3次元視研究におけるその他の研究

図と地の検出過程
主観的輪郭図形の検出のためのコンピュータ・モデル(Differentiation–Integrationfor Surface Completion model)
 主観的輪郭図形を検出できるコンピュータモデル(Differentiation–Integration for Surface Completion modelDISCモデル)が、Kogo, et al.(14)によって提案され、シミュレーション実験で検証された。このモデルの基本的構想は、(1)刺激パターンの明るさ比と奥行差から初期輝度マップと奥行マップを作成し、(2)識別された奥行から輝度マップを修正するというものである。
  このモデルは、図38-Aに示したように、輝度検出チャンネル(左側)と奥行検出チャンネル(右側)から構成され、両チャンネルでは相対値である「対数-輝度マップ」と「相対的奥行マップ」が求められる。次の2次元統合過程(2-D integration process)プロセスでは、それらは「初期の明るさマップ(primary lightness map)」と「奥行マップ(depth map)」となる。さらに、明るさコントラストの極性(陰陽)マップと奥行マップに基づいて「修正要因(modification factor)」が導かれ、最終的には明るさマップが得られる。次に、オクルージョンの検出過程は図Bに示されている。もしL型のジャンクション(J)が検出された場合には、このモデルでは狭い角度をもつ領域(S1)がオクルーダーであり、広い角度をもつ領域(S2)がオクルードされているとそれぞれ仮定する。さらにオクルージョンの分布に基づくBOWN(border-ownership)のプロセスが続く。境界線がどちらの領域に属するかははじめ決まらない。図Cにあるように、もしx位置におけるBOWNシグナルであるB1が矩形領域(S1)の内側にあることを指している場合には、xの位置から観察すると凹型の奥行をもつジャンクション(J1)があれば、このモデルではBOWNシグナルであるB1は強化される。最後に図Dにあるように、BOWNプロセスの反復がされる。すなわち、x位置でのBOWNシグナルであるB1BOWNシグナルであるB2との差分が次々と求められ、それらが一致すれば相互に強化される。このように、2つの不一致のBOWNシグナルの差分が求められ、最終的なBOWNマップが作られる。
 このモデルをカニザタイプやその変形の主観的輪郭図形でシミュレーション実験した結果が図39である。図Aはカニザパターン。図BからEは 変形カニザパターンである。カニザパターンのL字形ジャンクション検出結果(図F)をみると、L字形ジャンクションを示すエッジからのシグナル(白点)は2つの矢印のL字方向に対応し、ジャンクションシグナルはパックマン形状の輪郭、その中心そしてLジャンクションの輪郭に沿って検出されている。図Gは計算されたBOWNマップを示し、境界線を示すBOWNシグナルはパックマン形状円の底部(a)、その中心のエッジ(b)、そのサイドコーナー(c)に出ている。奥行マップは図Hのようになり、初期明るさマップは図Iのようになる。「奥行マップ」と「初期明るさマップ」におけるXY軸は空間座標に、Z軸は測定値に対応する。最後に「明るさ極性-奥行マップ(polarity-depth map)」の作成である(図40-A)、図A(a)は白色背景上の黒色刺激の場合、(b)は黒色背景上の白色刺激の場合、(c)は灰色背景上のカニザパターンの場合の結果である。「明るさ極性マップ(polarity map))でのコントラスト値は1、0、-1のみで表示、また「明るさ極性-奥行マップ」は明るさ極性マップに奥行マップを乗じることによって作成される。このマップは、斜方向の切断線にそってシミュレーション結果が表示されている。図Bは、DISCモデルに基づいて計算されたカニザパターンおよびその変形パターンの「初期明るさマップ」(上段)、「奥行マップ」(中段)、「明るさ極性-奥行マップ」(下段)を示し、シミュレーションの結果、主観的輪郭が再現している。
 このDISCモデルのアルゴリズムの特徴は、初期輝度マップのもっとも輝度の高い値をアンカーとする最高値ルール(highest value rule)を適用し、ホワイトからグレイまでのスケールを決めることである。また、奥行マップではエリアルール(area rule)が適用され、もっとも広い面積の領域にアンカーして、この領域を背景面とする。最終的には奥行マップで背景と比較してより高い奥行値をもつ領域は輝度値によって修正され、「図」として再現される。主観的輪郭のコンピュータモデルとしては、このDISCモデルはシミュレーションによる再現性が高い。

群化(グルーピング)が図と地の境にあるエッジの帰趨を図領域に決定できるか

 図-地分擬は、形状知覚処理のもっとも基本的な課題である。これまでの研究から、図になりやすい条件として、奥行にかかわる凹凸要因、シンメトリ、相対的な大きさ、明るさコントラスト、シーン内の位置関係、群化要因、注意、先行経験などが挙げられている。  Brooks & Driver(1)は、図―地領域の境界にあってそのいずれに属するかあいまいな輪郭(エッジ)を、群化要因がいずれに属するかを決定できるかについて実験的に明らかにしようと試みた。実験パラダイムは図41に示されている。図Aは基本的な刺激条件設定で、垂直の長方形刺激は中心で左右領域(黒と白色領域)に分割されている。この長方形は、水平帯刺激(赤色)によってオクルードされ、中央で上下領域に分割される。下部領域には運動するドットが配され、このドットは相互に反対方向に運動(1Hzの反復振動)する。また、垂直長方形刺激の左右領域の境にあるエッジも左右に運動する。このとき、上・下部のエッジが同方向(BC条件、1Hz)に運動する条件と、相互に反対方向(DE条件、上部エッジ1.5 Hzと下部エッジ1 Hz)に運動する条件とが設定される。また、垂直長方形の下部左右領域には色刺激差(青と緑)が設定される。このような刺激布置では、ドットで構成された下部パターンの左右領域の境にあるエッジは、ドットと上・下部パターンの左右領域の垂直なエッジのそれぞれの運動方向によって図と地のいずれに属するかがあいまいとなる。BC条件は上部と下部エッジが同方向に運動するのでエッジによって群化が生起する。DE条件は上部と下部エッジが異方向に運動するのでエッジによっては群化が生起しない。したがって、BからE条件の下部左右領域が図―地いずれに属するように知覚されるかは、それらの領域内に記されたFあるいはGの通りになると期待される。実験では、上部あるいは下部の左領域と右領域のそれぞれが、図に見えるか否かが被験者に求められた。
  実験の結果、下部領域のドットの運動方向が垂直なエッジ(上・下のエッジ)と同方向条件の場合(BC条件)に、そのドットの領域が図になりやすいことが示された。これは、運動するドットをもつために図―地分擬に対してバイアスのある領域が、バイアスのない隣接する領域をともに群化することによって、その領域の図―地分擬にまで影響を与えることを示唆する。

「図-地」分擬と視覚誘発電位の対応
  「図―地」分擬に関わる手がかりの同定あるいはその組み合わせの効果をみるために、「図―地」分擬の知覚とそれに対応する神経過程が事象関連電位を指標として検討されてきている。それによれば、テクスチャによる「図」の分擬は、多くの手がかりによるものと類似しているがしかし分擬に固有な電位のシフトを起こすことが知られている。これは、視覚システムが異なるタイプの手がかりについて高度の時間的そして空間的共応性をもって対象を同定することを示唆する。この種の電位のシフトは、「テクスチャ-分擬視覚誘発電位(texture-segregation visual evoked potentialtsVEP)とよばれ、200から300msの間で出現する(Bach & Meigen, 1992, 1997; Bach, Schmitt,Quenzer, Meigen, & Fahle, 2000; Caputo & Casco, 1999; Fahle,Quenzer, Braun, & Spang, 2003)。これに類似した電位のシフトは、輪郭線、閉じた図形、そして主観的輪郭線でも出現する((Mathes & Fahle, 2007; Mathes, Trenner, & Fahle, 2006; Doniger et al., 2000, 2001; Herrmann & Bosch, 2001;Murray, Imber, Javitt, & Foxe, 2006; Murray et al., 2002)
 Straube, et al.(27)は、2種類の視覚手がかり(空間周波数と刺激の提示方向)を操作して視覚的な目立たせ(visual saliency)の程度を変化し、その際に出現する「図―地」分擬の程度とERPとの対応を分析した。図42に示すように、操作した視覚的手がかりはガボールパターンで、これを「地」の面にエレメントとして規則的に配置した。「図」は、このガボールエレメントの空間周波数と刺激提示方向を単独で、あるいは組み合わせて提示して出現させた。視覚的目立たせは、空間周波数と方向を単独あるいは組み合わせて変化させ、「図」として知覚できるか、その困難度を測定して3段階(レベル1から3)に設定した。図43-Aは、「図―地」分擬が生じているかをテストするための刺激パターンである。刺激群は2種類で、Set1は反時計回り90度ずつの4種類の図形、Set2はSet1のミラー図形である。被験者にはランダムに提示される単一図形がどちらのSetに属するかを判断することを求めた。実験は、図Cに示すように、注視点-ブランク刺激―刺激パターン-ブランク刺激-解答とフィードバックという順序で実施された。
 その結果、(1)空間周波数と刺激提示方向を組み合わせた条件では、図と地の分擬が相乗的に促進されること、(2) 空間周波数と刺激提示方向の手がかりは単独でも図と地の分擬に効果があること、(3)このプロセスは、後頭部P2からのERGの波形のネガティブな最大振幅が200ms遅延して出現することで確認できること、(4)200ms近辺のERPのこの変化は、物理的な手がかり強度ではなく、視覚的目立たせによって出現していること、などが示された。これらのことから、「図―地」分擬を出現させる手がかりは相互に作用し合っていて、その効果は「図―地」分擬に関わる手がかりの物理的強度とはリニアに対応していないことが明らかにされている。

2~3月齢児を対象とした視覚-運動の協応の学習(能動的 対 受動的条件)    Rizzolatti & Craighero(2004)は、視覚と運動の協応に反応するニューロンをマカクザルの下前頭皮質で発見した。それによると、対象を掴むような手の運動に対してニューロンは反応するばかりではなく、実験者が餌を拾い上げたときにも同様に反応したという。つまり、このニューロンはサル自身の視覚―運動に反応するばかりでなく、観察した他者の運動に対しても反応することを示した。このニューロンは他者の運動をも反映するという意味で、ミラーニューロン(mirror neuron)と名づけられた。人間の成人や乳児においても、自分自身の視覚-運動、および他者のそれらの観察行動の両方に反応するミラーニューロンの存在が機能的核磁気共鳴画像法 (fMRI)などによって支持されている。
  そこで、Libertus & Needham(15)は、2~3月齢児を対象に能動的な視覚-運動学習条件と受動的な視覚-運動学習条件とで学習差が生じるかを確かめた。能動的な視覚-運動学習では被験児は2週間にわたって自ら対象であるおもちゃを手で掴む訓練が実施された。一方、受動的な視覚-運動学習では、実験者である母親がおもちゃを掴むのを観察するのみで自らは実際におもちゃを触らない条件で訓練が実施された。テストでは、両条件ともに対象を視覚的に探索するか、そして実際に対象を掴むことができるかが試された。また、実際に対象を操作するのではなく、第三者が対象を掴んで移動させるのを観察させ、その際の被験児の視覚的探索の有り様をみるテレビジョン観察テストでは、眼球運動が記録された。
  その結果、実際に対象を見て掴むライブテストでは、能動的な視覚-運動学習条件では対象を探索し把捉する学習が向上していたのに対して、受動的な視覚-運動学習条件では、その種の学習の向上は生起しなかった。また、テレビジョン観察テストでは、両条件とも視覚探索と把捉の両方において学習が起きなかった。これらのことから、視覚-運動学習を促進するのは被験児自身の能動的な行為が必要でり、ミラーニューロン・システムの発達には行為者の能動性が重要となることが明らかにされた。

視覚-空間認知共応における能動的と受動的視覚探索の学習効果と個人差
 Meijer & van den Broek(18)は、メンタルローテーション課題において事前の能動的もしくは受動的訓練が学習効果をもつか、またこの学習効果には個人差があるかについて実験的に検討した。被験者のメンタルローテーション能力はVandenberg and Kuse’s Mental Rotations Testであらかじめ測定し、3段階にレベル分けした。これらの被験者は、能動的訓練群と受動的訓練群、および対照群に等分に分けられた。能動的訓練群は、コンピュータのマウスを操作し、x、y、z軸について3次元表示の対象を自由に回転させて観察することができたが、一方、受動的訓練群は回転提示される対象を観察するのみであった。対照群はこの課題に無関係な計算を同時間、課された。訓練後、メンタルローテーションテストが施行された(44)。図中、左列のディスプレーでは、左右の対象は同対象であるが、x、y、z軸のいずれかを中心として右側図形が回転されている。右列のディスプレーでは、右対象は左対象のミラー図形で同様に3軸のいずれかについて回転してある。
 実験の結果、メンタルローテーションテストで最低レベルに分類された被験者では、能動的訓練後、顕著にメンタルローテーション能力が向上したが、中程度および最高レベル群では学習効果は示されなかった。メンタルローテーション課題には個人差が大きいことを考慮する必要がある。

大きさ知覚におよぼす視覚と触覚の影響
 Van Doorn et al.(31)は、大きさ知覚に及ぼす視覚と触運動感覚(haptic)の相互的影響について実験的に検討した。触運動感覚による大きさ知覚(ハプティク手がかり)は、正方形をペン型ツール(Phantom)でなぞらせ、その際に正方形からペン型ツールに反る力覚によった。視覚による大きさ知覚は、正方形をペン型ツールでなぞらえた軌跡をディスプレー上に再現して提示する方法によった。実験では、視覚による大きさ知覚、触運動感覚による大きさ知覚、そして視覚と触運動感覚の両方による大きさ知覚の3条件が設定された。大きさ知覚は、正方形のサイズを変えたチョイスセットを視覚あるいは触運動感覚で提示し、選択させて求めた。また触運動感覚による大きさ知覚では、観察者が能動的に探索する条件と受動的条件、さらにはタクティル(tactile)ツール(対象の凹凸に反応し、人差し指の触覚を刺激するもので、正方形の凹状輪郭をなぞらせる)による触覚刺激条件とを設定した。
 実験の結果、(1)視覚にもとづく大きさ手がかりは、受動的でタクティル刺激が追加されていない条件での触運動感覚にもとづく大きさ手がかり(ハプティク手がかり)に比較して、視覚チョイスセットでのマッチングでは、大きさ知覚に与える効果はより大きいこと、(2)触運動感覚刺激(ハプティク手がかり)に追加してタクティル刺激が追加された場合には、ハプティク条件ではもっとも手がかり効果が大きいこと、などが示された。
  これらの結果から、大きさ知覚は各モダリティによる単独の手がかりにもとづくのではなく、それらのモダリティからの手がかりを統合してなされていると考えられる。