両眼立体視
視野闘争
視野闘争事態での抑制されたパターンの明るさコントラストの検出
視野闘争事態で抑制された側のパターンでも、視覚残効(Blake
& He 2005)、両眼視差の検出(Harrad et al.1994, Su et al.
2009)、明るさコントラストの増大の検出(Blake & Camisa、1979 Ling & Blake、2009 Makous &
Sanders、1978 Nguyen,et al.、2001
Norman,et al.2000 、Watanabe,et al.2004)が可能なである。これは、視野闘争上で実際には視えていない抑制された刺激対象が、比較的軽微な神経生理的変化によって知覚者には現象的に検出できていることを示している。この種の知覚現象は、これまで抑制された対象に新たな刺激を導入したり、あるいは抑制刺激を他の刺激に交換したりして得られていた。
そこで、Ling,
et al.(16)は、視野闘争上で抑制下にある刺激対象自体の明るさコントラストを増・減した場合に、知覚者はそれを検出できるかを確かめた。実験では、図1に示したように、片眼に「螺旋状に配した市松パターン」を、他眼には「水平方向のサイン波形パターン」を提示して視野闘争を誘導した。被験者には、観察にともなって生起する視野闘争の流れの中で、サイン波形にのみ、パソコンのスペースバーを操作して明るさコントラストを増加(左側の図)あるいは減少(右側の図)させるように求めた。明るさコントラストの増・減は、サイン波形の上半分もしくは下半分にのみ実施し、被験者にはそのコントラスト変化の境目(閾値)を求めた。実験ではどのパターンが視野闘争下で抑制されているかを被験者に報告させ、サイン波形の視野闘争時の視えの状態をチェックした。また、視野闘争を誘導する刺激には、「家」と[顔]パターンも加え(この場合に、「顔」パターンに明るさコントラストを増減させ、その検出閾値をしらべた)、視覚処理に続く認知処理過程での明るさコントラスト変化の検出効果もしらべられた。
実験の結果、(1)視えてはいない抑制された対象で、明るさコントラストを増減した場合にも、視えている対象(ドミナントな対象)でのそれと同様に、その変化は検出されること、(2) 抑制された対象での明るさコントラストの増大時の閾値は、ドミナントな対象でのそれよりも大きいこと、(3) 抑制された対象での明るさコントラストの減少時の閾値は、ドミナントな対象でのそれよりも著しく大きいこと、(4)視野闘争誘導パターンが「顔」と「家」のような有意味図形の場合も、従来の研究結果と相違して、抑制された対象での閾値の上昇の幅は幾何的パターンと同等であること、などが示された。
これらの結果から、両眼間の抑制過程は、入力値である明るさコントラストの増・減と出力値である明るさコントラスト増・減閾値の対比(gain)にもとづいて、明るさコントラストの変化に対する閾値を決定していると考えられる(明るさコントラストが強い場合には深い両眼間抑制が生起し、それが弱い場合には浅い抑制が生起する)。この結果は、知覚意識には存在しない対象でも、視覚経路の神経生理過程では存在することを示し、視覚情報処理を受けていることを示す。
突出した形状特性による視野闘争時の知覚交替の始動
視野闘争を開始させる刺激特性は、抑制された刺激側の刺激全体あるいは部分的な明るさコントラストの増強、運動速度の増大、あるいは空間周波数の低下などである(Lee, et al. 2005, 2007, Wilson et al.2001, Paffen, et al.2008)。これらの結果は、視野交替を誘導する要因は、両眼間の局所的な刺激特性の差であることを示す。
そこで、Stuit,
et al.(28)は、抑制された側の突出した刺激特性が、観察者がそれに気づかなくても、視野交替を始動させると考えた。例えば、図2に示したような視野闘争刺激は、左右ともにに小さなガボール刺激を縦横に配することから構成されているが、ただ、その方向は45°相違している。この視野闘争刺激の1箇所に異なる方向をもつ小さなガボール刺激(方向の異なるガボール刺激で、この例では左側刺激の右下に提示)を導入すると(図Aでは右側の刺激の左上方)、これを導入した方の刺激側が視野交替してドミナントになる。実験では、図Bに示したように、左側の刺激の明るさコントラストを100 %(ドミナントに知覚)とし、右側のそれを0 %(抑制されて視えない)に設定し、次いで右側のコントラストを段階的に増強する。被験者には抑制された側で視野交替が出現したらスペースバーを操作して合図する。さらに、周辺刺激であるガボールパターンが除去されるので、このとき視野交替のきっかけになる刺激(ガボール刺激)に気が付いていたら、視えた位置をマウスで指定する。
実験の結果、(1)プローブ提示条件の場合、プローブ刺激が提示された位置を正しく指示できたのは約21%、プローブ刺激が提示されていない位置を指示したのは約29%、またプローブ非提示条件でも、「プローブ提示条件でプローブが提示される位置」を指示したのは約2.5%、「プローブが提示されない位置」を指示したものは約23%であった。(2)プローブ非提示条件であるにも関わらず、プローブが実際に提示された位置ではないが実験を通してプローブが提示されることのある位置の正答率(potential probe)は、プローブ刺激が実験を通してまったく提示されない位置(non-potential probe 刺激の4つのコーナーを除く位置)の5.9倍となること、またプローブ提示条件では、この正答率は51.5倍にもなった。(3)さらに、視野闘争刺激の左右差を強化(左刺激では同心円を刺激要素とした赤色、右刺激では平行2線分を刺激要素とした緑色)とした場合には、視野交替がプローブ刺激のある側への偏向が増大した。
これらの結果から、視野闘争での視野交替は眼球間の刺激差によって生起し、しかもこの視野交替の契機となるものは抑制された側の突出した刺激要素であることが明らかにされている。眼球間で交互に抑制が生起すると仮定するこれまでの視野闘争理論(Blake 1989、 Blake & Logothetis 2002)では、抑制された側へのプローブ刺激は抑制を等しく受けるので、左右眼の刺激特性は視野交替に影響しないと考えられてきた。しかし、今回の結果は抑制された側での抑制は等質ではなく、眼球間抑制が一定に状態にあるときにも抑制された刺激内の突出した刺激特性によって眼球内抑制の状態を変化させ、それが視野交替に影響することを示す。
視野闘争における片眼刺激の中心円の輪郭の強度の効果
視野闘争は、対応する左右網膜に局所的な不一致刺激(刺激の方向が直交、刺激の運動方向が相反、輝度が相反など)によって誘導される。視覚領V1は局所的な刺激特徴と左右眼のどちらに依存した刺激かを処理するので、視野闘争における眼球間の抑制の起動に主要な役割を果たしている((Blake, 1989; Carlson & He, 2004; Ooi & He, 1999; Shimojo & Nakayama, 1990)。さらに、錯覚的輪郭、オクルージョン、面の刺激特徴、知覚的群化なども視野闘争に影響する。これらの視覚情報はV1領野以後で処理されるので、視野闘争にはV1の視覚野以後も深く関わっている(Alais & Blake, 1999; Kovacs, Papathomas, Yang, & Feher,
1996;Ooi & He, 2003a, 2005, 2006; Shimojo & Nakayama, 1990; Sobel &
Blake, 2002; Su, He, & Ooi, 2009; van Bogaert, Ooi, & He, 2008;van der
Zwan & Wenderoth, 1994)。とくに、V2、V3、V4、V5の外線条皮質は、対象の面、および面の輪郭を決める役割を担っている((Albright & Stoner, 2002; Bakin, Nakayama, & Gilbert, 2000;
Bouvier, Cardinal, & Engel, 2008; Fang, Boyaci, & Kersten,2009; Qiu
& von der Heydt, 2005, 2007; Sugita, 1999; von der Heydt, Peterhans, &
Baumgartner, 1984; von der Heydt, Zhou, & Friedman, 2000; Zhou, Friedman,
& von der Heydt, 2000)。
そこで、Xu, et
al.(33)は、視野の境界に生じる輪郭(Boundary Contour)が視野闘争の抑止あるいは促進に与える影響をしらべた。ここでは、刺激面のパターンの左右眼の不一致をみるのではなく、視野の境界に生じる輪郭の左右眼の不一致が視野闘争に与える影響をみる。図3 (a)には、視野闘争を出現させる左右眼への刺激(縦格子と斜め格子パターン)を単一円形窓のある遮蔽板を通して観察する事態で、ここでは両眼に円形の境界輪郭(両眼境界輪郭、Binocular Boundary Contour,BBC)が作られる。しかし、図3(b)には、片眼のみ円形窓を通して斜め格子パターンを観察する事態で、片眼にのみ円形境界輪郭(単眼境界輪郭、(Monocular Boundary Contour,MBC)が形成される。図4には、このような単眼もしくは両眼の境界輪郭を設定した視野闘争ステレオグラムが示されている。図(a)は典型的な視野闘争パターン(Binocular Rivarly,BR)、(b)はMonocular Rivarly Contour(MBC)、(c)は 周囲の格子と中央の格子(グレーティング)パターンの間のフェースを36°シフトしたパターン(Binocular Boundary Contour、BBC)、(d)は、)同様に 72°フェーズシフトしたパターン(Binocular Boundary Contour、BBC)、 (e) は108°フェーズシフトしたパターン(Binocular Boundary Contour、BBC)、 (f)は 144°フェーズシフトしたパターン(Binocular Boundary Contour、BBC)、(g)は 180°フェーズシフトしたパターン(Binocular Boundary Contour、BBC)である。周囲と中央の格子パターンのフェーズを増大させると、水平方向格子の境界領域を強化するばかりではなく、中心と周辺の格子パターンの誤配列を高める。この誤配列は、中心と周囲とが明らかに異なったテクスチャをもつように知覚されるので視野闘争を誘導する要因となる。実験では、各視野闘争条件で左右眼のどちらの刺激がドミナントになるかが30秒間にわたって測定された。 実験の結果、フェーズシフトが増大するにつれて視野闘争におけるドミナントが高くなること、また、このフェーズシフトのある中心輪郭を灰色のリングで囲んでも、視野闘争のドミナントには影響を与えないことがわかった。これらの結果は、フェーズシフトによる中心と周囲の刺激間の相互作用による知覚効果は、境界輪郭と同等の影響を視野闘争においてもつことを示唆する。
片眼に限定された局所的視野闘争刺激による眼球間抑制
従来、視野闘争を誘導するパターンには、例えば、片眼に水平格子縞からなる円盤を、他眼には垂直縞からなる円盤(図5-a)が用いられる。つまり左右両眼刺激は同一の形と大きさをもつが、両刺激の形状の違いの境界となるパターンの輪郭が両刺激間で相反する刺激
(Binocular Boundary Contour,BBC)を用いることが視野闘争研究の典型であった。そこで、Su, et al.(29)は、片眼に刺激全体に一様な水平縞パターンを、他眼には水平縞パターンを背景として水平格子縞からなる円形パターン(図5-b)を視野闘争誘導刺激として考案した。ここでは、視野闘争を誘導する輪郭パターンの境界が両眼間ではなく片眼に限定される(Monocular Boundary Contour,MBC)。MBCタイプの視野闘争刺激は、視野闘争に両刺激間の形状の違いを示す境界にある輪郭(Boundary Contour)がどのように作用するのか、また両眼視による面の形状をどのように形成するのかを探るツールとして利用できる。例えば、図(5-c)は、周辺刺激は両刺激共に水平縞パターンとし、左刺激の中央には周辺刺激の格子パターン縞に対してフェーズシフトさせた円形水平縞パターンを、右刺激の中央には円形垂直パターンを配したBBCタイプの変形刺激である。この視野闘争刺激を用い左の円形水平縞パターンのフェーズシフトを増減させると、左側の円形水平縞パターンの優位度が強まる。しかし、この左の円形水平縞パターンをリングで囲むと、このリングが境界を画する輪郭となるためにフェーズシフトを高めても視野闘争における優位度は変化しない(Xu, et al.2010)。これは、MBSタイプの視野闘争における周辺刺激と中心刺激間の抑制はBBCタイプのそれよりも小さいことを示す。また、図(5-d)に示したMBCタイプの視野闘争刺激では両刺激とも周辺刺激は垂直格子パターンであるが、右刺激の中央にフェーズシフトにより円形垂直縞パターンが設定されている。この視野闘争刺激のいずれかに、ガボール刺激を重ね合わせて提示し、そのガボール刺激の明るさコントラスト変化に伴うガボール刺激の検出閾値を測定すると、ドミナントに知覚される右刺激に対して抑制される左刺激の閾値が高くなることが示された(Watanabe, et al.2004)。これは、MBCタイプの視野闘争事態、つまり片眼にのみ両眼間の形状の相違を示す輪郭の境界要因が両眼間の抑制を引き起こすことができることを示す。
MBCタイプの視野闘争刺激は、視野闘争に関連する皮質過程のしくみを明らかにするのにも有効で、これまでの研究によれば、皮質過程では2つのプロセス、すなわち両眼間の形状の相違を示す境界の輪郭からなる「面」の形成を担う過程、およびその面にあるテクスチャや色要因を面の内方向に拡延する過程である(Caputo, 1998; Grossberg & Mingolla 1985; Nakayama et al.1995;
Paradiso & Nakayama, 1991; van Bogaert et al.,2008; von der Heydt, et al.2003;
Su,e al.2007)。形状輪郭情報にもとづく「面」のイメージの形成は視覚領のV2 で担われているので、MBCタイプの視野闘争刺激による眼球間抑制のしくみはV2 にある(Bakin,et al. 2000; Qiu & von der Heydt 2005; Zhou, et al. 2000)。もし視野闘争が起きると、眼球間抑制のしくみは、直接、あるいはV1 へのフィードバックを伴って、他眼からのイメージの抑制を引き起こす。したがって、図(5-b)のようなMBCタイプの視野闘争では、MBCタイプの刺激がトリガーとなる眼球間抑制がV2で生起するのに加えて、視野闘争を引き起こす局所的刺激がV1 で眼球間抑制を活性化させる、と考えられる。一方、縞パターンの方向が異なる刺激やフェーズシフトが異なるMBCタイプの視野闘争刺激の場合、闘争における知覚優位を規定するのはこれら片眼に提示されたMBC刺激である(Ooi & He, 2005, 2006; Su et
al., 2009)。この説は、図(5-e)に示したMBCタイプの視野闘争刺激、すなわち周辺刺激は両眼とも同一の高い明るさコントラストをもつ水平縞パターンであるが、片眼にのみ低い明るさコントラストをもつ円形垂直縞パターンを中心領域に加えた場合には、この低コントラストの円形垂直縞パターンが優位に知覚されることからも確認される。これとは逆に、BBCタイプの刺激の場合(図5-f)、高コントラストの円形水平縞パターンがドミナントになる。これは、局所的な境界輪郭によって活性化されるV1での眼球間抑制のしくみがMBCタイプの視野闘争の生起に関与していないことを示す。もし、この考え方が正しければ、抑制された側の眼球(中心に円形刺激のない周辺縞パターンのみを提示)における検出閾値は、MBCタイプの視野闘争刺激(周辺刺激と円形刺激の縞パターンの方向の相違するもの、あるいはフェーズシフトさせた円形刺激をもつもの)の検出閾値と同じように増大すると予測される(Su et al., 2009)。
そこで、Su et
al.()は、実験1で中心刺激の縞パターンの方向が周辺刺激と異なるMBCタイプの視野闘争刺激(図6-a,b)を用いて、抑制側の明るさコントラストの検出閾値とドミナント側のそれとを測定した。実験では、プローブ刺激としてガボール刺激を導入し、周辺刺激と中心刺激のコントラストを同じように変化させ、そのときのプローブ刺激のコントラスト閾値を求めた(図6-c)。この視野闘争刺激では、常に中心刺激のあるパターンがドミナントに視えるので、ドミナント条件は中心刺激のある側に、抑制される側の刺激は周辺刺激のみで中心刺激が無い側となる。したがって、ドミナント条件ではプローブ刺激は中心刺激にちょうど重なるように、また抑制条件では周辺刺激の中央にプローブ刺激が提示される。実験2では実験1と同様な視野闘争刺激を用い、周辺刺激のコントラストを固定した事態で中心刺激のそれを変化させ、抑制側とドミナント側のコントラスト閾値をプローブ刺激で測定した(図7)。実験3では、実験1と同じ視野闘争刺激を用い、周辺刺激と中心刺激のコントラストを固定したまま、SOA(第一刺激のonsetから第二刺激のonsetまでの間隔、stimulus onset asynchrony、80、120、180、270、410 ms)の増大に伴うある弱いコントラスト値をもつプローブ刺激の検出の正確度と反応時間をドミナント側と抑制側で測定した(図7)。実験4では、中心刺激をフェーズシフト条件で周辺刺激と中心刺激のコントラストを固定した事態でSOAを変化させたときのプローブ刺激の検出の正確度と反応時間をドミナント側と抑制側で測定した(図7)。
実験の結果、(1) 中心刺激の縞パターンの方向が周辺刺激と異なるMBCタイプの視野闘争刺激(実験1)では、周辺刺激と中心刺激の明るさコントラストの増大に伴うプローブの明るさコントラスト検出閾値は、抑止条件とドミナント条件ともにリニアに高くなるが、全体に抑止条件で大きい。(2) 周辺刺激のコントラストを固定した事態で中心刺激のそれを変化させた実験2では、明るさコントラストの増大に伴うプローブのコントラスト閾値は、ドミナント条件ではリニアに高くなるが、抑止条件では一定となり変化しない。(3)実験3と4では、SOAの増加に伴うガボール刺激の検出の正確度は、ドミナント条件と抑止条件ともに、SOAが80から120 msまでは高くなるが、それを過ぎると一定となる。また反応時間は、ドミナント条件と抑止条件ともに、SOAが80から120 msまでは少なくなるが、それを過ぎると一定となる。
これらの結果から、視野闘争における眼球間抑止過程は刺激が提示されてから80 msの間で起きること、さらに中心刺激の縞パターンの方向が周辺刺激と異なるMBCタイプの視野闘争刺激の抑止条件での抑止効果は、中心刺激の縞パターンのフェーズが周辺刺激と異なるMBCタイプでのそれより抑止効果が大きいこと(Su, et al 2009)が示された。結局、MBCタイプの視野闘争では、周辺刺激の全体的な輪郭特性に加えて、その中心刺激に局所的な形状特徴がある側の刺激が選択され、他の側の刺激は抑制される。一方、各眼に同一の輪郭効果をもつBBCタイプの視野闘争では、各眼に与えられた輪郭から形状の内部構造を形成しなければならない。したがって、MBCタイプの視野闘争では、両眼間での局所的な知覚的抗争の結果、局所的な刺激特徴を持つ側の刺激が優性となり、視野闘争でドミナントとなると考えられる。
刺激の形状特徴による視野闘争の促進と抑制
視野闘争は各眼に刺激の不一致があって競合する場合、各眼のチャンネル間の抑止過程が相互に作用して生起する(眼球間闘争、eye rivalry)のが一般的である。これに対して、両眼間の刺激パターンの特徴によって両眼間で闘争が起きる(刺激イメージ間闘争、image rivalry)ことも報告されている(Alais & Blake, 1999、 Kovács,Papathomas,
Yang, & Feher, 1996、Logothetis, Leopold, &
Sheinberg,1996)。この種の視野闘争が生起するのは、両眼間での不一致刺激パターンが両眼視融合すると視野闘争ではなくひとつのまとまりをもって知覚される場合である。とくに、両眼間で刺激融合したときにゲシタルト要因によってまとまる場合には、知覚優位が顕著に生起する(Ooi & He, 2003、van Lier & de Weert, 2003、De Weert, Snoeren,
& Koning, 2005、Suzuki & Grabowecky, 2002)。両眼間闘争は視覚情報処理過程の初期に関係し、刺激イメージ間闘争には高次過程が関与する。
Vergeer &
van Lier(32)は、刺激特徴の類似性による視野闘争の抑止と促進が単眼内で、あるいは両眼間で生起するかについて実験的に検討した。図8は、単眼内(intraocular)および両眼間(interocular)の刺激パターンの特徴類似性が、視野闘争での抑止後における視えの復活に際して促進されるか否かしらべるための実験パラダイムである。まず単眼内の刺激類似性の実験条件(左列)では、左眼に縦格子パターーンを左端と中央に隣接して提示し、その右横に水平格子パターンを提示する。右眼には同心円パターンを左右端に提示する。このようにすると同心円パターンが刺激優位となり左右端の縦格子パターンを抑止する。600ms後、2個の同心円パターンを除去すると、抑止を受けなかった中央の縦格子パターンと同類の縦格子パターンが左端に視えると期待される(右端のExpected percept参照)。両眼間の刺激類似性の条件(中央の列)の場合は、左眼の左端に縦格子パターンを,右端に水平格子パターンを提示、また右眼の左右端に同心円パターン、中央に縦格子パターンを提示する。同心円パターンが知覚優位となるので右眼に提示された左右端の同心円と中央の縦格子パターンが視え、左眼の刺激は抑止される。600ms後、右眼の同心円パターンを除くと、中央の縦格子パターンと類似した左眼の縦格子パターンが復活しそれらが横並びで視えると期待される(右端のExpected percept参照)。図9は、単眼内(intraocular)および両眼間(interocular)の刺激パターンの特徴類似性が視野闘争後の視えの復活を抑止する効果をみるための実験パラダイムである。単眼内の刺激類似性の条件(左列)では、左眼に縦格子パターーンを左端と中央に隣接して提示し、その右横に水平格子パターンを提示、右眼には同心円パターンを左右端と中央に提示する。このようにすると右眼の同心円パターンが刺激優位となり左眼の格子パターンを抑止する。600ms後、右眼の左右端の同心円パターンを除去すると、右眼中央の同心円パターンのみが視えるがその後で刺激類似性をもたない水平格子パターンが復活し、刺激類似性を持つ縦格子パターンは抑止を受け続けると期待される(右端のExpected percept参照)。両眼間の刺激類似性の条件(中央の列)の場合は、左眼の左端に縦格子パターンを、右端に水平格子パターンを、中央に同心円パターンをそれぞれ提示、また右眼の左右端に同心円パターン、中央に縦格子パターンを提示する。同心円パターンが知覚優位となるので左眼の中央と右眼の左右端に提示された同心円が優位となり知覚される。600ms後、右眼の左右端の同心円パターンを除くと、左眼中央の同心円パターンのみが優位となるが、その後で、刺激類似性をもたない水平格子パターンが復活して知覚され、刺激類似性を持つ縦格子パターンは抑止を受け続けると期待される(右端のExpected percept参照)。
これらの実験パラダイムの基づいた実験の結果、実験1では抑止された刺激パターンが、刺激類似性を共有している場合、抑止からの知覚的復活の促進が刺激類似性を共有しない刺激パターンより単眼内および両眼間の視野闘争の両方で出現すること、また実験2では、抑止された刺激パターンが刺激類似性を共有する場合、抑止から解放されても抑止を継続して受け続けること、をそれぞれ示した。これらの結果は、刺激イメージ間闘争において刺激類似性が抑止を促進したり、抑止を解除したりしていることを示唆する。
主観的オクルード面の出現現象と両眼間で対応する刺激の時間的消失条件(temporal interocular asynchrony)との関連
図10の刺激提示事態を見よう。図aには、両眼視差をもつ刺激がオクルードされることによって生じる主観的奥行面の出現が図示されている。縦方向に並べた3つのドットを左から右方向に運動させ、点線で示した枠内(実際には点線は提示されない)に入ったら消失させると、点線で示した矩形が主観的にドットをオクルードして矩形が主観的に奥行出現する(左端図)。ここでは、右眼の刺激が消失し、続いて左眼の刺激が消失する(positive temporal interocular asynchrony、PTIOA、TIOA>0)。このようにすると、観察者には3つのドット刺激が主観的な矩形面にオクルードされて視える(右端の図)。図bは、ドット刺激が右から左方向に運動する場合である(PTIOA、TIOA>0)。図cは、ドットが左から右方向に運動するとともに、矩形面も同方向にドットを上回る速度で運動しドットをオクルードする場合である。しかも、ここでは左眼の刺激が右眼の刺激より先に消失する正常ではない事態(negative temporal interocular asynchrony、NTIOA、TIOA<0)を設定。同様に、図dにはドットと矩形面が右から左方向に運動し矩形面がドットをオクルードし、しかも右眼の刺激が左眼の刺激より先に消失する正常ではない事態(NTIOA、TIOA<0)を設定。このような刺激事態(PTIOA)の場面推移は図eに4フレームで示されている。
Ni, e al.(19)は、この種の主観的オクルード面(オクルードする面)がドット運動の右側あるいは左側に出現するか、その知覚的正確度、およびそのオクルード面の奥行量を測定した。実験では両眼間の刺激消失の時間的な対応関係(PTIOA、NPTIOA)が9段階(-320、-240、-160、-80、0、320、240、160、80 ms)に操作され、またパラメータとして運動刺激(1縦列の3個のドット)の両眼視差量が3段階(-9′、0、9′)に変えられた。
実験の結果、刺激の運動方向に対する主観的オクルード面の出現方向の正確度は、PTIOA、NPTIOA条件とも、その値が大きいほど正確になること、またドットの視差が小さいほど正確になることが示された。さらに、主観的オクルード面の奥行はドットの視差に近接して出現すること、また、主観的オクルード面の奥行はTIOAが変化してもは変わらなかった。
これらの結果から、視覚システムは両眼間の刺激消失時間に最大320 msのギャップがあっても、その不一致を主観的オクルード面を存在させることで知覚的に解決すると考えられる。
両眼視差の処理過程
Changing Disparity Energy Model
奥行運動(Motion in Depth)の発生要因には、時間的に変化する両眼視差(Changing Disparity)と両眼間の速度差(Interocular Velocity
Difference)とがある。時間的に変化する両眼視差は、はじめに両眼間で視差対応が検出され、ついでその時間的変化による視差対応が検出され、最後に、その時間的に変化する視差にもとづいて奥行運動が発生する。両眼間の速度差は、まず各眼で刺激の速度が検出され、次いでその速度差に基づいて奥行運動が発生する。Peng &
Shi(23)は、時間的に変化する視差に特異的に反応するニューロン群から構成された神経生理学的なモデル(Changing
Disparity Energy Model)を提唱した。このモデルは2段階から構成される。第1段階はDisparity
Energy Modelにもとづく過程、第2段階はMotion Energy Modelにもとづく過程である。Disparity Energy Modelでは、各眼から入力された刺激は受容野で空間的に結合され、それらはガボール関数で記述される。左右眼の受容野からの出力は、2乗し加算されて結合される。Disparity Energy Neuronで処理される視差は、各眼の受容野のプロフィール間のフェーズシフトと位置シフトの両方に依存することになる。このモデルの第1段階では、時間的に変化する視差から「時間に随伴した位相の方向(phase-time orientation)を、第2段階ではイメージの運動から「空間に随伴した位相の方向(phase-space orientation)」を、それぞれ導出する。したがって、このモデルでは、これら2つの過程を結合させて刺激の奥行方向を検出する。図11には、このChanging
Disparity Modelの処理段階が図示されている。図aはDisparity Energy Modelの段階を示す。ここでは、左右眼に入力された刺激の位置で示された各受容野のフェーズは90°異なる。左右眼のニューロン間のフェーズシフトはこの視差エネルギーニューロン(Disparity
Energy Neuron)をマイナス視差にチューニングして出力するする。図bはMotion Energy Modelの段階を示す。ここでは横軸に位置、縦軸に時間をとって表示した受容野で、上側の枠は現在時間を、下側の枠はその直前の時間を示す。受容野のプロフィールではフェーズを90°シフトさせて方形のペアを作成し、その出力を2乗し加算して運動エネルギー(Motion
Energy)を得る。図cはフェーズにチューニングした視差エネルギーニューロン群を示す。ここでは上段の横列の回路群(各回路で視差が異なる)は、固定された視差入力に対する視差エネルギーニューロンの反応群を示す。最下段の図はフェーズシフトに伴う一群の視差変化を出力として表示(白は高い出力を、黒は弱い出力を表現)している。
このChanging Disparity Modelのシミュレーション実験が、RDSとDRDSを用いて行われた。RDSではドット間の視差が時間的に変化、またDRDSでは視差とドットが時間的に変化した。RDSでは時間的に変化する両眼視差(Changing Disparity)と両眼間の速度差(Interocular
Velocity Difference)とがあるが、DRDSでは時間的に変化する視差のみが手がかりとして存在することになる。このモデルのシミュレーションでは、ステレオモーションにおけるDRDSの速度閾値(ステレオモーションが識別できる境目の値)はRDSより高い結果となり、これは精神物理学的実験結果(Brooks & Stone 2004)と一致していた。これは、ステレオモーションにおいては時間的に変化する両眼視差だけではなく、両眼間の速度差を加えた両方の手がかりが利用されていることを示し、シミュレーション実験結果は、このことを検証したことになる。
両眼視差のモジュラー性と速度知覚に及ぼす加齢効果
MT野(middle temporal area)とMST野(medial superior temporal area)は、速度弁別に関わる重要な役割を果たしていることが、霊長類とヒトで明らかにされている。とくに、マカクのMS野あるいはMST野を切除すると運動する対象の速度弁別に障害が出ること(Orban, Saunders, & Vandenbussche 1995 、Pasternak
& Merigan 1994)、しかし、それらの下位領域の切除では障害が出ないこと(Orban et
al., 1995)、さらにMTニューロンへの直接的な電気刺激は速度知覚を変えることができることが、Liu and Newsome (2005)によって報告された。これらの研究は、速度知覚はMT野によって担われていることを示した。
MT野のニューロンは中心/周辺受容野構造をもち、中心と周辺は相反機能をもっている。すなわち、それらのニューロンは受容野の中心と周辺が同方向に運動すれば抑制が、逆にそれぞれが反対方向に運動すれば興奮あるいは弱い抑制のどちらかが生起する(Allman et al. 1985, Born 2000, Born & Tootell 1992, Raiguel,
Van Hulle et al. 1995, Tanaka et al.1986)。中心/周辺受容野構造をもつMT野の大部分のニューロンは、両眼視差にも反応する。Bradley & Andersen(1998)は、中心と周辺が同等の奥行距離をもつ対象で刺激されているときには抑制が、逆に異なる奥行を持つ場合には興奮あるいは弱い抑制が生起することを示した。精神物理的方法による研究でも、周辺への静止あるいは運動する刺激提示によって中心での運動対象の視かけの速度が変わることが明らかにされている(Gogel & McNulty 1983, Norman, et al.1996, Tynan & Sekuler 1975)。もし、中心/周辺受容野構造をもつニューロンで周辺が両眼視差に感受性があれば、周辺に提示した両眼視差によって中心に提示する運動対象の視かけの速度を調整していると仮定できる。そこで、Norman et al.(20)は上記の仮説の検証を精神物理学的方法で試みた。実験での刺激には、視野の中心に円形領域(直径4°)を提示し、その周囲に円形領域とは間隙(1°)をとって輪状(リング)領域(直径25°)を配置した。これらの刺激は、背景より高い輝度を持つドットで構成され、またこれらの中心円形領域と周辺輪状領域の大きさは、MT野の受容野の大きさを考慮して決められた。周辺輪状領域と中心円形領域内のドットの速度比と運動方向との関係は、周辺輪状領域が中心円形領域より、(1)40%速くかつそれぞれが異方向に動く条件、(2)20%速くかつ異方向に動く条件、(3)同速度で同方向条件、(4) 40%速くかつそれぞれが同方向に動く条件、(2)20%速くかつ同方向に動く条件であった。中心円形領域のドット速度は、3,6,9
deg/sの3段階に設定した。さらに、周辺輪状領域には両眼視差を用いて注視刺激である円形領域に対して前・後4cm(視差換算27.4分)の奥行を付けた。順応効果を除くために運動方向は、上下左右方向にランダムに変えて提示した。若年(平均23.1歳齢)と高齢(平均71.3歳齢)の被験者には、中心円形領域の視かけの速度を周辺輪状領域のそれと視かけ上に等しくなるようにマッチングさせた。
若年者を対象とした実験では、(1)中心円形領域と周辺輪状領域間の奥行差は中心円形領域の視かけの速度に影響すること、(2)とくに、中心円形領域が周辺輪状領域より手前に視える場合(非交差視差条件)には、その視かけの速度は他の「中心円形領域/周辺輪状」の奥行条件より速く視えること、(3)さらに、この種の中心円形領域の視かけの速度の増大は両領域が同方向に運動する条件でのみ生起すること、が明らかにされた。高齢者を対象とした実験では、若年者のそれと結果が類似していたが、しかし、高齢者では速度知覚が全般に不正確になるとともに、中心円形領域が周辺輪状領域より手前に視える場合(非交差視差条件)で両領域が同方向に、また異方向に運動する場合の両方で中心領域の視かけの速度増加が生起することに結果の相違が生起した。
これらの結果から、中心/周辺受容野構造をもつニューロンは周辺に提示した両眼視差によって中心に提示する運動対象の視かけの速度を調整すること、また加齢に伴ってMT野にあるこの種のニューロンの活動性が低下する、と考えられる。
ローカルとグローバル・ステレオグラム間の両眼立体視に関する知覚学習の差異
ローカル・ステレオグラム(フィギュラル・ステレオグラム)とグローバル・ステレオグラム(RDS)の両眼立体視の処理が同一の過程で成されていることを、Gantz &
Bedell(6)はローカル・ステレオグラムとグローバル・ステレオグラム間で知覚学習の転移が生起するかを検討することで確かめた。もし、両ステレオグラムの立体視過程が同一の神経機構で担われているならば、どちらかのステレオグラムで学習した効果は他方のそれに転移しているはずである。さらに、それらの学習過程も類似した学習曲線をもつ。一方、それらの両眼立体視過程が異なった神経機構で担われていれば、この種の学習転移は生起しない。また、両眼立体視過程が初期の視差検出過程と後続する視差対応および形状復元から成立しているならば、ローカル・ステレオグラムでの学習はグローバル・ステレオグラムの学習を向上させる。しかしローカル・ステレオグラムでの学習によって視差検出に後続する過程が影響しなければ、未学習であるグローバル・ステレオグラムでの学習前と後でのステレオ閾値の向上は、学習したグローバル・ステレオグラムでの学習前と後の閾値のそれより劣る。グローバル・ステレオグラムでの学習は初期の視差検出と後続する視差対応および形状復元過程の両方を向上させるので、未学習であるローカル・ステレオグラムでの「学習前」対「学習後」の閾値の比率は、ローカル・ステレオグラムでの学習後の「学習前」対「学習後」の閾値の比率と類似する。
これらの予測を検証するために、図12に示されたステレオグラムでそれぞれの学習過程での閾値の変化および学習前・後のステレオ閾値が測定された。グローバル・ステレオグラムは不規則なドットから構成された矩形(ドットの濃度28.3%)で両眼視差は2つの矩形内のドットの配置をシフトすることで付けられた(図A)。ローカル・ステレオグラムは不規則に配されたドットから構成され、単眼視的形状が識別できる(図B)。ステレオ閾値の測定は、視差をゼロに配した上段のステレオグラムに対して下段のそれが奥行的に前あるいは後を判断させることで求めた。ローカル・ステレオグラムのみで学習するグループとグローバル・ステレオグラムのみで学習するグループとを構成し、そのグループ間で転移学習効果が求められた。学習訓練は7700回(77試行×100ブロック)を10日間で試行し、1試行毎にステレオ閾値が測定された。 実験の結果、(1) ローカル・ステレオグラムとグローバル・ステレオグラムの両グループの学習曲線(ステレオ閾値)は、ともに3000-4000試行までは閾値が低下し、以降は平準化すること、(2)学習前・後のステレオ閾値の差は両グループ間で相違しないこと、(3)未学習グローバル・ステレオグラムと学習させたグローバル・ステレオグラムの両グループの「学習前」対「学習後」の比率、および未学習グローバル・ステレオグラムと学習させたローカル・ステレオグラムの両グループの「学習前」対「学習後」の比率は有意に類似すること、などが示された。これらのことから、グローバル・ステレオグラムとローカル・ステレオグラムの立体視過程は同一であり、しかもグローバル・ステレオグラムの立体視過程での2段階処理説も否定されている。
両眼視差からの立体の復元
3次元形状知覚の正確度に与えるシーン文脈の効果
両眼立体視で提示された3次元形状は、それが提示された絶対奥行距離に応じて変形して知覚される。対象が近距離に提示された場合には対象の3次元形状は奥行方向に楕円状に膨らんで知覚され、遠距離に提示された場合には細長く知覚される(Johnston,1991)。このような3次元形状が歪んで知覚されるのは、両眼立体視事態では近距離は過大視され、遠距離は過小視されるためである。このような事態での絶対奥行距離の手がかりは、眼球調節、両眼輻輳の網膜像外要因と垂直視差の網膜像内要因である。対象が近距離に提示され、しかもその視角が大きい場合には、これらの網膜像内・外の要因は対象までの絶対奥行距離を見積もるのに有効である(Bradshaw, et al 1996))。
そこで、O’Kane & Hibbard(21)は、対象が50cm以内に提示された場合には、これらの網膜像内・外の要因は奥行手がかり効果をもたないが、その代わりの手がかりを提示すれば対象までの絶対奥行距離が正しく知覚され、その結果、3次元形状知覚の歪みもなくなると考えた。絶対奥行距離の手がかりとして、(1)対象よりも観察者に近い位置に別の対象を提示すること、(2)近似した両眼視差をもつ一組の対象を提示すること、である。(1)の事態ではシーン内に別の対象が提示されれば、それが絶対奥行距離のアンカーとなりシーン内のすべての対象の絶対奥行距離が正確になると予想される。(2)の事態では比較的大きい複数の視差による一組の対象は観察者に近い位置に定位されるし、比較的小さい複数の視差による一組の対象は観察者より遠くに定位され、結果として対象の絶対奥行距離の定位が正確になると予想される。両眼視差は奥行距離の2乗に反比例して小さくなる。したがって観察者の近傍にある一組の対象の視差値は大きく散らばり、逆に遠方にあるそれらの視差値は小さくばらつくことになる。これが対象の絶対奥行距離の手がかりとなりうる。これらを実験的に検討するために、図13のような刺激事態を設定した。観察者の垂直方向に2個のドット(ドット間距離は20mm)を奥行距離1135 mmに、また視線上に1個のドットが提示され、被験者は視線上のドットを奥行方向に動かして2個のドット間の垂線上に奥行が一致するように移動調整する(図a)。さらに、観察者から見て垂直にあるドットの近傍の左右水平方向に20個のLED光を矩形上にランダムに配置し奥行文脈のための周囲刺激として提示した。実験1では、周囲刺激の奥行距離を3段階に変化させ、垂直方向上下に配置した2個のドットで構成された奥行が視かけ上一致するように測定ドットを奥行方向に移動調整させた。実験2では、樹木、低木、岩など自然物を含む戸外の風景を立体カメラで撮影し、注視点にある一組の対象の視差の相関が注視点距離の増大に伴って高くなることを確認した上で、これらの一組の対象を周辺奥行文脈刺激として3段階の位置(50、81、115cm)に提示し、実験1と同様に、垂直方向上下に配置した2個のドットで構成された奥行が視かけ上一致するよう位置を求めた。
実験の結果、実験1では周辺奥行文脈効果は示されなかった。同様に、実験2でも視差のばらつきによる周辺奥行文脈効果は示されなかった。これらの結果は、視覚システムは両眼視差による対象の絶対奥行距離知覚において周辺奥行文脈効果を取り込むことで絶対奥行距離修正を図ることはないことを示す。