3.絵画的要因による3次元視

3.1.絵画的要因の3次元視効果

陰影からの形状知覚(shape from shading)におよぼす照明の影響

 視覚システムは他の手がかりがなくても陰影のみから構成された形状を知覚することができる。陰影からの形状知覚には形状面の形、面の反射特性、照明の特性と方向という3つの要因が関与する。これらの要因のなかで照明の方向は本来多義的な特性を持つが、視覚システムは照明方向を適切に知覚できる。もし照明についての手がかりが利用できない場合、視覚システムはデフォルトの光源を仮定する。それには「上方からの照明(lighting-from-above)」という仮定(Adams et al.,2004; Kleffner & Ramachandran, 1992; Mamassian & Goutcher,2001; Sun & Perona, 1998)、および「多方向光源による散乱(diffuse multidirectional light source illumination)」という仮定(Tyler, 1998)が想定されている。「上方からの照明」仮説はクレーター錯視現象(陰影のみで作成された凹凸が上下反転すると凹凸も反転して視える現象)を説明できることでよく知られる。上方からの照明の場合、面の形状と輝度との関係はランベルト面として精確に表現できる。ランベルト面とは放射輝度が観測する方向によらず一定であるような仮想的な面(完全拡散面)をいい、ランベルトの余弦則が成立する仮想的な面である。この面のある点での輝度はその法線と光源間の角度の余弦(コサイン)に比例する。「多方向光源による散乱」では、地平面が半球のあらゆる部分から等しく照明された事態であり、ガンズフェルトの事態ともいえる。自然なシーンでは、散乱光の状態で地面の反射や太陽の位置などの影響を受けてバイアスがかかっている。
 そこで、Schofield et al.(33)は、照明特性が不確実な事態で陰影による形状知覚を行う場合には「上方からの照明」仮定に依拠すると共に、「散乱光」仮定も視覚システムは採用すると考えた。そこで、24に示すように、上方からの点光源照明を仮定してレンダリングしたサイン輝度波形の凹凸陰影格子パターンを作成した。ここでは、パターン面に対する光源の角度(Bに表示、dは光源角度)およびパターン面の観察者に対する方向をそれぞれ変化(Cに表示、ψはパターン面の方向)させた。図の内側リングに表示したグラフのx軸はパターン面の位置を、y軸は輝度プロフィール(太線)とパターンプロフィール(細線)を、Ψは波長における物理的ピーク値と輝度ピーク値の差分をそれぞれ示す。外側リングのレンダリング画像のトップとボトムは光源角度が0度と180度の場合を、左端と右端はそれが90度の場合をそれぞれ示し、他は光源角度がそれらの間で設定された場合を表す。パターン面が90270度の場合の光源角度は45度、60120240300度の場合のそれは41度、30150210330度のそれは27度、そして0180度のそれは30度にそれぞれ設定された。また、25に示したように、散乱光と点光源を仮定してレンダリングしたサイン輝度波形の凹凸陰影パターンも作成された。この場合、散乱光:点光源の割合は0.750.25に設定された。照明についての明確な手がかりが存在しない場合、視覚システムが照明について「上方からの照明」モデルで知覚するか、「多方向光源による散乱」モデルで知覚するかが、これらの凹凸陰影格子パターンで実験的に検証された。この検証のためには、サイン波形格子パターンの輝度プロフィールの頂点とそれの知覚された奥行との間の差分値が格子パターンの前額平行面の回転角度でどのように変わるかがしらべられた。サイン波形格子パターンの視えの奥行は、テスト刺激と輝度プロフィール、およびパターンの回転角度が同等のサイン波形格子パターンをバーチャルに提示し、その奥行をハプティク・デバイス(ペン型の鉄筆、Phantom社製)で力覚的に測定した。このハプティクデバイスを利用すると、力覚として凹凸感が伝えられるので、被験者には凹凸感が感じられるまでハプティクデバイスを強く押しつけるように教示された。結果の予測としては、もし視覚システムが点光源照明モデルを採用しているならばパターン面のサイン波形周波数が1/4波長縮減されて知覚されること、また散乱光モデルならばパターン面の輝度頂点と知覚された頂点との間に差が生じないこと、さらに点光源と散乱光の混合モデルがとられているならば方向によってはパターン面の輝度頂点と知覚された頂点との間に差が生起することの3通りが考えられる。
 実験の結果、大部分の被験者(15人中10人)は、パターン面が水平方向(90270度)の場合に1/4周波数分の差分(格子パターンの輝度ピーク値と知覚されたその格子面の奥行値との間の差分)を示したが、パターン面がその他の方向ではこのような1/4周波数の差分は示されなかった。さらに少数の被験者には、どの方向でもこのような1/4周波数差分は全く生じなかった。このことから、視覚システムは光源に関する手がかりが存在しない場合には、点光源と散乱光源を状況によって使い分け、とくに上方からの散乱光が自然な照明事態と仮定する傾向をもつと考えられる。

乳児の陰影による立体視の発達

 知覚恒常性、なかでも形状の恒常性(Day & McKenzie, 1981; Granrud, 2006; Slater et al., 1990)、明るさコントラストの恒常性Caron et al., 1979; Slater & Morison, 1985)、色の恒常性(Dannemiller,1998)、および明るさ恒常性(Teller et al., 2006)は出生後1月齢で発現する。とくに、面の明るさ(liminance)は輝度そして照明反射率が関わり、面の方向によって変化するが、しかし黒面、白面、灰色面はそれぞれ、黒、白、灰色として明るさの恒常性をもって知覚される。視覚システムが陰影による立体をどのように成立させるかをGilchrist(19771983)が分析した。それによると、26に示したように、パターンの7種類の接合要因が立体視に重要である。「illumination edges」は照明によって出現するエッジを、 「reflectance edges」 輝度差によるエッジを、「arrow- junction」 と「Y- junction」と「Ψ- junction」は陰影による凹凸を、「T- junction」と「 L-junction」は面のコーナーあるいは縁をそれぞれ表している。これらの接合要因をパターンが含むことで陰影による3次元視が可能となる。
 Kavšek(14)は、、「illumination edges」要因と「reflectance edges」要因を操作し、6月齢の24名の乳児の陰影による立体視の可否を探った。実験は、27に示したように、アニメーションによって作成された折り曲げパターンを乳児に提示し観察時間を計測することで実施された。アニメーションは、まず平面的パターン(左端)から陰影による折り曲げパターン(右端)へと段階的に変化する。図(a)は、明るさ恒常条件で輝度レベルの変化は面の折り曲げ方向の変化(輝度と照明が関与)と一致させる。図(b)は逆明るさ恒常条件で輝度レベルは面の折り曲げ方向の変化と不一致に変化させる。図(c)は縞模様パターンの折り曲げ条件で折り曲げに伴う明るさ変化は伴わない。図(d)は格子縞(プレード)パターンの折り曲げ条件で折り曲げに伴う明るさ変化は伴わない。縞模様パターンの折り曲げ条件とパターンの折り曲げ条件はコントロール条件として設定された(陰影による立体を用いてウエーブパターンあるいは格子パターンに対する乳児の偏向度をチェック)。明るさ恒常条件と逆明るさ恒常条件は、アニメーションと輪郭要因は同一で、明るさのみが異なる。逆明るさ条件は自然に反する事態なので、乳児は驚いてより長い時間観察すると予測される。
 観察の結果、乳児は明るさ恒常条件より逆明るさ恒常条件の方を有意に長い時間偏好することが示された。このことから、6月齢乳児には明るさの恒常性があること、また陰影による3次元視が可能なことが明らかにされている。

乳児を対象としたhollow face錯視の発達

 5-6月齢と7-8月齢乳児を対象としてhollow face錯視の知覚的発達がしらべられた(Tsuruhara et al.(39))。提示した刺激は、28に示したように、凹面と凸面の顔モデルで、実験では、まず、これらの顔面モデルを左右に並べ、それぞれを左右に回転するようにアニメーションで動かして提示し、凹と凸面モデルのどちらを注視するかがしらべられた。  
 その結果、7-8月齢乳児は凸面モデルをより多くの時間注視し、5-6月齢児にはその偏好には差がなかった。そこで、馴致-新奇偏好法(habituation-novelty preference)を用いて、アニメーションで左右回転させた凹面モデルあるいは凸面モデルのいずれかに馴致させ、その後で偏好テストを実施した。7-8月齢児を対象とし、馴致手続きでは凸面モデルを提示しする群と凹面モデルを提示する群とを構成した。後テストでは、凹あるいは凸の実物顔面モデルが用いられた。もし凹面モデル馴致群にhollow face錯視が起きていれば、偏好テストでは実物凹面モデルを偏好するはずであるが、実験結果はこの予想に反して実物凸面モデルが偏好された。これらの結果から、7-8月齢ではhollow face錯視は起きていないと考えられる。
 一方、Corrow et al.(5)は、6月齢乳児はhollow face錯視に反応することを報告した。それによると、乳児は対象に対する手伸ばし反応では対象の中で乳児に最も近い部分に手伸ばし反応することが確かめられているので、単眼視と両眼視の両条件で乳児の凹型の顔マスクに対する手伸ばし反応を観察した。その結果、凹型顔マスクではその中央に手伸ばしするのに対して、両眼視ではマスクの端に手伸ばしすることが示された。これは、単眼視の場合、乳児が凹型の顔マスクを凸型のマスクとして知覚していることを示唆する。

テクスチャの分擬における受動的視覚経験の効果

 一般に、テクスチャの分擬課題実験で観察者に分擬に関係する知覚要素(テクスチャなど)を積極的に探索する視覚経験を与えると、知覚学習を効果的に進めることが可能である。これは、観察者への課題に対する積極的指示が、観察者の中枢にその知覚課題に対する学習態度をトップダウンでセットするからと考えられている(Li, Piëch, & Gilbert, 2004)。一方、同様なテクスチャ分擬課題で積極的な探索を指示しない場合には、観察者は背景のテクスチャから図柄となるテクスチャを分擬できない。この場合、観察者はテクスチャの分擬ができないけれども、しかしこの課題を遂行中のEEG、fMRIMEGの記録には、分擬課題に対応する顕著な神経活動が生起する(Bach & Meigen, 1992, 1997, 1999; Fahle et al., 2003; Lamme et al., 1992;Casco et al., 2005; Fahrenfort et al., 2007; Scholte et al., 2006; Schubö et al., 2001)。これは、観察者が積極的な探索活動を行わない場合に観察者の意識的反応としてのテクスチャ分擬に知覚学習が反映されないけれども、それに対応する神経活動には明確な反応が生じていることを示唆する。
 そこで、Guzzon & Casco(10)は、非意図盲検パラダイム(知覚課題に観察者の注意を向けさせないで複数回の視覚経験を与える方法)で、テクスチャの分擬課題に対する観察者の弁別成績とそれに対応する神経活動をしらべた。テクスチャ分擬課題実験に使用したパターンは、29に示したように、白い垂直短線から構成された。パターンは3種類で、 (a)一様なテクスチャパターンでテクスチャ・バー(テクスチャで構成された矩形)は存在しないもの(uniform)(b)中央のテクスチャバーの方向は垂直単線の方向と調和的なもの(parallel)(c) 中央のテクスチャ・バーの方向は垂直単線の方向と調和しないもの(ortogonal)である。非意図盲検パラダイムにもとづいて被験者には3種類のテクスチャパターンのいずれかを平均192回(短期条件)あるいは382回(長期条件)受動的、非活動的に観察させ、その直後にテクスチャ・バーの方向(右/左方向)を報告させた。この間、後頭部24箇所の脳波を測定し、VEP(Visual Evoked  Potentials)DWaves(Difference-waves)を算定した。
 その結果、テクスチャ分擬課題での成績は短期・長期条件ともチャンスレベル程度であり、テクスチャ・バーの方向を識別することはできなかった。しかし、短期条件での視覚経験に対応する視覚誘発電位(VEP N150)、とくに中央のテクスチャバーの方向が垂直単線の方向と調和的な条件(parallel)の方が中央のテクスチャ・バーの方向は垂直単線の方向と調和しない条件(ortogonal)より振幅が大きいことが示された。これは、テクスチャ・バーと周囲とが不連続であることに反応しているばかりでなく、テクスチャ・バーと周囲の境界領域が調和的関係に対しても反応していることを示唆する。また、受動的観察下で意識に昇らずに生じるこの種のテクスチャの分擬は、このような視覚経験が長くなると一種の順応が起きて消失する。これらの結果から、受動的観察学習でもテクスチャ分擬が生じるが、これは意識された反応には現れないこと、しかしこれに対応する神経生理的過程では明瞭な反応が出現することが明らかにされている。

Dイメージとして形状知覚できる最小の刺激量

 Nandakumar et al.(22)は、絵画の3D形状が維持できる最小の刺激量はどの程度かを、絵画をイメージ化し、そのピクセルを減量することで劣化させて実験的に検討した。ピクセル(pixel)の減量は、256 pixelsを標準として、3段階643216pixelsとした。イメージの3D形状知覚の測定は、Koenderink et al.(1992)が開発したゲージフィギュア・パラダイム(gauge figure paradime)に依拠した。これは、円状の小さなストリングを操作して3D表現された形状の表面にぴったりと張り付けるように配置させる方法である。ここでは円形のストリングの代わりに短い小線分の角度を、3D形状面のtiltslantに一致するように操作させた。
 実験の結果、ピクセルを減量すると3D形状知覚はそれに比例して損なわれ、その限界値は32 pixelであった。また、3D形状が輪郭をもつ熟知した対象と、形状輪郭が明瞭でなく見慣れていない対象ではピクセル減量に対する形状知覚の正確度が相違した。これはトップダウンの手がかりがこの事態での3D形状知覚に影響することを示唆する。

初期ルネッサンス時代の絵画のオクルージョン問題

 Gillam(8)は、初期ルネッサンス時代の絵画、とくに14から15世紀の絵画でオクルージョン技法が奥行表現のためにどのように使われているかを分析した。その結果、対象間の3次元配列のために、(1)絵画に描かれた地面に人物を位置づける、(2)視点を高くとって重なり合う人物を描画しやすくする、(3)対象をグループ化して描画する、などの描画法が用いられていた。とくに、この時期の画家は人物の顔と頭を隠さないように配慮していた。オクルージョン技法は、この初期ルネッサンス期以来、写真、抽象画、あるいは民俗画においても継続して3次元描画法として発展している。

3.2.絵画的要因と認知的要因

増強群化理論(Incremental Grouping TheoryIGT)

 Roelfsema & Houtkamp(31)は、刺激要素がどのように体制化されるのかについての理論である増強群化理論(Incremental Grouping TheoryIGT)を提唱した。30Aには、前注意的過程による体制化が示され、2箇所の矢印の間の曲線は自然にポップアウトされる。Bには注意的過程による体制化が示され、2人の釣り人のいずれの竿に大きな魚がかかっているかは釣り糸を竿から魚まで追従しないとわからない。31には、この理論の2つの基本的な処理過程を示してある。図のAはフィードフォワードで処理される視覚野の下位領域(V1)のニューロンは、刺激の簡単な特徴(色、明るさ、曲線、直線、要素形状など)をコード化し、それらの刺激要素をまとめ刺激全体の形状が何であるか、その知覚体制化をはかる「基礎的体制化」過程である。図のBは上位領域から下位領域と側方領域への情報のフィードバックを伴う回帰的過程(recurrent processing)で、同一の刺激要素に応答するすべてのニューロンを特定して神経応答頻度を増強する。この過程は「増強による知覚体制化」と呼ばれる。この理論には、次の8つの推定(conjecture)が措定される。
「推定1:知覚体制化のための2種類の基本的過程」
知覚の体制化の過程には、刺激特徴にすばやく応答する「基礎的体制化」と、時間をかけて処理をする「増強による体制化」がある。
「推定2:知覚体制化のための刺激要素に関わるニューロンの特定化」
刺激特徴をコード化した特定のニューロン(label neurons)は、その応答を増強することで体制化を進める。
「推定3:刺激要素の可能な連結の促進」
フィードフォワードによる活性化された一組のニューロン間での可能な連結を促進する。この推定は32のように図解される。図のAの左図には網膜への刺激パターンが、右図には網膜パターンの初期視覚野での対応が表され、視覚野の灰色小円は活性化したニューロンを、白色小円は非活性化ニューロンを、黒色小円は特定化されたニューロンを、太線はニューロン間の連結を、それぞれ示す。ここでは同一の刺激群に属しフィードフォワードによって活性化したニューロンは、チェーン状に連結される。次ぎに刺激要素が連結可能なニューロンはその発射頻度を増強し、しだいに応答を反復させることで強化(ラベリング)される(図のB)。さらに、同一の刺激要素群に対する選択的注意によって刺激要素の体制化が促進される(図のC)。
「推定4:刺激要素の結合と知覚群化」
刺激要素の可能な連結は結合性(linking)と呼ばれ、シーンのどこでも生じうる。増強されたニューロンの応答は可能性のある結合を促進するためにシリアルに伝搬し、知覚群化を明瞭にしていく。
「推定5:刺激特徴およびラベリングに対応する神経ネットワーク」
視覚領には注意を向けている対象に関係するニューロン(A-ニューロン)とそれ以外のニューロン(N-ニューロン)があり、N-ニューロンは刺激要素の特徴に対応したネットワークの形成に関わるのに対して、A-ニューロンは刺激特徴のネットワークから注意によって強化されてラベル化されたネットワークを形成することを担う。
「推定6:知覚的群化の促進」
群化を促進するニューロンは、他の皮質領野にも伝搬し、対象認知と対象選択のための入力を提供する。
「推定7:注意の拡散」
注意は、徐々に注意を向けた対象からその他の対象にゲシュタルトの群化法則に基づいて拡散し、すべての要素が体制化され、ラベル化されるまで刺激要素を加えるように作用する。
「推定8:ゲシュタルト原理の実装」
良い連続、近接、類同の原理に基づいてひとつのまとまりに体制化できる刺激要素に対応したニューロンを連結することを通して、ゲシュタルトの群化法則は実現される。
 Roelfsema & Houtkamp(31)は、テクスチャの知覚的分擬をこの理論にあてはめて考察した。33は、テクスチャの知覚的分擬モデルの処理過程を示す。図のAはフィードフォワード過程が示され、ここでは図柄となる境界(エッジ)を検出するために同一の方向特性を持つニューロン間で抑制が生起する。このときテクスチャの刺激要素の方向の異なる境界では、その抑制はもっとも弱くなる(大きい円で表示)。図のB2方向に対応するニューロンの視覚領の各層における活動マップを示す。受容野の大きさが異なる4つの高次視覚野では、それぞれに4つの境界領域が検出されて出現する。図のCはフィードバック過程を示し、高次視覚領のニューロンの活動はフィードバックし、図柄となる境界領域の中心を強化するために下位領域の同一方向に同期したニューロンを活性化させる(群化の促進)。図のDV1野での時間に伴う処理過程を示し、処理のはじめは、境界が活性化されるが、時間の経過に伴なって境界で囲まれた中心に興奮が伝搬する。こうして、テクスチャの知覚的分擬が成立することを、このIGT理論は予測する。
 IGT理論は、これまでに得られた神経生理学的成果と視覚心理学的成果に立脚し、知覚的体制化が生起する過程を具体的にモデル化している。今後、このモデルの妥当性が多くの実験で試されていけば、知覚の根本的課題である図と地の分擬のしくみが解明されるであろう。

実対象の遠近性反転現象

 図-地反転や遠近性反転現象には、神経生理的飽和や知覚的順応などボトムアップのプロセス(Pearson & Brascamp 2008)と、知覚的解決など認知的レベルによるとするトップダウンのプロセス(Rock et al. 1994)が関与する。ボトムアップのプロセスを重視する研究は、知覚的反転が起きることを観察者にあらかじめ経験させた上で、反転頻度や反転時間を観測する方法を採るのに対して、トップダウンプロセスは反転に対して無経験な観察者を対象とするが、その刺激図形は多義的に視えるように人工的に作図された2次元図形が多く採用されるので、ここに研究上の問題がある。日常の光景の中で最初の知覚的反転を生起させるものは何かを探ることが重要となる。
 そこで、Oh(25)は、知覚的反転を起こす実物対象としてメガネを利用し、そのツルをレンズの内側、すなわち観察者側に配置、あるいは外側に配置して、知覚的反転が起きるかを検討した。実験は、あらかじめ2次元の反転図形を経験させて知覚的反転がどのような現象かを確認させた後で、メガネのツルが反転して視えることを教示するグループと教示しないグループに分けて、34に示した実物のメガネを観察させ、知覚的反転の生起率を両グループで比較した。
 その結果、メガネのツルの反転を教示したグループの方が、非教示グループよりも知覚的反転が有意に多く生起すること、さらにツルがレンズの内側にくるように配置した条件の方が、外側に配置した条件より有意に反転が生起した。これらのことから、最初の知覚的反転をもたらすものは、刺激布置要因と反転が起きるはずという知覚的意図の両要因であることがわかる。刺激要因では、メガネのツルが外側にある場合には、レンズは観察者に近い位置にあり、レンズの位置のための奥行手がかり(大きさ、明るさ、運動視差、眼球調節)がメガネのツルが内側にある場合より強いと考えられること、また経験的要因では、メガネをかけた他者を見る機会が多いが、その場合ツルは外向きであり、この熟知的要因が作用すると考えられることである。これらの要因は、ツルが外向きの場合の方が安定した視えを与えるので、知覚的反転を起きにくくすると考えられる。知覚的反転には低位の感覚過程と高位の認知過程の両方が関与している(Lig, et al.2008, Sterzer,et al.2009)

3.3.絵画空間の奥行測定

絵画的空間の奥行に関する新たな測定法(exocentric pointing method)

 Wagemans et al.(43)は、絵画に表現された立体や奥行を測定する新たな方法の開発を試みた。それは、絵画空間の任意の複数の点間の傾斜角度(tiltslant)をしらべる方法である。絵画空間のある点Pの位置が決まれば、このP点と他の点との奥行差を測ればよい。N個(N2個以上)の点からその他の点までのすべての組み合わせ{N(N-1)}の奥行差が測定できれば、その点からの絵画空間の奥行構造を知ることができる。その原理は、35に示したように、視空間へのファイバー束(fiber bundle、位相空間に定義される構造の一つで、局所的に 2 種類の位相空間の直積として表現できる構造)の適用である。図中BBはベース・スペース(視野に相当)、FFはファイバー(奥行領域に相当)を表す。ベース・スペース上の各点の垂直線には1本のファイバが通る。ファイバーFF上のpとqは奥行量を示すので、各ファイバー上のpをスムージングした多面体SSはバンドルの切断面で、ここでは絵画レリーフ(浮き彫り)を指す。ファイバー上の各p点は奥行手がかりによってシフトされる。この原理が絵画的空間の測定に応用された。36は、絵画空間の視えの奥行測定の実際である。絵画の中にはターゲット(左の円形)とポインター(右の矢印)が設定され、被験者はポインターの角度を操作してターゲットに対する空間的な傾斜(tiltslant)を判断する。絵画空間の測定に使用するターゲットとポインターは37に示されている。ポインター(左欄)は角柱状の軸とピラミッド状の頭部から作成された矢印をもつ多面体で、観察者の対象に対するわずかな視えの傾斜の変化にも対応するようにデザインが工夫されている。この図では床面の傾き(tilt)は水平方向(x軸)の変化として、前額平行面の左右の傾き(slamt)は垂直方向(y軸)の変化として表示されている。被験者は、キーボード操作で、tiltslantをそれぞれ別々に操作できる。ポインター表の右外枠に表示したものは右脇の数字で指示されたslantの場合のポインターを示す。たとえば、+90°のslantの場合のポインターは奥行方向をまっすぐに示し、-90°の場合のそれは観察者方向をまっすぐに示すことになる。さらに0°のslantの場合はポインターは前額平行を示す。右下端のサッカーボールパターンはターゲットのデザインである。
 実験の結果にもとづいてトータルの奥行差(最も近い所と最も遠い所との差)、slantについて一方向からの測定と逆方向からの測定値との一致度、tiltの測定値と実際の値との比較、被験者間の個人差などについて検討した結果、この方法は絵画的空間を測定するために有効であり、期待できる。

絵画空間の奥行についての2点間の奥行順位づけによる測定法

 van Doorn et al.(41)は、絵画空間の奥行についての新たな測定法である2点間奥行順位測定法を考案した。その方法は、38に示したように、まず、被験者に測定対象とする絵画を提示し全体のシーンを観察させ(図のA) 、次に測定箇所に1対のポイントを提示しそのポイント間の奥行順位(どちらのポイントが手前か後ろか)を判断させ(図のB)、最後に数字を付したポイントのみを提示し観察者により近くに視えたポイントを数字で報告させるものである。実験では、測定ポイントとして49点をシーン全体に散らばるように選択し、そのすべての組み合わせ(1/249*(49-1)})について視えの奥行順位づけを単眼視観察で実施した。
 その結果を集計し作成した絵画空間の奥行マップが、39に示されている。この奥行マップでは、観察者に近く視えた領域は白で、遠くに視えた領域は黒で階調表示してある。このような奥行マップは7名の被験者でほぼ一致し、判断された奥行の階層は38レイヤーであった。また、この奥行マップには個人差も少ないことが示された。これらのことから、2点間奥行順位づけ測定法は絵画や写真空間の奥行測定のための有効なツールと考えられる。

絵画空間の奥行についての相対的大きさ測定法

 絵画における相対的大きさは奥行感をよく表現する。近くにある対象は大きく、遠くにあるものは小さく描かれる。Wagemans et al.(44)は、この相対的大きさを一種の奥行尺度として絵画空間における奥行を測定した。その方法は、2つの円を絵画のなかに、絵画空間を損なわないように配置し、一方の円の大きさを大きく、あるいは小さく変え、その相対的大きさが、円が配置された位置間の奥行間隔に一致するように調整させるものである。
 40の左図は実際に使われた絵画で、20箇所を選択し、そのすべての組み合わせ(NN-1))について視えの奥行を測定した。その結果を集計し0から1の間で標準化しなおして表示したものが右図(測定したある被験者の1回の結果)である。これを、さらに3次元マップに表示すると41のようになった。
 Wagemans et al.(44)は、この相対的大きさで絵画空間の奥行を測定した結果を他の測定法であるexocentric pointing法と奥行順位法づけ法を用いた結果と比較検討した。42には、相対的大きさ法(左欄)とexocentric pointing法(右欄)の関係が示されている。exocentric pointing法では、矢印を対象(赤丸)の方向にまっすぐに向くように方向づけるので、上段には右側の対象が遠くに描かれていることを、下段では近くにあることを示す。同一の絵画での測定結果を比較したところ、相対的大きさ法と奥行順位付け法との間の被験者間の相関は0.850から0.979、相対的大きさ法とexocentric pointing法との間の被験者間の相関は0.871から0.991となり、3種類の方法で測定された絵画の知覚された奥行マップは良く一致することが示された。