3. 絵画的要因による3次元視

3.1.絵画的要因による立体・奥行視
パースペクティブ・アングルから推測される
3次元空間の程度
 2本の鉄路は収束点に向かって集約するパースペクティブ表現の代表的なものである。レンズを通した網膜にはパースペクティブで表現された像が確かに投影されている。しかし一方で、我々は現実の2本の鉄路は一点に収束するのではなく、どこまでも2本の平行に伸びた線路であることも知っている。それでは、視覚システムはパースペクティブに表現された網膜像と現実世界との間で、この不一致をどのようにして解決しているのであろうか。

 Erkelens(9)は、視覚経路について光学経路と神経経路とを区別した。25にはその2つの経路を通ると物理的世界どのように変形されるかが示されている。第1の経路は3次元の物理的世界から2次元の光学的世界(網膜像)への変換である。この変換には光学の原理にもとづき対象の面とエッジが一点に収束するパースペクティブで表される。第2のプロセスは網膜像に奥行を与えて3次元の視覚世界に変換することである。このとき、視覚システムは現実世界と異なり、収束点は無限ではなく有限の地点にあると仮定していることである。すなわち視覚世界は物理的世界とは異なり、パースペクティブな視覚世界であると仮定していると考えられる。
 Erkelensは視覚システムがこのような仮定をおいていることを次のような実験で確かめた。視覚システムは観察者の正面の2本の鉄路を自分から無限に伸びるものと知覚するよりは2本の鉄路間にはパースペクティブ・アングルがあると見ることになる。26には、その2本の鉄路の写真で、その視点の高さを3通りに変えたもの、すなわち(a)眼の高さ1.6mからの鉄路、(b) 眼の高さ1mからの鉄路、(c) 眼の高さ0.4mからの鉄路がそれぞれ示されている。このパースペクティブ・アングルは、実際には、(a)では48度、(b)では71度、(c) 122度ではとなり、その収束点(消失点)は、計算では10m以内の範囲にあることになる。現実の鉄路を観察した場合には、2本の鉄路間のパースペクティブ・アングルが8度の場合で、計算上では、その収束点は10mであり、収束点が100mになると、パースペクティブ・アングルは0.8度にしかならない。そこで、実際の鉄路とそれを写真に撮したもの(カメラの高さは人間の眼の高さと同一)の両条件で、どのようにパースペクティブ・アングルの角度を知覚しているかが測定された。パースペクティブ・アングルの測定はコンパスを利用して知覚した2本の鉄路の角度に一致するように単眼視と両眼視条件で調整させた。鉄路の現実空間およびその写真におけるパースペクティブ・アングルの統制条件として、2本の角線分の角度測定条件も設定した。
 その結果、現実空間のパースペクティブ・アングルは、統制条件のそれの27%から63%、写真事態でのそれも統制条件の60%から83%程度であり、とく現実空間で著しい過小視が示された。この評価されたパースペクティブ・アングルにもとづいて収束点の奥行距離を計算式で算出すると、現実空間では1.02mから5.97m、写真事態では0.79mから0.94mとなった。単眼視と両眼視条件間には差はなかった。
 これらの結果から、実際に人間が見ているパースペクティブ・アングルと奥行距離は、測定されたパースペクティブ・アングルと奥行距離と大きく異なることが示され、視覚システムが収束点は無限ではなく有限の地点にあると仮定しているにしてもこの不一致は理解しにくい。今後の課題として残されている。 

3.2.図と地の分擬問題
図−地分擬における輝度コントラストの効果
 サルを対象にした微小電極法による第1視覚領(V1)のニューロンの活動を測定した研究によると、その受容野が刺激パターンの「図」領域に入るとニューロンの活動電位は、それが「地」の領域にあるよりは増大することが見いだされている(Lamme 1995, Marcus & Van Essen 2002, Roelfsemaet al. 2007, Zipser et al. 1996)
 そこで、Self et al.(30)は、「図」領域にあるパターンの明るさコントラストは「地」領域にあるそれよりも明るく知覚されているかを実験で検討した。「図」領域にあるパターンの明るさコントラストの測定は、27に示したような刺激パターンと実験パラダイムで実施された。図Aの上段には、テクスチャが背景より細密な領域(赤色で囲まれた部分)を「図」として提示し、この領域に明るさコントラストが固定されたガボールパッチ(レファレンスガボール)が提示された。一方、下段のパターンはすべてテクスチャ成分が等しいので「図」になる領域は存在せず、すべて「地」として提示され、テストガボールを上段と同一の位置に提示、明るさコントラストを可変にして明るさコントラストに関してレファレンスガボールとの知覚的等価点を求め、閾値を算出した。図Bは明るさコントラストの8通りの測定条件である。レファレンスガボールは「図」(Fig)、「地」(Gnd)、あるいは「一様なテクスチャ」(Uni)のいずれかの上に置かれ、またテクスチャ要素の傾きが45°あるいは135°に設定され、レファレンスガボールの斜線分角度と一致(Iso)あるいは直角(Cross)になるように配置した。また、テストガボールは常に一様なテクスチャにその線分角度が一致(Iso)するように提示された。
 実験の結果、「図」領域のガボールパッチの明るさコントラストは、「地」領域のそれより明るく知覚されていることが示された。さらに、ガボールパッチの斜線がその周囲の斜線と直交する場合には、それが平行な斜線に囲まれた場合よりガボールパッチの明るさコントラストは明るく知覚されることも示された。これらの結果は、ガボールパッチの明るさが「図−地」文脈とその周囲の斜線の角度文脈に影響されること、また視覚領においてガボールパッチは、「図」という文脈にある場合には、そのニューラルな部分がより活性化されることを示唆する。

図地分擬の乳児における発達過程
 図と地の分擬は高次な神経処理過程が関与する。Arcand et al.(2007)は、図地分擬パターンに対する視覚誘発電位が生後3月齢乳児に出現すること、それは12月齢まで継続し発達し、この段階でもいまだ未成熟であることを示した。そこで、Sayeur et al.(29)は、妊娠期間が短く未熟児で生まれた場合、視覚経路の発達が正常とは異なるものになり、その結果、図地分擬のような高次視覚機能の発達が阻害されるのではないかと考え、早産で生まれた乳児の図地分擬に関わる視覚誘発電位を測定した。対象とした早産乳児は43名で、28週から30週程度の妊娠期間のものであった。対照群には正常妊娠期間(40週程度)をもつ乳児45名を用いた。視覚誘発電位の測定は、実験群と対照群とも12月齢、24月齢および36月齢測定群に分けて実施した(各乳児はどこかの月齢段階でのみ測定を受ける)。視覚誘発電位のための刺激パターンは、28に示したように、1cpdの空間周波数の線分で構成されたもので、低次視覚機能を測定する方向パターンおよび高次視覚機能のための図地分擬パターンからなるものを作成し使用した。早産乳児のなかには乱視(3名)、近視(2名)、網膜障害(2名)、緑内障(1名)の視覚障害をもつものがあったが、対照群には視覚機能に問題を持つものは皆無であった。
 実験の結果、正常妊娠期間乳児は、12月齢から36月齢にかけて視覚誘発反応のN2潜時が有意に減少、また12月齢と24月齢段階で方向パターンに対するN2振幅の有意な減少、さらにはテクスチャパターンに対するN2振幅の減少が12月齢と24月齢、および12月齢と36月齢段階で有意に示された。これは図地分擬パターンに対する視覚過程の成熟が起きていることを意味する。一方、早産による乳児では12月齢段階でのN2反応が正常妊娠乳児に比較して方向およびテクスチャパターンの両方でその振幅が弱いことが示されたが、しかし24月齢段階になると正常妊娠期間乳児と同等となり差が見られなくなった。早産乳児の低次および高次視覚機能の発達には正常妊娠期間乳児と比較して遅滞がおきているが、それは早期に解消され正常な発達段階に追いつくと考えられる。

3.3 陰影による3次元視
「暗い領域=深い奥行(darker-is-deeper)」というヒューリスティック仮説の妥当性
 ものの表面が照明されるとき、そこには面の形状によって特有の輝度プロフィールが生まれる。とくに、ある領域が他の領域を覆うので半影が生まれ、それが隆起した領域として知覚される場合がある。この半影効果は曇っている戸外の散乱光で生じるが、これに近似した状況は大半が散乱光として放射する半球型の照明でも生じる。Langer & Zucker(1994)は、このような散乱光事態を分析し、凸領域は凹領域より強く照明されることを見いだし、大まかには明るさが暗い領域は奥行的に深い領域である(darker-is-deeper)とするヒューリスティック仮説を提唱した。
 Todd et al.(32)は、CGを用いて視線上の半球型投射光による光の散乱によるイメージをシミュレートしてこのヒューリスティック仮説の妥当性を検証した。29はその一例である。図の上段は円形状の波形面をもつランベルト型の光反射による円環イメージで半球型照明光で視線上から照明されたものをシミュレートし、その反射率50%である。(B)は同様なイメージでその反射率90%、(C)のそれは反射率90%の場合であるが、ただしその波形のアンプリチュード(amplitude)は(A)イメージの半分に設定されている。図の下段は上段のイメージを下方向に30°回転させたもので明瞭な表面の形状が表出される。図の中段のシルエットで示した形状は上段の各イメージの水平断面図で奥行の深さを示し、これらのシルエットの下には輝度プロフィール(内部と外部の円環状隆起領域は赤の点線と実線でそれぞれ表示)が示されている。ここでは円環の内側の領域はその外側の領域より明るさが低く、これが縁取り効果を形成する。そして円環の内側のもっとも奥行の深い部分がもっとも輝度が高い。これは、輝度が光の入射角のコサインで変化するランベルトの法則によって生じる。
 Todd et al.は、このような事例をいくつもあげて、「darker is deeper」というヒューリスティック仮説はほとんどすべての照明条件下で妥当しないことを例証している。

3.4 モーダルな知覚とアモーダルな知覚
オクルージョンにおける部分的モーダル(modal)知覚
 主観的輪郭のように輪郭線が実際に存在しないのに、ある形状が明瞭に知覚される場合モーダル知覚補完といい、またある対象が別の対象をオクルード(遮蔽)する場合、オクルードされた対象の大きさや明るさなど明瞭な知覚変化を伴わないで知覚される現象をアモーダル(Amodal)な知覚補完という。Palmer et al.(2007)は、部分的にオクルードされた対象は実際にオクルードされた領域よりは小さいことを示し、視覚システムはこのようなオクルードされた部分をモーダル補完しようとするしくみ(partial-modal-completion仮説)があると考えた。
 この研究を受けてScherezer & Ekroll(31)は、運動するオクルージョン事態でモーダル補完知覚が存在するかを確かめた。実験で用いた刺激パターンは、30-Aに示したように、同心円状に配置させた半円状の灰色円盤セクターと静止したストライプリングからなり、円盤セクターが回転して静止リングをオクルードする。このとき、円盤のセクター角度(αoccluder30150210330度)は変化された。図Bに示した刺激パターンは、統制条件で円盤セクターが取り除かれリングのみがその角度(αring)を変えて回転して提示された。被験者には円盤セクターの視かけの角度、および現に視えているストライプリング部分の角度を、別に提示した比較刺激(静止刺激)の角度を調整させマッチングさせた。
 実験の結果は、31-B(図Aは実験に使用したパターンで種々な大きさの円盤セクターが回転しリングをオクルード)に示されている。回転セクターの視かけの角度はきわめて正確にマッチングされたが、しかし回転セクターがストライプリングをオクルードするときの視かけのストライプリングは顕著に拡大され、とくに円盤セクターが150度の条件でリングの視かけの拡大は最大36度にまで達した。円盤セクターはストライプリングをオクルードしているにも関わらず、リングは円盤セクターの上にオーバーラッピングして知覚される、つまり円盤セクターとストライプリングの視かけの角度を合算すると360度以上になるというパラドックスが生じていた。この知覚的補完がモーダルなものかあるいはアモーダルなものかを確かめるために、円盤セクターを透明にし背後のテクスチャが視える実験事態で知覚的補完が起きるかどうか実験(円盤セクターでオクルードされる刺激は30°間隔で円環に配置したドットで、被験者には知覚できるドット数を報告させた)した結果、透明円盤条件でのドット報告数は不透明円盤条件に比較し、有意に少ないことが示された。
 これらの結果から、オクルード事態でのオクルードされた対象の知覚的補完は、明瞭な知覚変化を伴わないアモーダル知覚ではなく、主観的輪郭のような明瞭な知覚変化をもつモーダル知覚と考えられ、この種のオクルージョン錯視は対象の一部分がオクルードされる場合には常に生起する一般的な知覚現象と思われる。 

3.5. 絵画的要因の発達
乳児における対象の投影像(cast shadow)の手がかり
 絵画に描かれた対象物を同定する場合、成人では対象物によって生じる陰影が32(a)の右側のように対象物と一致していない場合には、その同定反応速度が長くなる(Castiello, 2001)。そこで、Sato et al.(27)は、5〜6月齢乳児と7〜8月齢乳児各16名を対象として、対象とその陰影の間の認知(対象と陰影が一致あるいは不一致)の発達をしらべた。実験は新奇刺激熟知手続法(familiarization-novelty preference procedure)を用いて実施された。これは、図(a)のように、対象物とその陰影とが一致する刺激を2つ(ボトルとゴブレット)並べて提示し、熟知させる馴化手続きである。この手続きの前後で、図(b)に示したように、2つの対象物の一方が不適切な陰影を持つ刺激を提示し、乳児がどちらの刺激を注視するか、その偏向反応の注視時間が測定された。
 実験の結果、5〜6月齢乳児は新奇刺激熟知手続の前と後テストの不適切陰影対象注視時間には差が生じなかったが、78月齢乳児では後テストの不適切陰影対象注視時間が有意に長くなることが示された。これは、不適切な陰影をもつ対象を新奇なものとして選択したことを示し、78月齢乳児は対象の適切な陰影を対象の同定の手がかりにしていることを示唆する。

3.6.その他の研究
3次元形状の違いによる形状面の材質感(つや消しあるいはメタリック)の差
 視覚システムは、対象の発する形状、輝度、照明などの刺激要素を識別し、対象の形状の違いや対象の表面の特徴を知覚する。とくに表面の材質感であるメタリックあるいはつや消しの知覚については、それが2次元の刺激イメージから直接的に検出されるとする考えに対して、3次元形状が重要な決定要素となっているとする考えがあり、いまだ明らかではない。
 Marlow & Anderson20)は、出現する3次元形状以外は輝度勾配要因を同一に設定したステレオグラムで、形状の表面特徴であるつや消し(matte)あるいはメタリック(metalic)のいずれが優位に知覚されるかをしらべた。実験で使用したステレオグラムは33に示されている。これを両眼視すると、A上図では前面から照明されたメタリック面をもつ横置きのシリンダーの凸面が、下図では上方から照明されたつや消し面をもつ横方向S字形状(上方が凸状、下方が凹状)が出現する。図Bには出現する3次元形状の1サイクル分を例示したものでシリンダーあるいはS字形状が示されている(実際は3サイクルの形状が出現)。それら3次元形状を出現させる輝度勾配は図Cの通りで指数を1.6から6.5まで7通りに変化させてある。被験者にはこれらのステレオグラムを2つ提示して立体視させ、どちらの形状面の材質感がよりメタリックであるかを答えさせた。
 実験の結果、形状面のメタリックな材質感は、凹形状が主となる波形形状に比較して凸形状が主となる横置きシリンダーで強く感じられることが示された。ただ、凹形状が主となる波形形状でも、その凹形状が深くなるに従いメタリックな材質感が高まることも示された。これらのことから、2つの刺激対象の輝度勾配が等しくしたがって単眼視では対象の面の明るさの違いが知覚できない条件でも、それらの3次元形状が異なるとその材質感は異なって知覚されること、そしてそれは明確な3次元形状に依存して生起することが明らかにされている。

2次元図形のシンメトリー性拘束条件と3次元形状の復元
 2次元の網膜像から、その3次元形状を一義的に計算で決定することは不可能でり、不良設定問題として知られている。これを解決するためには、拘束条件を前提としておかなければならない。もし2次元形状がシンメトリー性をもつならば、この多義的問題を解決するための拘束条件となる。シンメトリックな物体は、動物をはじめ現実世界に多いので、視覚システムが物体のシンメトリーを仮定していても不思議ではない。それでは図形のシンメトリーの検出は2次元形状に固有のものなのであろうか。
 Chen & Sio(6)は、シンメトリーのある3次元形状が網膜に投影された場合にも、2次元形状と同様にシンメトリーの検出が可能かどうかを検討した。そのために、34にあるような2次元および3次元の図形形状を両眼視差を付して立体として提示し、そのシンメトリーの容易度をコヒーレンス閾値を求めることで確かめた。コヒーレンス閾値とは、ランダムドットをノイズとして加えて該当する知覚判断を被験者に2肢強制選択法(2AFC)で求めるものである。図の上から3番目まで(FrontparallelStepRandomcheckerboardYaw)はすべて2次元形状で両眼立体視しても平面として知覚される。図の4番目から7番目まで(Pitch Verticalshear Horizontalshear)は3次元形状でその形状面は平面として知覚される。残りの3つのパターン(Verticalhinge Horizontalhinge3/4hinge Daigonal hinge)で形状の奥行が蝶番のように交差し、対称性の軸と形状面のエッジとが一致しない場合もあり、シンメトリーの検出が難しくなる。
 ランダムドット数を操作し継時的に提示した2つの図形がシンメトリーであるかどうかを知覚判断させた結果、コヒーレンス閾値はStepRandomchekerboardVerticalshear3条件で優位に大きく、またVerticalhinge条件で優位に小さかった。このことから、対称性の軸に対応する面が異なる平行面あるいは傾斜面にある場合にはシンメトリーの検出は困難になること、しかし奥行を異にする傾斜面事態でも対称性の軸が蝶番部分と一致している場合にはシンメトリーの検出は容易になることが示された。このことから、シンメトリーの検出には対称性の軸が形状の同一平面にあること、および対称性の軸が2次元パターンと3次元パターンの間で一貫性があることが重要である。