両眼立体視

視野闘争の神経生理モデル
 Grossberg et al.(6)は、これまでの神経生理学的そして精神物理学的研究を踏まえて、視野闘争過程を説明する神経生理モデル(3D LAMINART model)を提唱した。それは、双極回路(bipole circuit)、内部充填回路(bipole completes inwardly)、非内部充填回路(bipole does not complete inwardly)、方向競合回路(orientational competition)、そしてシナプス順応回路(synaptic habituation)からできている(図1-A。はじめに刺激が入力されると、V2の2/3層で隣接し共線的関係にあるペア・ニューロン内での比較的長期の興奮と短期の抑制の相互作用によって知覚グルーピング(perceptual grouping)が生成される(図1A-a、図1B-a)。この際、単一のニューロンから外方向への作用は生起しない(図1A-c)。次ぎに、隣接した位置にありしかも刺激方向が異なる双極ニューロンは自己の知覚グルーピングを優先支配させるために競合する(図1A-d)。そして最後に、順応過程が続き、ここでは、時間経過に伴って最初に優先支配した知覚体制が妨げられて弱まり、別の知覚体制へと変わる。
 3D LAMINART modelは知覚のグルーピングと図―地分擬からひとつの知覚あるいは闘争的知覚が生起するしくみを明らかにしている。


視野闘争と部分融合
 視野闘争が起きているとき、左右眼からの刺激が交差する領域でも抑制が起きているかはいまだ明らかにされていない。たとえば、左眼に縦方向の長方形刺激を右眼に横方向の長方形刺激を提示すると視野闘争が生起するが、この場合各眼からの刺激が交錯する中央領域は局所的には融合しパターン全体としては闘争的にある。視野闘争が生起している場合、抑制が起きている側への挿入単眼刺激の感受性や探索性が落ちることが知られている(Norman etal.2000,Nguyen et al.2001, Watanabe et al.2004)
 そこで、Takase et al.(19)は、視野闘争の左右眼からの刺激の交合領域でこの種の抑制が生起しているかをしらべた。2-Aに示したような視野闘争刺激が用いられた。片眼には水平方向のサイン波形格子のパッチを横方向に2行×3列に、他眼には6行×1列に配置した刺激を提示した。これを両眼立体視すると縦方向優位と横方向優位の視野闘争が出現するが、左右眼刺激の交合する領域には部分的融合が生起することになる。実験では、この領域の抑制効果をしらべるために、プローブとして中央に配置したパッチに明るさコントラストを導入し、そのコントラストの増・減に対する閾値を測定した。
 その結果、水平方向の格子条件が優位な場合、垂直と水平方向格子条件がともに優位な場合、そして単眼条件の場合にはプローブとした交合領域コントラスト閾値の有意な上昇がみられなかったが、垂直格子条件が優位な場合には優位な上昇が起きた。また図2-Bにあるように、2つの交合領域と他の領域との間の距離を離した条件では垂直方向格子条件が優位な場合にもコントラスト閾値の上昇は現れず、水平方向優位条件と同等であった。さらに、図2-Cに示したように、交合領域を除いて垂直方向のサイン波形格子パッチパターンにすべて変えた条件では、垂直方向の格子条件が優位な場合にコントラスト閾値の上昇が現れた。
 これらの結果、プローブとしたコントラスト閾値の上昇は、交合領域が左右共に優位である条件、あるいは交合領域が他のパターンから独立して知覚される条件では生起しないことから、視野闘争条件での眼球間の抑制は部分的な融合領域で起きていること、さらに視野闘争や両眼視融合は刺激条件で依存するのではなく、それをどのように知覚するかで決まると考えられる。


両眼立体視と視野闘争におけるヒステレシス
 両眼立体視におけるヒステレシスとは、ステレオグラムを両眼立体視させた後ステレオペア間の水平距離を離していくと融合が失われるのは両眼視差2度となるが、一方再度はじめから融合させたときの視差は最大6分にしかならない(Fender & Julesz 1967)ことをいう。すなわち、一旦融合を経験した後では融合限界が大きくなることをヒステレシス(歴効果)という。ヒステレシスは、一旦生起した両眼視融合を安定的に維持する働きと解釈されている。そのため、融合と視野闘争の競合は相互の抑制過程によって生じるが、一旦融合状態が生起すると融合を担う抑制過程で脱抑制が生じて安定的な知覚に移行するためと考えられている(Wilson1977,1999)
 そこで、Buckthought et al.(2)は、この仮説を確認するために、傾斜して知覚されるサイン波形格子パターン(1.5、3,6cpdの空間周波数を使用し輝度コントラストは25%と100%の2条件に設定)の方向視差を融合事態から視野闘争へと変化させると、このヒステレシスが測定できると考えた。図3に示したように、ステレオペアの左右のサイン波形の縦縞格子の方向による視差を0度から40度まで1度間隔で変化させた。方向視差はX軸を中心とした傾斜面を出現させるが、方向視差が大きくなりすぎると融合限界を超え視野闘争が生起する。被験者には、このような視差変化を融合から視野闘争へ、またその逆へと連続的に動画として提示(フレーム提示持続時間は0.5秒、1秒、2秒に変化)し、その知覚的な移行点を報告させた。
 その結果、空間周波数1.5cpd、輝度コントラスト100%条件、フレーム提示持続時間0.5秒条件では、融合傾斜面の知覚から視野闘争への知覚移行点(T1)の方向視差は23.8度、逆方向の移行点(T2)のそれは17.1度を示し、ヒステレシス効果(T1-T2 )は6.7度となった。またフレーム提示持続時間が長くなると(1秒)、ヒステレシス効果は半減し(3.9)、フレーム提示持続時間が2秒になるとヒステレシス効果は消失した(-1.1度)。さらにヒステレシス効果は6cpdの空間周波数で大きく、輝度コントラスト25%でちいさくなることがわかった。

 この結果は、両眼立体視融合と視野闘争間にヒステレシス効果があることを明確に示している。また、重要な点はこのヒステレシス効果がフレーム提示持続時間0.5秒で最大となり、2秒では消失することである。これらの結果を踏まえて、両眼視融合と視野闘争のモデルが提唱された(図3-2)。このモデルでは、縦縞パターンに同調する左右の単眼ユニット(LVRV)、+20度(RD)から-20度(LD)方向に同調するユニットが設定されている。もしRDLDしか刺激されなければ、抑制ニューロン(ILIR)が作動して視野闘争が起きる。一方、縦縞格子パターンが左右眼に提示されると、LVRVが刺激され両眼視融合が生起し、抑制ニューロンであるI1とI2が作動することによってILIRが抑制され視野闘争が起きない。このモデルでは、両眼視融合あるいは視野闘争のいずれが生起するかは、2組の抑制ニューロン「I1I2」、「ILIR」の働きで決められる。したがって、このモデルによると、知覚的ヒステレシスは、両眼視融合が生起しているとき視野闘争刺激が入力されてもその知覚状態を安定させるようにこの抑制ニューロンが働くことで、視野闘争を抑制し融合から闘争への知覚移行点を延ばすために生起すると説明される。
 このモデルは両眼立体視におけるヒステレシスを説明するための単純化したモデルであり、この実験条件で得られた結果がこのモデルにもとづくシミュレーション実験でも得られるかが今後の課題となろう。


視覚システムの神経生理構造を基盤とした形状特徴と両眼視差の検出モデル       
 Harvey(7)
は、図4に示したように、これまで明らかにされた第1次視覚野の神経生理構造を基盤としたパターンの形状特徴と両眼視差の検出モデルを提唱した。図4-Aには、このモデルの基盤とした特徴検出のための視覚のネットワークモデルが、「網膜の光受容器」-「神経節細胞(ガングリオンセル)」-「外側膝状体」-「視覚第1次野」で、図4-Bには、特徴マッチングアルゴリズム(feature-matching algorithm)による両眼視差の検出のためのネットワークモデルが、そして図4-Cでは入力マッチングアルゴリズム(input-matching algorithm)に基づいた両眼視差検出のモデルが、それぞれ示されている。特徴検出のアルゴリズムは、はじめに光受容器で2次元の階調画像を読み込み、各ピクセルの光強度を対数変換して出力する。この出力結果を2つのDOG関数の差で処理し、ゼロ交差の2値画像を得て神経節細胞の出力とする。この際の2つのDOG関数の比は11.6に設定する。神経節細胞の出力を4種類のフィルターを通してユニットのノイズと周辺部分を除去し、外側膝状体の出力として一次視覚野へと送る。1次視覚野の各位置での異なる方向特性のユニットは、小さなエレメントの集合で示されている。方向特性は、ガボールフィルターに類似した32種類の方向フィルターを通して検出される。各方向フィルターは均等に分散しているので、フィルター間の隣接した方向差は11.25度である。このプロセスは、5-Bに示すように、原画像(AF)、方向を検出する前の段階の画像処理結果(BG)、各方向特性を検出後の画像処理結果(各位置での方向特性は短線で示す)、各位置で周辺部を抑制処理後の画像処理結果(DI)、そして方向特性検出で得られた最終画像(EJ)のように進められる。特徴検出の精度は、シミュレーション実験の結果、背景となるノイズ刺激を非検出とし、対象のエッジの検出の精度を高めるためには抑制処理の程度の加減にあり、両者間の妥協点を探る必要がある。
 両眼視差の検出は2種類の方法で実施された。特徴マッチングアルゴリズムでは、左右眼からの画像から検出されたそれぞれの特徴について、方向、信号強度、水平方向の隣接領域の類似度からその対応度が評価され、このプロセスを画像の解像度を低レベルから高レベルへと変えながら実施して水平視差を特定する。第2の方法である入力マッチングアルゴリズムでは、左右のステレオペアの各要素の対応をとり、対応があればその関係を強化し、無ければ弱化し、ひとつのイメージマップにその関係を数値化して表す。この後で前述したと同様な手法で特徴検出を行い、視差特性と特徴の方向特性を確定する。
 その結果、実画像ステレオグラムの場合(図6)には、特徴マッチングアルゴリズムの方が入力マッチングアルゴリズムより視差検出の精度が高いが、一方ランダムドットステレオグラムでは、逆に特徴マッチングアルゴリズムの方が高いことが示されている。


両眼立体視処理過程でのトランジェント特性
 両眼立体視処理過程には2つのモード、すなわち輝度に規定された特徴にもとづく両眼視差検出のモード、および明るさコントラストに規定された特徴にもとづく視差検出モードがある(Kovacs & Feher1997, Langley, Fleet, & Hibbard 1999, Lin & Wilson 1995, McKee, Verghese, &Farell 2004, McKee, Verghese, & Farell 2005, Sato 1983, Wilcox & Hess 1995, 1997, 1998)。前者(第一順序のステレオプシス、first-order stereopsis)では、特徴の空間周波数特性に依拠し小さな視差に感受性が高い。一方、後者(第二順序のステレオオプシス、second-order stereopsis)では空間周波数には依拠せず、とくに大きな視差に感受性が高い。
 また、最近、両眼立体視過程についての別の2つのモードが提唱されている(Edwards, Pope & Schor 1999, Pope, Edwards & Schor 1999, Schor, Edwards & Pope 1998, Schor, Edwards & Sato 2001)。そのひとつは、持続的輻輳運動機構(sustained vergence system)に依拠するものであり、他は一時的輻輳運動機構(transient vergence system)に依拠するものである。前者では刺激提示が最大1秒以下のなかで視差検出を実施するもので、方向特性と狭帯域の空間周波数に同調し、輝度極性に対する感受性を持ち、小さな視差に対応している。後者では、方向特性と広帯域の空間周波数に同調し、輝度特性がなく、大きな視差に対応している。
 両眼立体視過程についての第一次と第二次の区分およびサステインド(持続的)とトランジェント(一時的)の区分は、相互に類似した特性を持ち対応関係があると考えられる。このような処理過程の区分では、第一次過程と第二次過程が主たる過程で、持続的と一時的輻輳運動過程はそれらにそれぞれが随伴している機能とも考えられるし、また一方では第一次過程と第二次過程の両方にサステインドとトランジェントの輻輳運動過程が随伴しているのかもしれない。
 そこで、第一次過程がサステインドな輻輳運動過程にのみ対応し、第二次過程がトランジェントな輻輳運動過程にのみ対応することを示すために、Hess & Wilcox(8)は空間周波数パターンでステレオグラムを作成し、左右ペア間で明るさ対応をもつコラレート条件と逆の明るさ値応をもつ非コラレート条件に設定して実験した。コラレート条件は第一次視差処理過程に対応し、非コラレート条件は第二次視差処理過程に対応する。ステレオグラムは、図7に示したように、”Gabor filtered noise””Gaussian windowed noise”、そして刺激の方向が同一の”In-phase Gabors”90度相違する”Out-of-Gabors”で作成され、コラレートと非コラレート条件がそれぞれに設定された。実験では、刺激提示の時間(1001000ms)を変えながらステレオ閾値が各ステレオパターン条件で測定された。
 その結果、コラレート条件および”In-phase Gabors”ではすべてにおいて、ステレオ閾値は刺激提示当初からある閾値をとり、提示時間の経過とともにゆるやかな減少を示したが、非コラレート条件および”Out-of-Gabors”ではすべてにおいて刺激当初に一定のステレオ閾値をとることはなく、刺激提示時間の経過に伴い急激に上昇した。
 これらのことから、両眼視差処理過程では、第一次処理過程が持続的な特性をもち第二次過程は時間の経過で変容するトランジェントな特性をもつことが示されている。


奥行手がかりの統合モデル(intrinsic constraint model)
 奥行や立体を知るための手がかり要因は、通常、複数個存在し、それらを統合して3次元視が成立する。このとき、複数の要因がどのようにして統合されるかについて、手がかりの弱い統合モデル(weak fusion model)と手がかりの強い統合モデル(strong fusion model)が考えられている(Clark & Yuille 1990。「手がかりの弱い統合モデル」とは、その場面に存在するいくつかの手がかりがそれぞれ独立したモジュールで処理され、次いで、それぞれで算出された奥行値が結合法則にもとづいて統合されると考えるものである。「手がかりの強い統合モデル」は、それぞれの手がかりからの情報が協調的に処理されてひとつの奥行を算出すると考える。奥行手がかりが複合している場合、それらの手がかりは非線形の相互作用をしていると「手がかりの強い統合モデル」は予測するが、「手がかりの弱い統合モデル」ではこのような相互作用は排される。2つの奥行手がかりを抗争させた結果は、その統合が複雑なことを示した。
 
そこで、「手がかりの弱い統合の修正モデル(modified weak fusion model)が提唱された(Landy et al 1995)。ここでは、それぞれの奥行手がかりは、それらの奥行モジュールで単独で処理されてそれぞれに奥行値を算出し、次いでそれらの奥行値が重みづけされて加算されると仮定される。個々の手がかりにつけられた重みづけは、その手がかりの信頼性という意味をもつ。知覚された最適な奥行測定された奥行D関数で次のように表され

このとき各奥行手がかりモジュールiが独立していると仮定し、重み付けwiとすれば、最適な知覚された奥行は次式で表される。

 

そして、重み付けは各手がかりのノイズに反比例するので、次式で表される(より信頼の高い手がかりの重み付けは大きい)。

 

このモデルでの重要な特徴は、次式にしめすように、知覚された最適な奥行の偏差値は個々の手がかりの偏差値より小さくなるようにすることにある。

 この理論では、個々の手がかりの奥行効果は単独で正確に評価できることを仮定している点にある。実際のシーンでは、シーンにある各手がかりの奥行測定の正確度を最大にすることが必要となる(Perturbation analysis Young et al. 1993)
 一方、「手がかりの弱い統合の修正モデル」に妥当しない実験結果も報告されている。このモデルによれば、ある手がかりは別の手がかりを拘束するので、視えの奥行はより現実の値に近づくように改善される。たとえば、両眼視差手がかりに運動要因が追加されれば、視えの奥行は改善されることになる。しかし実験結果によれば、このような改善は起こらない(Johnston et al 1994, Tittle et al 1995)。つまり、奥行手がかりが単独で、あるいはそれらが協調して機能しても、現実に近い奥行知覚は得られないと考えられる。
 そこで、Tassinari et al.(20)は、「手がかりの弱い統合の修正モデル」に代わる新しいモデル”Intrinsic constraint model”を提案する。「手がかりの弱い統合の修正モデル」では、各奥行手がかりが単独で機能し、しかもバイアスのない奥行評価ができることを仮定することによって統合される奥行評価(復元される3D形状)は統計的に最少の偏差をもつ最適なものになると考える。これに対して、各奥行手がかりが単独で機能することを仮定せずに、各奥行手がかりからの情報を統合することでもっとも妥当な奥行評価を計算することができると考える。ここでは、3D形状は、(1)多次元の入力空間は実対象のアフィン構造を規定する1次元の空間に変換、(2)このアフィン空間内で最適なユークリッド解を計算、という手順で求められる。図8にあるように、シリンダー形状を両眼で頭部を運動させながら観察している場合、ある両眼視差は多数の運動速度と関係するが、対象の剛体性を仮定すれば視差と運動速度要因とは線形の関係をとる。この考え方によれば、たとえ視差―運動速度情報を表すために2次元の空間が必要でもこれらの情報が1次元の下位空間(視差―速度空間内で両要因によって構成される1次元の線分、図9)に投射できれば、これらの情報だけで対象形状の奥行を再現するのに十分と言うことになる。この下位空間の1次元線分が“intirinsic constraint line”と呼ばれ、このモデルは、したがって“intirinsic constraint model”と名づけられた。
 Tassinari et al.(20)は、このモデルを検証するために、図8で示した実験事態で被験者に真円のシリンダーと比較して提示されたシリンダーは楕円形か否かを判断させた。その結果にもとづいて、“intirinsic constraint model”と「手がかりの弱い統合の修正モデル」でのそれぞれの予測値と比較したところ、提唱したモデルの方が良く一致することが示されている。


注視時視差と、非対称注視時視差(注視時輻輳と注視時開散視差)との関係
 静止刺激が中心窩ではなくその周辺(parafovea)に投影されると、左右の視軸は注視対象上で結像せず、その前もしくは後で結像する。このような状況はオーバーコンバージェンス(over-convergence)あるいはアンダーコンバージェンス(under-convergence)と呼ばれる。前者は内注視視差(eso fixation disparity)を、後者は外注視視差(exo fixation disparity)をもたらす(図10)。注視時視差(fixation disparityFD)とは、両眼間でわずかに対応がとれていないことを指す。これには個人差があり、平均して視差数分になるが、これはパヌムの融合範囲以下であり、二重視は生起しない。注視時視差は、刺激のもつ視差が関係する視差検出器のみではなく、注視によって生起した輻輳視差および開散視差が関係する視差検出器も作動させる。もし、輻輳視差と開散視差とがバランスを保てば注視時視差はゼロとなり、アンバランスとなれば輻輳あるいは開散視差をとることになると予測される。Patel et al.(1997)は、注視時視差(FD)を次の式で予測した。

Gcon:輻輳運動のゲイン、Gdiv:開散運動時のゲイン)

したがって、内/外注視時視差は輻輳運動ゲインが開散運動ゲインより大きい/小さい場合に生起すると予測される。
 この仮説を検証するために、Jaschinski et al.(25)は、図10-Cに示したように、融合刺激が十字形で、その上下にノニウスラインがあるパターンを両眼融合刺激として提示した。実験は、図10-Aに示したように、融合刺激の視差は、6度をベースとして2秒間に1度を輻輳方向あるいは開散方向に増大させる、この間にノニウスラインを1002003004001000ms遅延提示し、上のノニウスラインが下のそれに対して右(外注視輻輳)あるいは左(内注視輻輳)のどちらにあるかを被験者に求めた。注視時視差(FD)は次の式で求められた(PD:眼球間距離、s:観察距離(60cm)、d:ノニウスオフセット)。

 

実験の結果、測定された注視時視差(FD)は、Patel et al.(1997)による予測式と高い相関を示した。このことは、注視時視差は輻輳あるいは開散方向への非対称の輻輳運動に帰因すること、つまり開散運動速度が輻輳運動のそれより大きいと外注視視差(exo fixation disparity)が生じ、その逆になると内注視視差(eso fixation disparity)生じることを示す。


水平視差検出にバイアスをもつ輻輳運動
 両眼視差のある刺激(ステレオグラム)を注視すると、潜時の極めて短い輻輳運動が生起する。この種の輻輳運動は立体視が生じる前の初期の視差処理段階での入力刺激から得られている。最近の研究によれば、両眼視差に駆動された初動の輻輳運動は、第1次視覚野(striate cortex)での処理過程を直接に反映し、初期の視差処理過程のもっとも基本的な働き担っている(Sheliga, et al.2006,2007)。そしてサルを対象とした単一ユニットの測定によれば、この初期の輻輳運動はMST野が重要な役割を果たす(Takemura et al.2007)MST野はMT野から情報を受け、MT野は第1次視覚野(striate cortex)から情報を受けている。初動の「水平視差に駆動された輻輳運動」は、初動の「垂直視差に駆動された輻輳運動」と差が無く、あっても量的な差である。つまり両者は、潜時、明るさコントラストに対する感受性、空間周波数依存度など同一の特性を示す(Sheliga, et al.2006,2007)。これらの輻輳運動は、視差処理の低次段階の処理過程に担われていることを示唆する。
 そこで、Rambold & Miles(16)は、視差量は同一、しかし視差方向が異なるステレオグラムに対する「水平視差に駆動された輻輳運動」と「垂直視差に駆動された輻輳運動」とを測定した。ステレオグラムは、ランダムドット(視差0.2度)および比較的広視野刺激である1ディオプター(1-D)のサイン波形格子パターン(視差1/4フェーズ差)で作成し、それぞれの視差量は固定したが、その視差方向は試行毎に変化させた。ドットステレオグラムの場合の視差方向は、11-Aに示したように、右眼(RE)と左眼(LE)間に生じるθのベクトルで規定された(視差量はdで表示、図は各眼単一のドットを例示)。サイン波形格子パターン・ステレオグラムの場合の視差方向は、図11-Bに示したように、右眼(RE)と左眼(LE)との間の各縦縞間に生じるθのベクトルで0度(水平方向視差)から90度(垂直方向視差)の間で規定された。眼球運動はサーチコイル法で測定された。また、θは0度から337.5度まで22.5度のステップで変化させた。
 測定の結果、ドットステレオグラムの場合、「水平視差に駆動された輻輳運動」と「垂直視差に駆動された輻輳運動」はそれぞれ、ステレオグラムの視差方向(θ)に対応して、サインあるいはコサインを描いて変化した。しかし、サイン波形格子パターンのステレオグラムでは、「水平視差に駆動された輻輳運動」は格子パターンが90度(θは0度)になったときに最大となり、それが65度までは減じることがなかった。一方、「垂直視差に駆動された輻輳運動」は、格子パターンが0度(θは90度)のときに最大となり、垂直方向に変わるにつれてリニアに減少した。

 Rambold & Miles(16)は、サイン波形格子パターンのステレオグラムでの「水平視差に駆動された輻輳運動」の変化は、「窓問題」で明らかにされた1-D格子パターンステレオグラムの両眼立体視閾値の変化(その閾値は格子パターンが垂直にあるとき最少、それ以降は垂直方向から80度隔たるまで一定を維持、Morgan & Castet 1997)に酷似しているが、しかし「水平視差に駆動された輻輳運動」の優位は視差検出器の多くが水平方向の視差に対してバイアスをもつためと論じている。


両眼立体視での網膜周辺野における平面度の逸脱
 注視点の前・後にある前額平行面の知覚は注視点と前額平行面の間の距離に依存して湾曲面となり、しかもその湾曲はホロプターの形状と類似することが報告されている(Drobe & Monot 1997)。前額平行面が平面(planar surface)として知覚される条件はこれまでにも検討されてきたが、しかし周辺視野で生起する非平面の視差条件は未知である。
 Devisme et al.(3)は、水平視差が視野の偏心度とともに連続的に増大した場合の視かけの平面度がどのように逸脱するかをしらべた。実験は、12-Aに示したように、視野の中心から周辺にかけて(図中aは中心領域を示し0度、7度、14度に変化、bは周辺領域を表し7度、14度、21度、28度、35度に変化)交差あるいは非交差の視差勾配をつけたステレオグラムを作成して実施された。視差勾配はbとaの距離差の間で変化させ、c/(b-a)で表す。ステレオグラムは、図12-Bにあるように、小輪郭円を要素としたランダムステレオグラムで、両眼立体視すると凹あるいは凸の円盤が出現する。実験では、周辺領域が凹あるいは凸に視える状態から周辺領域が凸あるいは凹に視える状態に変化する境目の値を視差勾配0から変化させて測定した。
 その結果、(1)偏心度(視野の中心とするスタート位置)が周辺に偏るにつれて立体視閾値(周辺部凹あるいは凸から周辺部凸あるいは凹への変換点)の視差勾配値は高くなること、(2)偏心度が大きくなるにつれてスタート位置の視差と周辺位置の視差との差は大きくなること、(3)交差視差は非交差視差に較べて、立体視閾値が偏心度に関わらず高いこと、が示された。
 このことから、平面度の知覚に関しては周辺視野では交差視差より非交差視差の方が高い感度をもつこと、また平面度の知覚は中心視野の水平視差の偏心度にもとづくことが明らかにされている。

両眼立体視が出現するかしないか事態での「ゲタ効果(pedestal effect)
 格子パターンの弁別閾においては、かろうじて視える程度の格子パターンを重ねて提示すると、そうでない場合の2~3倍の感度上昇をまねく促進効果(dipper effect)が知られている(Legge & Foley 1980, Nachmias & Sansbury 1974)。これは、輝度変換がリニアではないためなのか、あるいはエネルギー変換はリニアなのだけれどもそれを処理する視覚チャンネルが不安定なためかについては論争がある。どちらの仮説によっても、コントラストと立体視の出現率との間はノンリニアである。立体視閾を促進する格子パターンの方向を90度変えて重ねたり、テスト格子パターンの前もしくは後に提示したりすると、マスキング効果は出現するが「ゲタ効果」は消失する(Foley 1994, Foley & Chen 1999, Georgeson & Georgeson 1987)。これは、輝度処理モジュールと明るさコントラスト処理モジュールが別々にあり、促進効果があればそれらはモジュール内で起きていることを示唆する。
 Georgeson et al.(5)は、両眼視差モジュールにおいてもこの種の促進効果(dipper effect)が存在するかについて、わずかな視差を重ねることでゲタをはかせたような「ゲタ効果(pedestal effect)」、すなわち両眼立体視の閾値感度上昇が出現するかを実験的に検討した。
 実験に使用したステレオグラムは、13に示したように、ガウス型のランダムノイズテクスチャで作成した空間周波数が0.3あるいは0.6c/degのステレオグラムで、融合すると波形の凹凸面が垂直あるいは水平方向に出現する。「ゲタ効果」の測定のために、1~512秒(視角)の間で10段階の視差を加算したステレオグラムを用意した。測定では、テストステレオグラムに視差を加算したステレオグラム(左右のステレオペア間の水平距離をピクセル以下の単位で操作)とゲタ加算用ステレオグラムを継時的に提示し、凹凸感が強いのはどちらかを答えさせる二肢強制選択法(2 Alternative Forced Choice TaskAFC)によった。
 その結果、波形の凹凸出現の方向を水平/垂直で試行ごとに変える条件では両眼立体視閾値は「ゲタ刺激」の無い場合に較べてある範囲内(視差2~16秒)で顕著な低下を示した。一方、波形出現方向を一定条件にするとこの種の「ゲタ効果」は消失した。
 この結果から、波形出現の方向が観察者に不確定であることが、いわゆる「ゲタ効果」である閾値の促進に関係していること、したがって視差増幅効果は存在せず、視差閾値は視差変化に対応してリニアであると考えられる。

 

両眼立体視力と加齢
 両眼立体視力と加齢との関係についての多くの研究によれば、両眼立体視力は加齢と共に減退することが示されている。例えば、Lafamboise et al.(2006)の研究によれば、両眼立体視力は10歳齢で20秒(視角)を示すが85歳齢では32秒(視角)まで落ちる。また、Garnham & Sloper(2006)は、加齢による両眼立体視力は使用するステレオテストによって異なり、TNOステレオテストで加齢差が大きくTitmusステレオテストで縮小すること、とくにTitmusステレオテストでは17から29歳の両眼立体視力は40秒(視角)であるが5069歳で50秒(視角)、7083歳で100秒(視角)を示すことを報告した。
 このように、加齢に伴って両眼立体視力は確実に減退するが、しかし両眼立体視能力自体は維持されている。そこで、加齢に伴う両眼立体視力の減退は、ステレオグラムの左右ペア間での対応の検出が悪くなることが原因か否かについて、Norman et al.(13)によって検討された。実験では、両眼立体視力測定条件(左右に並んだ2個のスポット光に視差を付け、どちらが手前に見えるかについての閾値を測定。標準となるスポット光と注視点間の視差は6.513.420.728.63746分の6段階に変化)、また左右のステレオペアを構成する要素である小線分の角度を左右ペア間で変えた条件(左右ペア間の角度差は30394857度に変化)、さらに多義性ステレオグラム条件(ambiguous stereogram、背景面に対して同時に交差あるいは非交差視差をもつステレオグラム)が設定され、18歳から83歳の被験者(若年群10名で平均年齢20.1歳、高齢群10名で平均年齢73.2歳)を対象に両眼立体視能力が試された。
 その結果、(1)両眼立体視力は若者群と高齢群間に差がないこと、(2) 左右のステレオペアを構成する要素である小線分の角度を左右ペア間で変えた条件でも、高齢群はもっとも対応が困難な条件でも正しく立体形状を見ているが、形状知覚の正確度は若者群に較べ、とくに視差が大きい条件(51.5分)で劣ること、(3)高齢群は多義性ステレオグラムでの立体視も可能なこと、が示された。
 このことから、高齢群と若者群との間には両眼立体視能力で加齢による減退は免れないものの、その能力は機能的には減退していないことが明らかにされている。

裸眼ステレオグラム(オートステレオグラム)と両眼立体視力
 裸眼ステレオグラムとは、一枚の画像の中に両眼視差を埋め込み、両眼で交差あるいは非交差法で観察すると、立体形状が出現するものである。この裸眼ステレオグラムでの立体視にはある程度の学習が必要であり、また立体出現が困難な者も存在する。Wilmer & backus(23)は、裸眼ステレオグラムの習得程度と両眼立体視力との関係を探った。両眼立体視力はTNOテストで、裸眼ステレオグラムの修得度は自己申告によった。その結果、両者の間には強い関係があり、裸眼ステレオグラムでの立体視が困難な者は、裸眼立体視が可能な者の5倍の視差がTNOテストでは必要となっている。