去)についてしらべた。実験に使用した刺激パターンは、36に示されたよう、無色彩図形(上段)、および明るさ等価な色彩図形(下段)で、左から傾斜角度が(slant)0°、30°、50°(Ivanov et al. 2014)である。これらの刺激はradial frequency pattern(放射状に変調をもつパターン)で、異なった角度をもつようにスクリーン面に直角に投影され、またここでの奥行手がかりは奥行縮小(横幅と縦の長さの比率)のみで提示された。色のパターンは赤/緑反対径路である長波長錐体/中波長錐体反対過程径路(L/M cone opponentpathway)を隔離するか、あるいは短波長錐体(S-cones)を隔離するものとして用いられた。実験では傾斜角度は0°から70°の範囲で8通り設定された。被験者は実験パターンを観察しながら、スクリーン上に提示された1本のラインの角度を知覚された傾斜角度に調整させるとともに、別に用意したレバーを操作し水平軸に回転する傾斜面の角度を調整させた。さらに、実験パターンの傾斜角度を比較刺激をもちいてその傾斜角度の大小を判断させて傾斜角度の閾値を測定した。
 実験の結果、奥行縮小要因のみを奥行傾斜の手がかりとする事態で視えの奥行傾斜に関して明るさ等価な色彩のみによるパターンは、明るさ対比のある無彩色によるパターンと、同等であること、また奥行傾斜角度の閾値も同等であることが示された。これらのことから色彩のみで描画された遠近パターンでも3次元構造の知覚が可能なことが明らかにされている。

3.2.図と地の分擬問題

主観的輪郭における奥行視
 主観的輪郭現象には奥行、輪郭、明るさのイル-ジョンが伴う。Kogo et al.(2010)は、この主観的輪郭の処理過程には明るさチャンネルと奥行チャンネルが関与し、これらで処理されたものが統合されるとするDISCモデル(Differentiation-Integration for Surface Completion model)提唱した。37A に示したように、このモデルでは、まず明るさチャンネルが作用して、要素図形とそれ以外の図形の明るさが決められる。一方、奥行チャンネルでは図形要素の境界が図形要素あるいは主観的面のどちらの図柄に属するかが計算され、また要素図形の境界の一部分がまとまった明るさをもつために、それらの境界がグローバルな段階でまとまりをつくって主観的輪郭面のエッジを形成し奥行を生起させる。最後にこれら2つのチャンネルの処理が統合され、主観的面の明るさが奥行チャンネルの結果を受けて調整される(図37B)。
 Kogo et al.(18)はこのDISCモデルを検証するために、さまざまな主観的輪郭で浮き上がる矩形の視えの奥行を、比較刺激として提示したパターンの両眼視差を変化させて測定した。テスト刺激(左)と比較刺激(右)は実験画面に提示され、比較刺激の両眼視差を変えてテスト刺激の視えの奥行が測定された(38A)。比較刺激あるいはテスト刺激の両眼視差を変化させる場合には、その中央の矩形の視差を変化させた(図38B)。テスト刺激は非視差で比較刺激には視差を付けた事態(図38C)と、テスト刺激にも視差を付けた事態を設定(図38D)した。これは視差とオクルージョンの相互作用をしらべるためである。実験手順は注視点の提示後にテスト刺激と比較刺激を対提示し、どちらの矩形が手前かを被験者には判断させた(図38E)。テスト図形には、39に示した9通りのパターンが用いられた。被験者には、テスト刺激と比較刺激を対提示し、どちらの矩形が手前にあるいは後ろに視えるかを比較刺激の視差を変えて判断させ、その閾値を算出した。
 その結果、テスト刺激のパターンによって矩形の視えの奥行量は異なること、とくにスタンダードな要素図形(パックマン)で描いたパターンはそれを同心円図形要素で描いたパターンより視えの奥行が大きいこと、またテスト刺激に視差を付けた条件では視差を付けない条件に比較して視えの奥行が矩形に生起しているが、テスト刺激とマッチングした比較刺激の視差は小さいことが示された。これは両眼視差で奥行を強めたにも関わらず、奥行量が大きくならなかったことおよび明るさ要素図形による明るさが強いことを示し、奥行チャンネルと明るさチャンネルがそれぞれ独立したチャンネルであることを示唆している。主観的輪郭図形では要素図形の各エッジが奥行(オクルージョン)と明るさの両方を知覚させるように働き、それらは別個のチャンネルで処理されていると考えられる。

3.3.その他の研究

画家の描画技能と描画対象の形状構造の符号化能力
 Perdreau & Cavanagh(2013)によれば、絵画での描画技能は描画対象の形状を構成する個々の図形要素の空間的な配置を視覚記憶としていかに保持できるかに関係する。すなわち、対象形状の一部のみが観察できる条件で対象を動かしながら観察させると、画家は一時には対象の一部しか視えないいくつかの部分を内的に統合して全体の形状構造を把握できるという。
 この研究を受けてPerdreau & Cavanagh(22)は、描画対象の形状構造の把握(符号化)は対象知覚時の一度の観察での処理量に依存するのか、あるいは対象を反復観察することによる形状の構造化によるのかを検討した。実験では、まず、40のような現実にあり得る形状をもつ「可能パターン」と現実にはあり得ない「不可能パターン」を提示し、15分間で描画させた。被験者は画家、画家志望の学生、そして初心者であった。これら被験者の描画の正確度は、41に示したように、描画対象からその形状構造をとらえるポイントを選択し、描画図形のなかでそれらのポイントの位置を特定した上で、描画対象と描画図形間のそれらのポイントの位置の不一致の程度を計算式で算定する方法によってあらかじめ評価しておいた。実験では、42に示したように、被験者に注視点を注視させ(中心視)、その後、刺激パターンを大きさ(8°と28°)と提示時間(81500ms)を変えて提示し、引き続きマスク刺激を提示した後で提示刺激が「可能パターン」あるいは「不可能パターン」のいずれであるかを被験者に答えさせ、識別に要する時間閾値(SOA) を測定した。
 その結果、描画技能の高い被験者は「可能パターン」あるいは「不可能パターン」の識別時間閾値が有意に短かった。また、刺激パターンの大きさは形状構造の知覚には影響しなかった。また統制実験として行われた意味ある単語あるいは無意味な単語の識別では、描画能力の高い被験者は初心者と差が生じなかった。そこで、周辺視(3°あるいは8°)条件で刺激パターンの大きさ(1°〜12°)を変えて「可能パターン」あるいは「不可能パターン」の識別閾値を測定した。その結果、周辺視条件での「可能パターン」あるいは「不可能パターン」識別のためのパターンの大きさは、描画能力の高いものの方が周辺視の程度に関係なく有意に小さかった。
 これらのことから、対象を正確に描画する能力は、描画対象を一目で観察時に対象の形状要素の構造的連関の明確な把捉、心的表象の効率的な形成、形状要素の的確な統合に関連していると考えられる。

3.4レンダリングでイメージされた反射と照明による3次元形状面の方向の知覚
 対象を構成する面から観察者に向かう反射光は、面の形状、照明光のパターン、そして光を反射する面の材質で決まる。面から観察者までの反射光は面と観察者の間の方向で規則的に変化し、双方向反射率分布関数BRDF(bi-directional reflectance distribution function)で記述できる。これは、反射表面上のある地点に対して、ある方向から光が入射したとき、それぞれの方向へどれだけの光が反射されるかを表すことのできる関数をいう。
もし等質光と観察方向が与えられれば、BRDFを用いて面の方向と輝度間のマッピングを記述できることになる。
 Todd et al.(25)は、3次元形状面を3種類の方法による反射と照明でレンダリングし、どの方法がもっとも3次元形状面の方向を的確に表現しているかを被験者に面の方向を答えさせることによってしらべた。43-1 3種類の陰影パターン(ABC)とその等照線パターン(DEF)である。Aは視線に平行な光照射野でランバートBRDF(Lambertian bi-directional reflectance distribution function)によるレンダリングで作成されたパターン、Bは各基準軸に対して45°の線形の照度勾配をもつテクスチャによって作成されたパターン、Cはパターンの下部左側の面(これは2回相互に反射)の近傍に位置する大きな矩形の面照射光によるランバートBRDFによってレンダリングされたパターンであり、DEFABCに対応する等照線パターンを表す(赤はもっとも明るいイメージ部分を、紫はもっとも暗いイメージ部分を表示)。被験者には、面の置かれたゲージが面の傾きに接するようにゲージの中心にある単線を面に垂直に、また形状を円から楕円に変形するように求める(43-2)。ここでいう面の傾きとは、スラント(slant、面の左右の奥行への傾き)、およびティルト (tilt、面全体のの奥行方向の傾き)である。面上の傾きの測定は同一の方向をもつ領域内で60組を設定して実施された。
 その結果、3種類の方法による陰影レンダリングの面の傾きの知覚は、それらのイメージ強度が相違しているにもかかわらず、明確に類似していることが示された。これは等質照明下で何らかの反射関数を用いて陰影から形状を計算して復元することは適切ではないことを意味する。

絵画におけるレリーフを構成する要素領域の凹凸知覚
 Koenderink et al.3)は、絵画や写真に表現された画像の面の凹凸印象を測定する新たな方法の開発を試みた。それは、44に示したような凸印象から凹印象へと5段階に変化(キャップ、山の背、サドル、わだち、カップ)させた指標を用い、それらを絵画や写真に描かれた凹凸面に一種のパッチとしてひとつひとつ置き、その面の凹凸印象にもっともフィットするものを選択させる方法である。実験画像としては、45のようなヌードの石像彫刻写真が用いられ、測定の指標は網状に設置したスポット部分に置かれた。被験者はこの実験について知識を持たないナイーブな者10名とこの論文の筆者3名だった。
 その結果、ナイーブな被験者の場合、各スポットの凹凸印象の測定では実験日を隔てた測定でも個人内の変動が小さいこと、しかし個人差は大きいこと、とくにサドル指標の場合それが顕著なことが示された。非ナイーブの被験者でもナイーブな被験者と同様な結果だった。もともと画像のレリーフ面の凹凸を測定することは難しい課題である。この方法では、ある被験者はこの方法を用いて容易にしかも正確に面の凹凸を判断が可能だったが、別の被験者はそれができなかった。個人差があるものの、画像の凹凸印象を客観的に測定するためのツールとして利用可能であろう。

変形した図形特性の検出の容易性
  Todd et al.(27)は、図形特性を変形した場合にどのような変形ならば検出が容易になるかをしらべた。図形の変形の仕方は図47のように4通りである。中央は標準図形を示し、Strech条件では縦横比率の変化(ユークリッド変換)、Skew条件では平行線の方向変化(アフィン変換)、Bump条件では直線エッジに隆起を加え(投影変換)、Hole条件では小さい穴を加えた(トポロジー変換)。被験者には標準刺激とテスト刺激を継時的に提示しその間の形状の異同を答えさせた。両刺激の形状間の異同は50100%とし、Strech条件では4から13ピクセルの間で、Skew条件では1から10ピクセル、Bump条件では1から4ピクセルの間で4段階を設定した。Hole条件ではholeがあれば識別されてしまうので1ピクセルのみの1段階の異同とした。標準とテスト刺激は試行ごとに10°から30°の間で回転させて提示し、また標準刺激と比較刺激には小さい刺激条件の系列と大きい刺激条件の系列を用意した。
 形状の違いが識別できる閾値をもとめたところ、(1) 小さい刺激条件の系列と大きい刺激条件の系列間には有意な差が生じないこと、(2)識別閾値はStrech条件、Skew条件、Bump条件、Hole条件の順で大きく、Strech条件とHole条件では20倍(20ピクセル)の差があった。これらの結果から、トポロジー的な差異のある形状がもっとも識別しやすく、次ぎに投影、アフィン的差異が続き、ユークリッド形状の差異がもっとも識別しにくいことが示された。そこで、ハウスドルフ・メトリック(Hausdorf metric, 集合Aに含まれる点から集合Bまでの最短距離を求めたもののうちの、最大値の算出)を利用して図形間の類似を計算値として算出し、それを実験値と比較した。2つの図形間の異同の最大値の算出では、エッジを基点として求める方法(edge-based metric)、ピクセルを基点として求める方法(pixel-based metric)、および図形をガボールに基づく方法(Gabor-based metric、ガボールフィルターで処理し、アングルや相関を対応するベクトルの間、あるいは距離対応するベクトルの終点で求める方法)で求め、実験値との相関をしらべた結果、どのメトリック方法とも相関は示されないことが明らかにされ、視覚システムは、図形間の異同判断において固有の方法をもつと考えられる。