1.両眼立体視

1.1.両眼視研究25年のレビュー

 最近25年の両眼立体視研究の進展が、Blake & Wilson(3)によってレビューされ、とくに、両眼立体視(ステレオオプシス)、両眼視野闘争、両眼の明るさコントラストの加重(binocular contrast summation)の研究テーマが取り上げられた。

1.1.1.両眼立体視のしくみ

両眼立体視視差チャンネルおよび視覚経路

 (1)垂直視差は絶対奥行距離知覚の手がかりとして有効である(Bishop & Pettigrew 1986, Longuet-Higgins 1982)。これは、V1の両眼ニューロンの受容野は垂直視差に同期することからも支持される(Porrill, et al.1999)(2)両眼視差処理過程には4種類のチャンネル(ゼロ視差、近距離視差、遠距離視差、そして近・遠距離によるゼロ視差の抑制)があるとされてきた。しかし、視差順応実験(Stevenson, et al. 1992)や閾下知覚の加重効果(Cormack, et al. 1993)などに関する精神物理的研究、あるいはコンピュータモデリングの研究(Lehky & Sejnowski 1990)から、広範囲の視差をカバーするもっと多くの種類の視差チャンネルに視差処理過程は担われ、ちょうど運動、方向、空間周波数の検出が連続したチャンネルで担われているのと類似する。(3)絶対視差と相対視差はそれぞれ異なる神経組織で担われる(Cumming & Parker, 1999)(4)視差処理は、大細胞層(magnocellular)の経路から腹側(dorsal)経路を経てMT野で行われると考えられていたが、現在は、LGNの大細胞層を切除してもステレオ視は可能なこと(Schiller, et al. 1991)、したがってステレオ視においても色覚が一定の役割をもっていること(Jordan, et al.1990)、さらにPETあるいはfMRIを用いた研究から視差処理は腹側と背側経路の両方で担われていること(Gulyás & Roland 1994, Sereno, et al.2002)が明らかにされている。(5)MRIを用いた研究によれば、腹側経路では視差量を検出し、背側経路では視差が近あるいは遠の2値のみを検出している(Preston, et al.2008)

位置視差と位相 (フェーズ)視差

(1)位置視差は水平方向の網膜位置が両眼で異なる場合で、次式で記述され、また1-Aのように表される。

X:網膜水平位置、σ:ガウスエンベロープの定数、d:視差)

また、空間周波数パターンに対しての応答では、フェーズシフトをもつガボール関数で左右の受容野が次式で記述、また1-Bのように表される。

(φ:フェーズシフト)

ここでは、偶関数の受容野(左眼)が右眼の奇関数の受容野(φ=π/2)と対になっている。

各眼の受容野からの反応は次式のように積算されて出力される(Ohzawa, et al.1990)

(ここでは、オン中心型とオフ中心型が組み合わされた両眼視の単純型セルからの閾値以上の出力が想定されている)。この式から、最強度の両眼視反応は、各受容野において位置あるいは位相の差が最適な場合となる。(2)各眼の受容野からの出力を積算する視差エネルギーモデル(disparity energy model)は、視差勾配の限界およびステレオ解像度などのステレオ視の特徴をよく説明可能である。(3)位置視差と位相視差を検出するニューロンはV1領域に存在することから、ステレオ視の計算には位置視差と位相視差の両方が関与する(DeAngelis, et al.1991, Ohzawa, et al 1990)。このとき、位置視差の精度は位相視差が誤対応を除くときにのみ最大となるのかについては論争中である。

視差の相互作用

 (1)位置視差の範囲は広いけれども位相視差は最大±πの範囲内であること、また低空間周波数は高空間周波数より大きい位置視差をサポートしていること、しかし高空間周波数は単一の空間周波数の位相視差による融合範囲よりは広い範囲で融合可能であることから、大きな位置視差は高空間周波数による位相視差の検出を助けている(『粗-密』方略による視差検出相互作用)と考えられる。空間周波数の相互作用はおよそ2オクターブの範囲で相互に生起するので、『粗-密』方略による視差検出相互作用もこの範囲内で生じる。また、『粗-密』方略による視差検出相互作用の方が、『密-粗』方略による視差検出相互作用より強力である(Menz & Freeman 2003)(2)位置視差と位相視差の検出器を仮定し、小さな視差を位相視差検出ユニットで正確に視差検出できる視差エネルギーモデルが展開された(Chen & Qian 2004)。ここでは、まず、最も低い空間周波数の視差を位相視差を用いて評価し、次にこの評価値にもとづいた位置視差でより感度の高い位相視差ユニットを用い、より精度の高い位置視差が計算され、この過程が反復され、もっとも細密な視差が求められる。(3)位置視差ユニットはは現実世界の実際の対象の視差を検出し、一方、位相視差ユニットは誤対応に応答する。位相視差ユニットは位置視差による誤対応を抑制する働きをする(Read & Cumming 2007)

オクルージョン

 (1)オクルージョン(単眼視で知覚できる刺激で対象の遠近を蔽-疲蔽関係で示す要因)は、RDS立体視においても左右ペアで対応するものが無いのに視差処理を促進し、遠近関係の精度を高めるように働く(Gillam & Borsting 1988)。これは、左右で対応する特徴をもたないオクルージョンが対象の面における不連続を示す要因となるために奥行き手がかりとして有効となるからと考えられる。両眼間で対応する特徴は対象の面を規定するが対象の境界は規定しない。(2)ダ・ヴィンチ・ステレオ視とは、左右眼で視差対応のない領域が奥行定位されて知覚されることをいう(図2)。この場合、遮蔽対象が15-30′程度の長さの場合には遮蔽された対象は観察者に最も近くに定位され、また遮蔽対象が最小の視差の場合にはパヌムの限定条件に対応するのでパヌムの位置に定位されて視える。また遮蔽対象のテクスチャが背景と類似している場合には、背景と同等の視差にあると視覚システムは解釈する。ここでは、遮蔽された対象の刺激特徴によって2種類の異なる処理過程が仮定される。(3)Nakayamaらのこの考えは、ダ・ヴィンチ・ステレオ視のニューラルモデルでも支持される(Assee & Qian 2007)。シミュレートされたV1領野では、まず、位置視差と位相視差の各エナジーユニットで粗-密方略に沿って視差処理が行われ、細密な視差が逐次的に検出される。次いで、シミュレートされたV2領野はV1領野で検出された水平方向の異なる視差値を受けるが、このとき視差の不連続(奥行の断端)があれば、それに鋭く反応する。この2段階処理モデルは、パヌムの限定条件やダ・ヴィンチ・ステレオ視を説明できる。

ステレオ視における面の構成

 (1)対象の面は平面ばかりではなく曲面からも構成されている。ステレオ視力とステレオ閾が面の構造の決定に関わること(Glennerster et al. 2002,Lppain & Craft 2000)、また視差の凹凸を均す内挿の働きが存在し、10 arc minのギャップもスムージングする(Yang & Blake 1995)(2)左右の面の傾きは眼球間の空間周波数差によって(Blakemore 1970)、上下の面の傾きは眼球間の方向差(Ninio 1985)で担われる。(3)眼球間の視差、空間周波数差、方向差にもとづく3次元曲面の構成のためのモデルがLi & Zucker(2010)によって提案されている。(4)TE領野の一部には3次元曲面に応答するニューロンが存在すること、ならびに頭頂葉後部のCIP野にも対象の面の方向と伸張した対象に強く応答するニューロンがそれぞれ存在する(Orban et al. 2006)3次元形状の構成は高次視覚領野で担われている。

運動による奥行視(motion in depth)

 (1)奥行方向への運動を生起させる要因には、各眼における対象の速度比および注視対象での視差に対するその他の対象の視差変化比がある。これまで位置視差変化が運動の奥行を生起させる主要な要因であることが確認されている(Harris et al.1998,2008)が、一方で各眼への対象の速度変化も奥行方向への運動を生起させる (Shiori et al.2000, Fernandez & Farrell 2006)(2)運動による奥行視は、fMRIを用いた研究によれば、MT領野の隣接あるいはやや前部で担われている(Likova & tyler 2007, Rokers et al.2009)。プルフリッチ現象を用いたfMRIの研究ではMT領野と頭頂間溝が運動の奥行視に関係している。(3)互いに反対方向へのドットの流れはシリンダーが回転するようなキネティック・デプス効果を生起させる。これは反対方向に互いに運動するドット間で視差固有の抑制が起きるためと説明される(Nawrot & Blake 1991)。事実、マカクを対象とし単一ニューロンを測定した研究によれば、MT野の40%のニューロンは互いに反対方向への運動(視差は同一)によって抑制される(Bladley et al. 1995)

ステレオ視の発達と臨界期

 (1)従来、両眼立体視の発達には臨界期があり、それまでに正常な両眼からの入力がなければニューロンの可塑性が失われてしまうので、両眼立体視は生涯不能となると考えられていた(Hubel & Wiesel 1965)。しかし、Sacks(2006)は、その論文で、先天的斜視をもち若年時に矯正手術を受けた女性が、大学を卒業しオプトメトリストになり、自ら両眼立体視訓練を続けたところ、50歳になったときに突然、両眼視差にもとづく両眼立体視能力を回復させたことを報告している。そのときの女性(Suzan Barry2009)本人の報告によると、「突然、眼前の白いフレークが3次元の空間に漂っているのを知覚した。これまではわずかにわたしの眼の前にある平板な面に落ちているようにしか視えなかったのに。いま、まさしく雪が降るまっただ中に自分が立っているのだった。それは降る雪によって催眠術にかけられたような感じであった」。(2)成人の視覚機能に関わる神経組織の可塑性については研究を見直す必要がある(Mitchell, et al.2009)

1.1.2. 視野闘争

視野闘争での闘争刺激は何か

 (1)視野闘争は、これまで、左右眼に別々に提示された異なるパターンのために、それを担う各眼のニューロン間で視覚的闘争が生じるためであると説明されてきた(eye-based rivalry)。これに対して、眼球間では各眼から入力されたパターンが異なっても、視野闘争が起きるばかりではなく、眼球間のパターンの違いをまとめ上げる一種の知覚体制化の作用(interocular grouping)があることが明らかにされた(Kovacs, et al.1996)図3-の上段のパターンでは、通常の視野闘争が起きるが、下段のパターンでは、相異なるパターンを全体としてひとつにまとめた知覚が生起した。視野闘争下でも潜在的に両眼間で異なるパターンをまとめ上げる作用があることになる。Logothetis, et al.(1996)も、図3-に示したように、左右眼に直交した斜方向グレーティングを反復提示する条件と、反復時に直交を維持したままその斜方向を変えた条件(eye swapping)とで視野闘争を測定した。その結果、eye swapping条件での一方のパターンに対する優位性の交代は、両眼間の2つの闘争刺激の交換頻度より遅いことが示された。これは、視野闘争が両眼間の競争によってはトリガーされていないことを意味する。(2)視野闘争にはこのような刺激に依存した視野闘争(stimulus rivalry)と各眼に依拠した視野闘争(eye-based rivalry)がある。stimulus rivalryeye-based rivalryは、左右眼への相異なるパターンの明るさコントラストや時間周期を変化させることで、その効果が入れ替わる。これら2種類の視野闘争は、多段階の高次視覚処理過程のなかで生起していると考えられる。Wilson(2003)は、ひとつの仮説として、stimulus rivalryを生起させる状態は初期視覚過程での相互抑制を視野闘争に固有な急速な時間的変化によって解除されるからと考えた。ここでは、一般的な視野闘争を担うメカニズムが解除されたときには、stimulus rivalryは既定の結果として作用すると考えられている。

視野闘争のトリガーは何か

 (1)神経過程での知覚的順応が視野闘争のトリガーとなる。一般に、現在優位となっている知覚体制は時間とともに減衰し、これがスイッチとなって抑制されていた別の知覚体制が優位に変わる(Blake et al.2003, Carter & Cavanagh 2007, Alais et al.2010)(2)知覚的順応だけでは視野闘争を説明できないので、闘争パターンの興奮あるいは抑制過程での神経ノイズの存在も仮定されている(Kalarickal & Marshall 2000, Laing & Chow 2002, van Ee 2009)。同様に、神経過程の何らかの変動が視野闘争に関わる要因として、時計のように規則正しい神経動揺(neural oscillation)の存在も指摘されている (Pettigrew 2001)(4)さらに、視野闘争には刺激パターンを知覚した際の高次神経過程での反復する意味解釈の働きの関与も推認される(Hohwy et al. 2008,van Ee et al.2003,Wilson 2009)(5)視野闘争に関与する要因には注意、知覚的記憶など認知要因も関与する(Chong & Blake 2006, Mitchell et al.2004,Meng & Tong 2004, Leopold et al.2002,Pearson & Brascamp 2008,Wilson 2007, Noest et al.2007)(5)視野闘争での知覚交替は抑制されたパターン全体が別のパターンに一挙に交替するのではなく、抑制されていたパターンの一部の抑制が解除され、その後急速にそれがパターン全体に拡大する。このときの抑制されていたパターンの解除には、明るさコントラストなど刺激の操作が知覚交替のトリガーとして、知覚交替での優位パターンの出発点、広がり、流れを変えることもできる(Paffin et al. 2008, Blake et al. 1990, Kang et al. 2009, Wilson et al.2001)

抑制を受けた刺激側に何が生起するのか

 (1)視野闘争中に抑制を受けた刺激は意識から消えるが、しかし刺激が除去されてはいないので神経過程に残存し、これが再興奮して知覚交替が起きる(Blake & He 2005, Blake et al.2006)。このような神経過程の残存は認知過程の影響も受け、たとえば抑制を受けた刺激が情緒的、性的、意味的に強い場合には抑制持続時間が短縮される(Pearson & Clifford 2005, Andrews & Blakemore 2002, Hong & Shevell 2009, Jiang et al.2007)(2)視野闘争刺激の片方の明るさコントラストを増減し、それに伴う知覚交替を測定し、その際の外側膝状体(LGN)、初期視覚野(V1)、およびV1retinotopic map領域をfMRIで測定したところ、知覚交替からの時間に伴うfMRI信号の増減は、片方の刺激コントラストの強弱と同期すること、すなわち刺激の明るさコントラストが強まれば、fMRI信号が増大し、それが弱まればfMRI信号も減少することが示された(Haynes et al.2005, Wunderlich et al., Lee & Blake 2002, Polonsky et al.2000, Tong & Engel 2001, Lee et al 2005,2007)。このような事象は視覚複合体(tier visual cortex)、とくに腹側視覚経路で生起している(Jiang & He, 2006; Moutoussis et al.2005)。また、視野闘争時の視覚誘発電位や脳波の測定でも、それらは知覚交替に一致した電位的変動が示された(Brown & Norcia 1997, de Labra & Valle-Inclán 2001, Roeber & Schröger  2004, Srinivasan & Petrovic 2006, Tononi et al. 1998)。さらに、てんかん患者の内側側頭葉のニューロンに電極を挿入して測定した貴重な結果によると、視野闘争時には活動電位は減少することが見いだされた(Kreiman et al.2002)(3)視野闘争に関する最近のモデルは多段階モデルを採用し、従来の単段階での総取り方式(winner-take-all)による競争モデルに取って代わっている。抑制された刺激の残存効果は知覚交替を考える上で重要なものとして位置づけられ、刺激の実在と知覚意識の分離を分析する有力なツールになると考えられている(Koch 2007, Kim & Blake 2005, Lin & He 2009)

視野闘争とステレオ視の関係

 (1)各眼への刺激の明るさコントラストの差が大きいと視野闘争が起き、小さくすると立体視が生じることから、視野闘争とステレオ視はそれぞれ独立した処理過程ではない(Su et al.2009)。(2)対応のない刺激領域でもオクルージョン要因によって奥行が定位される知覚交替が抑制され、一方でオクルージョンによって定位されない対応を持たない刺激領域は視野闘争が誘発される。(3)ステレオ視、刺激の遮蔽による部分的オクルージョンおよび視野闘争を一連の相互に関連する過程とし、そこでは両眼間で対応をもたない刺激による神経過程の両眼間の抑制の存在が仮定されている(Hayashi et l. 2004)

1.1.3.人間の脳における 視野マップ(retinotopic map)

視覚領における視覚野マップ(visual field map)

 視野マップとは、視覚刺激に応答する視覚領の神経細胞が持つ空間的な構造を表す。神経細胞の受容野の範囲は、それが対応する視野範囲の隣接間で相互に重複している。したがって、視野のある範囲に対応する多くの受容野によって、視覚野はモザイク様に覆われている。このような受容野による視野のモザイク対応は、V1からV3にいたる視覚領の各階層のニューロン間で、その空間位置関係を保存したまま結合されている。すなわち、視覚領の各階層にあるニューロン群は視野の空間的関係を示すように構造化され、いわば視野の地図を形成していることになる。 この地図は視野マップ(retinotpic map) と呼ばれ、視覚野、脳幹の視覚関連の神経核 (上丘など)、視床 (外側膝状体や視床枕) などでも存在していることが確認されている。 視覚領の視野マップは、80年代ではポジトロン断層法(PET positron emission tomography)を用いて同定され、90年代に入ると解剖的磁気共鳴画像法(MRI anatomical magnetic resonance imaging)が、そして現在では機能的磁気共鳴画像法(fMRI functional magnetic resonance imaging)が用いられている。これらの手法は、まず、その解像度が格段に進展したことである。ボクセル体積(3次元空間での正規格子単位の値)比で比較すると、{PET:解剖的MRIfMRI160081}となり、fMRIで測定できる容積を1とすれば、解剖的MRI 8倍、PET 1600倍となる。MRIの最大の利点は3次元フーリエ解析画像処理で3次元画像が得られること、さらに画像の時間的変化まで捉えることができることである。この時間的変化を利用したものがfMRI である。Ogawa とその研究グループは、血中酸素のレベルは神経活動を反映していること(Ogawa & Lee,1990, Ogawa et al. 1990a,,Ogawa et al.1990b)を、また視覚野と運動野の神経活動も測定できること(Kwong et al.1992,Ogawa et al.1992, Bandettini et al.1992) をそれぞれ明らかにした。血中酸素濃度と脳神経活動との関係はいまだ詳細には明らかにされていないが、それは活動電位に直接依存するのではなく、神経信号活動に必要な代謝と関係していると考えられている。
 Wandell & Winawer(45)は、過去25年間の視覚領の視野マップの研究を次のようにレビューしている。

視覚野での視覚活動(visualization)

 人間の視覚野の視覚マップを同定し、その特性を明らかにする方法がEngel et al.(1993,1994)によって確立された。その1は半径が拡大するリング刺激を連続提示(注視点はリングの中心)し、このリングの中心からの距離量に対応して変わる視覚野の応答する偏心領域を測定する方法である。その2は、V字型刺激の2つの角の間の距離を拡大して提示する方法(注視点は2つのくさびの中点)で、アングルマップ(注視点に対する方向)が測定された。この2つの方法は、phase-encoded retinotopyあるいはtraveling-wave methodと呼ばれ、人間のニューロイメージング(neuroimaging)の標準的な方法となっている。視覚野の視覚マップは、刺激変化に対応したfMRI応答を分析することで作成可能となった(Hansen et al.2004, Vanni et al. 2005)。また、大脳の灰白質と白質を区分する方法(Dougherty 2010, Fischl 2010, Goebel 2010, Smith 2010, van Essen 2010)、あるいは「溝」によって隠されている部分を平らに引き延ばす方法((Sincich et al. 2003, Carman et al. 1995, Dale et al. 1999, Fischl et al. 1999, Wandell et al. 2000)も画像処理技術で可能となっている。

視野マップの同定

 fMRI による視覚野の機能的領野は、視覚に関する障害から推定したその解剖学的な区割りとよく一致する(Andrews et al.1979, Dougherty et al.2003, Stensaas et al.1974)。しかし、V1、V2 V3の境界を識別することは、微小電極法、細胞構築法と同様に、fMRI を用いても困難である(Dougherty et al. 2003; Schira et al.2009)。それは中心窩に対応する脳部位の特定が困難であるためである。その理由は、(1)中心点提示による中心視の不安定によって中心窩に対応する脳部位を正確に測定することができないこと、(2)MRIによる測定精度(voxel sizeで表現)は中心窩の大きさより粗いこと、(3) 中心窩に対応する脳部位に隣接して硬膜静脈洞(dural sinuses)があり、測定誤差をもたらすこと、である(Winawer et al.2010)。最近、Schira et al(2009)は、これらの困難を克服し、中心窩に対応する脳部位の特定に成功している。
 V2V3は前-後頭に対して通常の垂直方向ではなく水平方向に分布する。V/V2の背側の境界は脳底部の経線上にあり、そこでの方向検出マップは背側のV2/V3境界にそって上部から下部へと分布する。さらにV2はV2dV2vに、V3V3dV3vに分けられる。方向検出マップの方向の反転はV1V2V3を分けることができる。V2V3のマップでは半視野の左右方向に不連続があると同時に上下方向にも不連続がある。このような左右方向での不連続は、人間の線条体外のマップでは存在しないので、例外的といえる。
 これまでに明らかにされた視覚領の機能マップは図4に示されている。図中、左上方は側面から見たものを、右下方は内側からみたものである。

視野マップの信頼性

 fMRI を用いたV1からV3までの視野マップは、ほぼすべての被験者で一致している。しかし、V3以降の視野マップはいまだに同定されていない。それは、V3以降の領野はV1からV3の領野より小さいこと、またV3以降では、視野の隣接部分の重なりが大きく、その部分の刺激に対する応答を特定することが困難であること、さらにV3以降では刺激に対する応答特性が特殊になり、fMRIでの測定のための効果的な刺激がみつからない、などのためである。

色、運動、形状の中枢

 色の中枢は、PET fMRI  を用いた研究によれば、後頭野の腹側でhV4 とその隣接のVOに及んでいる(Meadow 1974, Zeki 1990)。運動中枢は後頭野の側頭部のTO1TO2、および腹側のV3Aにある(Tootell et al.1997)。対象、顔、位置、身体部分そして単語に特異的に応答する中枢は、図5にあるように、後頭部の側頭葉に分布する(Weiner et al. 2010,Wandell & Winawer 2011)

注意

 注視点を中心視から周辺視へと移動させ、そのときの中枢からの反応をfMRIで測定したところ、V1からV3の広範囲で応答が生じた(Brefczynski & DeYoe 1999)。また注意を操作しfMRIでしらべると、V7が応答した。この領域は頭頂間溝(intraparietal sulcus,IPS)の後部にある。さらに、視覚短期記憶、サッカディク眼球運動、刺激の多元的提示を操作して、IPSの応答特性をしらべると、この領域はIPS-1IPS-2IPS-3に分けられることが示された(Gandhi et al., 1999; Kastner et al.1999, McMains et al.2007, Saygin & Sereno 2008, Schluppeck et al.,2005, Silver et al.,2005, Swisher et al., 2007)V7IPS-0とも考えられる(Wandell et al.2007)

皮質下の視野マップ

 皮質下、とくに外側膝状体(LGN)、上丘(superior colliculus)、視枕(pulvinar)の視覚応答特性がしらべられ、ここはとくに注意、両眼視差、空間位置判断、色に対して応答する(Cotton & Smith 2007, Haynes et al. 2005, Kastner et al. 2006; Kastner et al.2004; Schneider & Kastner 2009, Schneider et al., 2004, Smith et al.2009, Sylvester et al.2005, Sylvester & Rees 2006)。皮質下は、皮質のようには2次元のシートを重ねるように組織されていないので、測定上の困難がある。さらに、MRで得られたイメージを2次元にスライスして拡大したメッシュあるいは引き延ばしたシートに変換して可視化することが皮質下の測定では適切ではない。測定の解像度、可視化技術、MR測定技術の改良を通して、皮質化の視覚機能を明らかにすることが、今後期待される。

種間比較

 マカクの視覚中枢に関する情報から人間の視覚中枢モデルの有益な情報を得ることができ、またその逆の過程も成立する。fMRI の研究によれば、人間とマカクの視野マップは類似しているが、しかし量的な違いは存在し、人間のV1はマカクの約4倍、V3はそれ以上の違いがある(Brewer et al. 2002, Kolster et al. 2009, Tootell et al. 2003)。とくに、下側頭や線条体外の領域では、両者間の相同をみることは困難である(Orban et al.2004)。また、人間では判断や学習を伴うものに優れているので、このような課題の研究は動物では無理である。従来、マカクの脳は人間の脳のモデルとなりうると想定されていたが、マカクと人間の脳機能の違いが明らかにされ、現在では人間の脳のミニチュアとはなりえないと考えられている(Tootell et al. 2003)

fMRIに基づいたコンピュータモデリング

 最近、多次元ボクセルパターン解析法(multiple voxel pattern analysis MVPA)が開発され、刺激特性によるfMRI反応の違いおよび観察者の心的状態によるfMRI反応の違いを表示することが可能となった。この方法を用いると、個々の視野マップの中に刺激方向、色、運動方向の情報が含まれているかがわかる(Brouwer & Heeger 2009, Haynes & Rees 2005  2006, Kamitani & Tong 2005, Serences & Boynton 2007a 2007b)。一方、fMRI技術およびその解析アルゴリズムに限界があるために、MVPAはfMRI反応中の重要な情報を見つけられないといった点も考慮する必要がある。

1.1.4. 今後の課題

視野マップと白質(white matter)

 最近、拡散強調画像(diffusion-weighted imaging)がニューロン間の結合状態をしらべられるほどに発達してきた。拡散強調とは、物質が濃度の高い部分から低い部分へと流れ,均一な定常状態へと向かう現象で、水分子のランダムな運動は温度や周囲の環境に従って,その大きさや方向を大きく変化させる性質がある。拡散強調画像処理とは、水分子の拡散現象をMRIで測定し、計算して処理する方法で、ニューロンの結合状態を知ることができる。この手法を活用し、人間の視野マップ内と視野マップ間の白質の結合状態を明らかにできよう。

MRIEEGを加えた視野マップの測定

 fMRIの弱点は、神経応答がミリ秒単位で変化するのに対して秒単位でしか測定できない点である。そこで、EEGおよび硬膜下電気反応(Subdural electoric recording)による測定とfMRIとを組み合わせて視野マップを測定することである。こうすることで、神経信号の空間的関係をいっそう明確に特定できる。

量的MRIと生体内分子プロセスの可視化(molecular imaging)

 MRIのボクセルサイズは計測しようとする動きの大きさに比べ非常に大きい。また、毛細血管の血流に代表される灌流は種々の方向を向いており,ランダムな動きとなる。そのためMRIで測定される拡散(diffusion)では、濃度勾配は他の温度,圧力、イオン勾配などの要因と区別できない。そこで、同程度の水分子の動きをひとまとめにして拡散として、すなわちみかけの拡散係数(apparent diffusion coefficiennt:ADC)を拡散の指標とする。ADCを指標とすると、定量的評価が可能となる。この量的MR法は組織の特性を広範囲に2mm以下のボクセルサイズで測定できる。
 また、MRスペクトロスコピー (magnetic resonance spectroscopy, MRS) は、原子核が周囲の環境によって生起するわずかな共鳴周波数ののシフトの大きさと信号強度をしらべ、生体内の分子の種類・成分などを明らかにすることができる。これは抑制性神経伝達物質(inhibitory neurotransmitter)のような重要な分子活動を測定できる。V1内の抑制性神経伝達物質の濃縮は人間の知覚活動に関連していることがわかっている(Edden et al., 2009;Muthukumaraswamy et al., 2009)MRSは、今後、視野マップの発達、分子と視覚活動との関連などをしる有力なツールとなろう。

1.2.視野闘争

両眼視野闘争での左右眼不一致刺激の特徴検出における非相称性

図6のステレオグラムをみると、左右ステレオグラムの刺激要素の一部あるいは大部分が左右で不一致に設定してある。これを両眼立体視すると、視野闘争は生起しないが、不一致の刺激要素がちらついて見える。図6-aconflict target条件では、探索のためのターゲットに用いたガボール刺激の方向が左右眼で1箇所異なる。図6-aconflict distractors条件では、探索のためのガボール刺激の方向が1箇所を除いて左右眼で異なる。図6-bdouble target条件では、探索のためのガボール刺激が1箇所のみ水平と垂直の2方向をもち、他は垂直方向のみをもつので、すべてのターゲットが両眼融合可能である。図6-bdouble distractors条件では、探索のためのガボール刺激が1箇所(ともに垂直方向)を除いて水平と垂直の2方向をもつので、すべてのターゲットが両眼融合可能となる。図6-cconflict target条件では、探索のためのガボール刺激の方向が水平と垂直の2方向をもち、1箇所はその方向が左右眼で異なる。図6-cconflict distractors条件では、探索のためのガボール刺激が1箇所のみ水平と垂直の2方向をもち、他はすべて左右眼で方向が異なる。Paffen, et al.(26)は、これらのステレオグラムを立体視した場合、左右ステレオグラムで一致しない刺激要素の検出時間を、刺激要素数を変化させて測定し、検索方法がエフィシェント(efficient、検索がパラレル)かインエフィシャエント(inefficient、検索が時系列)、またポップアウトに刺激の非対称性があるかについてしらべた。刺激要素数は3、7,11個、刺激要素はガボールパターンとした。
 実験の結果、(1)conflict target条件およびdistractors target条件ともに、刺激要素数(distractors distractors)に伴なって探索時間はリニアに増大するが、その勾配はconflict target条件(15 ms/item)の方がdistractors target条件(82 ms/item)より有意に大きかった。両眼間で一致する刺激要素群の中から非一致の刺激要素を探索する場合の探索時間が、両眼間で非不一致の刺激要素群の中から一致する刺激要素の場合より速いことを示し、探索における非相称性があることを示す。(2)次ぎに、図6-bの実験条件(すべてのターゲットで両眼視融合が可能、ガウス刺激の方向が他の刺激群と異なるものを探索)では、double target条件、double distractors条件とも刺激要素数に伴う探索時間の勾配(3 ms/item)は一致した。これは特徴検出における非対称性が両眼視融合の有無にあることを示す。(3)さらに、図6-cに示した条件では、conflict target条件およびconflict distractors条件とも、その探索時間の勾配は2 ms/itemで一致した。(4)両眼視融合に関わるこの種の探索課題には、被験者の両眼立体視能力が関係し、とくに両眼間での不一致刺激に対して両眼融合が可能な場合には、探索がエフィシェント/インエフィシェントの決定に影響を与える。結果の(1)と(3)の違いは、被験者の両眼立体視能力差によるものかもしれない。

境界輪郭をもつ視野闘争パターンと境界輪郭が片方だけの視野闘争パターンの興奮と抑制過程

 視野闘争では、左右眼に入力された相異なるパターンが交互に知覚される前にそれらのパターンが重複して知覚されるフェーズがあること、その時間は刺激提示から150ms以内であることが、Wolfe(1983) によって明らかにされている。これは刺激を提示してから150ms程度までは2つの刺激は融合し、その後で左右眼の抑止過程が出現することを意味する。これに対して、視野闘争には刺激に基づいて対象の面を全体的に統合する両眼視の過程と両眼間の抑制過程があり、それらが共に働くために闘争が生じるとする考え方がある。局所的な両眼間の対応領域では、闘争する2つの刺激が競合し、一方が優勢となれば他方は完全に抑制され、その優勢となる刺激特性が隣接に波及し、こうしてより広い領域がある刺激特性のみで占有され、最終的には全視野が片方の刺激パターンのみの知覚が生じる。この仮説では、両眼間の局所的(local)な抑制過程とその後に生じる全体的(global)な面の統合にある一定の時間(150ms以上)が必要になることを予測する。視覚システムはパターンをグローバルに統合する場合、「輪郭の縁側から内側への方略(border to interior)」を採用している(Caputo, 1998; Grossberg & Mingolla, 1985; Motoyoshi, 1999;Paradiso & Nakayama, 1991; Watanabe & Cavanagh,1991)。したがって、左右眼の異なる2つの刺激パターンが輪郭によって囲まれているかどうかが視野闘争におけるグローバルなパターンの成立にとって重要となる。いま、図7-aあるいはbのように、方向が水平と垂直のように特徴が対比的に異なりしかもそれが輪郭線で囲まれたパターンの場合には眼球間抑止過程が始動し、左右眼のパターンのそれぞれで輪郭線の縁から内側へとパターンの部分的特徴が波及し、それらはローカルな両眼間競合過程で相互作用する(図c)。もし、左右眼からのパターンの特徴が一致すれば(方向が一致)、そこでグローバルなパターン視が成立する。しかし、左右眼からの特徴が一致しない場合には、ローカルな両眼間競合過程でどちらか一方の特徴が全体を占有するまで競合が継続される(図c)。BBC条件の場合には、グローバルなパターンが成立するまでには時間がかかる。一方、図dのように、輪郭線で囲まれたパターンが片眼のみの場合、他眼の輪郭線をもたないパターンに比較して知覚的に安定し、視野競合では他眼からのパターンと競合することなく輪郭線で囲まれたパターンが優勢となる。したがって、BBC条件に較べてMBC条件の方がグローバルなパターンが成立する時間が短いと予測される。
 Su, et al.(37)は、この予測を実験的に検証するために、安定したグローバルパターンが出現して視野闘争が起きるまでの時間を測定した。測定では、被験者には、「グローバルに知覚優位なパターン」、「部分的パターン」、「格子パターン」、「その他」の4つの選択肢を設けて、3050100150msの各提示時間でどのように視えているかを答えさせた。視野闘争パターンはBBCMBC条件の2種類であり、その輪郭円の直径は1.0度、1.3度、1.6度、1.9度の4段階とした。
 実験の結果、グローバルなパターン優位は、MBC条件では30ms以下で、またBBC条件では150ms以上要することが示された。
 そこで、「輪郭の縁側から内側への方略(border to interior」をさらに検証するために、MBC条件で視野闘争パターンの左右眼のいずれかにガボールプローブ刺激を重ねて提示し、その探索の正確さと探索時間を測定した。もし、両眼間抑止が2つの視野闘争刺激のうち輪郭をもつパターンより輪郭をもたないパターンで弱ければ、探索の確率は輪郭をもたないパターンで高いと予測できる。実験の結果、探索確率は輪郭をもたないパターンの方が小さく、また探索時間は長くなることが示された。
 以上のことから、視野闘争には、眼球間抑制過程とグローバルなパターン統合過程が関与していること、またこの2つの過程間では「輪郭の縁側から内側への方略(border to interior)」が働き、漸次的にパターンの知覚的優勢が得られることが明らかにされている。

視野闘争の生じない両眼立体視

 図8のステレオグラムは、左右のステレオペアは同一の形状をもたないので視野闘争が生じるはずである。しかし、これらを観察すると、(A)のステレオグラムでは、赤と緑の矩形の重なり領域は赤と緑が重なり透けて視える。(B)のステレオグラムでは、ひとつの立方体が出現し、それらの面の色は透明となって視える。これらの現象は、ステレオグラムの左右ペアが同一でなくても、1つの意味のある形状にまとめようとする知覚的な体制化が起きるためとZhaoping & Meng(49)は考えている。

視野闘争と恐怖刺激

 Ritchie et al.(30)は、視野闘争刺激に恐怖を感じさせるものを用いた場合の知覚優位性に与える影響をしらべた。恐怖刺激として恐怖表情をした顔刺激を、中性刺激として家を描画した刺激および普通の表情をした顔刺激を用意した。視野闘争では顔刺激(恐怖あるいは中性)と家刺激を各眼に配置した。この場合、視野の中央に配置する条件と周辺(1°と4°)に配置する条件とを設定した。知覚優位性の指標には優位に知覚されている時間を測定した。
 その結果、恐怖顔刺激および中性顔刺激はともに家刺激より優位に知覚されるが、とくに恐怖顔刺激は中性顔刺激より優位性が強いことが示された。また、視野の周辺配置条件でも恐怖顔刺激の優位性が維持された。視野闘争の知覚優位性には情動要因が影響を与えている。

1.3. 両眼視差の検出過程

ダヴィンチ・ステレオプシスで生起するイルージョナリな遮蔽物の透明と不透明の役割

 ダヴィンチ・ステレオプシスとパヌムの限定条件でのステレオ視の説明仮説として、オクルージョン/カモフラージュ説と二重融合説がある。9には、オクルージョン/カモフラージュ説と二重融合説による奥行定位の予測が示されている。片眼に提示される単体刺激は、ここでは左眼に限定、またドットは単眼で知覚される奥行位置を、OEA(Oher Eye Angle)は他眼からの知覚される奥行を、VEA(Viewing Eye Angle)hは知覚される方位角を、ωは遮蔽物の幅の半分を、灰色の小楕円はドットの予想される奥行位置(より黒い方が出現しやすい部分を表示)を、それぞれ示す。オクルージョン/カモフラージュ説では、片眼にのみ提示される刺激は融合されず、左右眼の両眼視差をもつ刺激が融合して出現する遮蔽物の後ろに知覚されると予想する。二重融合説では、片眼にのみ提示された刺激は他眼に提示された刺激とも融合し、その位置に奥行出現して視えると予測する。このような刺激配列で自然なシーンとして合理的な、すなわち生態光学的に有効(valid)な事態と無効な事態がある。図9には、オクルージョン/カモフラージュ説による予測を(A)に、二重融合説による予測を(B) に、生態光学的に無効(invalid)な事態でオクルージョン/カモフラージュ説による予測を(C) に、二重融合説による予測を(D)に、それぞれ示されている。
 ダヴィンチ・ステレオプシスでは、オクルージョン/カモフラージュ説と二重融合説ともに両眼視差をもつ遮蔽対象は不透明であることが前提となっている。そこで、Zannoli & Mamassian(48)は、この遮蔽対象を透明にした場合に単眼視対象はどこに奥行定位されるかを検討した。遮蔽対象の透明度を変化させたダヴィンチ・ステレオプシスのステレオグラムは、10に示されている。左端と中央のステレオグラムでは単眼刺激をこめかみ側に設定した生態光学的に有効な条件、中央と右端のステレオグラムでは単眼刺激を鼻側に設定した生態光学的に無効な条件をそれぞれ示す。また、上段から下段へと遮蔽対象の透明度が0、3012%と変化、最下段は輪郭遮蔽となっている。もし、遮蔽対象の透明度が単眼対象の奥行定位に影響を与えるのであれば、視覚システムは出現するシーンを理解して合理的に知覚的解決を図っていることになる。一方、単眼対象の奥行定位が遮蔽対象の透明度に影響されない場合には、二重融合のような両眼立体視処理の初期過程が主要な役割を果たしていると考えられる。実験では、単眼対象には垂直単線を、遮蔽対象には矩形をそれぞれ用い、また遮蔽対象と垂直単線の間の距離は3段階(101928 arcmin)に変化させた。単眼対象の視えの方向(VAE)と奥行(OAE)は、ステレオグラムの下部に提示した方向測定と奥行測定のための2つのプローブの操作によって求められた。
 実験の結果、単眼対象の視えの方向(VAE)と奥行(OAE)は、遮蔽対象の透明度に影響されないことを示した。また、単眼対象の視えの方向と奥行の測定値の分散をしらべると、図9での予測に示したように、生態光学的に有効な条件では、その分散は二重融合説よりオクルージョン説を支持したが、生態光学的に無効な条件では支持しなかった。そこで、二重融合説の是非をさらに検討するために、二重融合が不可能な刺激条件、すなわち単眼対象として垂直単線の代わりに円盤を使用した条件で、先と同様な実験を実施した。その結果、二重融合の可能性が排除された事態でも、単眼対象の視えの方向と奥行は二重融合の可能性のある刺激事態と類似した傾向が示された。これらのことから、ダヴィンチ・ステレオプシスは二重融合によるのではなく、刺激設定から生じる知覚シーンの幾何学によるオクルージョンから説明できることが明らかにされている。

両眼視キャプチャ(Binocular Capture)-単眼視対象における空間周波数と明るさコントラストの効果-

 適切に設定された遮蔽物(オクルーダ)が片眼の対象を遮蔽するとき、その単眼側にのみ提示した対象(単眼視対象)はその周囲にある両眼立体視対象と共存して知覚することが可能である。このとき、両眼視空間は遮蔽物側に歪められ、その単眼視対象の視方向はへリングの法則とは異なる方向になる。これを両眼視キャプチャとよぶ。へリングの法則とは、両眼に対して同一方向(共同性眼球運動)あるいは反対方向(輻輳運動)に対して同一の指令信号を左右眼に送るという法則である。すなわち、観察者が右方向を向く時には右眼の外直筋に送られるインパルスと同じ量のインパルスが左眼の内直筋に送られ、また左方向を向く場合には左眼の外直筋と右眼の内直筋に同じ量のインパルスが送られる。両眼視キャプチャの方向と量は、単眼視刺激と両眼提示する周辺刺激との相対的水平視差量と交差、非交差要因(Hariharan-Vilupuru & Bedell, 2009; Shimono et al., 2005; Shimono & Wade,2002)、両眼に提示される刺激の濃度(Shimono et al.,2005)、両眼視刺激と単眼視刺激の近接距離(Erkelens & Van Ee, 1997; Shimono et al., 2005; Van Ee et al., 1999)、2つの単眼視刺激間の垂直距離(Hariharan-Vilupuru & Bedell, 2009; Raghunandan et al., 2009)、単眼視刺激の周波数要因(Raghunandan et al.2009)によって比例的に変化する。とくに、これらのなかで、2つの単眼視刺激間の垂直距離と単眼視刺激の周波数要因によって両眼視キャプチャの方向と量が変化することは、この現象が両眼視に関係する特性のみでなく、単眼視の刺激特性が関与することを示唆する。さらに、単眼視刺激の位置の不確定さと両眼視キャプチャとの間は相互に関係すること、また位置の不確定さは2つの単眼視刺激に用いる空間周波数の差によっても変化することが明らかにされた(Raghunandan et al.2009)
 そこで、Raghunandan(29)は、両眼視キャプチャにおいて単眼視刺激の位置の不確定さの役割とその根底にある位置の符号化のメカニズムをしらべるために、単眼視刺激の空間周波数、輝度対比要因そして2つの単眼視刺激の分離距離の間の相互関係を実験的にしらべた。実験では、11にあるような単眼視刺激(左眼)と背景のみが奥行出現するステレオグラム(上下の矩形領域に分割され、上領域には10 arc minの交差あるいは非交差の水平視差を設定し、下領域の視差は常にゼロとした)が用いられた。図Aの左ステレオグラムには、左眼にのみ提示する2本の垂直線刺激が示されているが、この上下2つの線分の空間周波数が一致する条件と不一致条件(図の場合、上刺激は8cpd、下線分は1cpdに設定)が設けられている。図Bに示された左眼用ステレオグラムの上・下の垂直線刺激(ガウス型の輝度線分)には、同一のあるいは反対の明るさコントラスト条件を設定する。実験では、まず左眼にのみ左ステレオグラムを単独で提示直後、両眼にの水平視差をもつ奥行が出現するランダム・ドット・ステレオグラムを提示する。このとき時間的に前後する刺激は重なって視えるように提示時間を操作、そのために奥行のある背景に2つの縦線分知覚される。 上・下の垂直線分の空間周波数には、上・下とも1 cpd、あるいは 8 cpdの一致条件、上・下の一方が 1 cpd、他方が8 cpdの不一致条件を、また上下間の分離距離を83060120 arcmin4段階をそれぞれ設定した。さらに上・下の垂直線分の輝度コントラストには、両方とも等輝度とし、その輝度が高い条件と、両方の輝度が相違する条件(両方の輝度差0.5)をそれぞれ設定した。被験者には、上・下に提示した垂直線分のなかで下の線分を基準にしたとき、上の線分がその右あるいは左のいずれに位置して知覚されるかを判定させた。両眼視キャプチャの指標としては、両眼視ステレオグラムで提示した背景刺激の交差視差と非交差視差条件のそれぞれにおける上・下垂直2線分のvernier判断のPSEの差が用いられた。
 実験の結果、(1)上・下垂直2線分のvernier判断のPSEの差は、垂直2線分の上・下分離距離が大きくなると有意に増大すること、(2)上・下2線分の輝度コントラストが背反する条件で増大すること、(3)両眼視キャプチャ量は、各実験条件におけるvernier判断のPSEとともに変わること、(4)2本の垂直線分が共に1cpdの空間周波数で低輝度コントラスト条件は、上・下線分の分離距離とvernierPSEは両眼視キャプチャ量に対して有意な影響をもつこと、などが明らかにされた。これらの結果から、両眼視キャプチャの決定要因は、単眼視刺激の位置の不確かさにあり、とくにその単眼視刺激が位置のコード化のメカニズムの根底にあるローカルサイン(局所表象local sig)の処理過程を呼び起こすときに、単眼視刺激の位置の不確かさの要因が重要となる。したがって、単眼視刺激の位置情報が乏しい場合は、その知覚された方向はその知覚的判断の枠組みとなる周囲刺激内でどのように位置づけられるかに依存して変わると考えられる。

左右眼への左・右ステレオグラムの交替提示と両眼視融合

 左右眼へ左・右ステレオグラムを同時ではなく交替提示しても、ある頻度(frequency)以上にすると両眼視融合が起き立体視が成立する。Ludwig et al.(2007)によれば、簡単な図形から構成されたステレオグラムでは1Hz以上で、RDSでは3Hz以上で両眼立体視が可能である。これが可能なのは、片眼への刺激が一定時間刺激入力が断たれても存続し、この間に多眼からの入力刺激と作用して両眼融合が成立し立体視が出現することを意味する。
 そこで、Rychkova & Ninio(32)は、左右眼に交替入力された左・右ステレオグラムが融合し、立体視が成立するまでに必要となる交替頻度(frequency)を、単純な図形から構成されたステレオグラムからRDSまで種々なステレオグラムで測定した。用意したステレオグラムは、12 に示されている。図Aのステレオグラムでは、前額平行の垂直バー(A1)・水平バー(A2)および奥行傾斜の垂直バー(A3)・水平バー(A4)が出現、Bのステレオグラムでは、半球(B1)、中央が凹んだドーム(B2)、垂直シリンダー(B3)、水平シリンダー(B4)が出現、Cのステレオグラムでは、垂直矩形(C1)、水平矩形(C2)RDS垂直矩形(C3)RDS水平矩形(C4)が出現、Dのステレオグラムでは、奥行方向にねじれた4面体(D1,D2,D3,D4)が出現、Eのステレオグラムでは、奥行の隔たりのある2本線(E1)、奥行傾斜した十字形(E2)、奥行傾斜し隔たりをもつ2本線分(E3)、奥行傾斜と隔たりをもち交点で断絶した2本線分(E4)が出現sる。実験では両眼視融合が生起し立体視が出現するかしないか境目の交替頻度(Hz)が上昇系列と下降系列でそれぞれ求められ、平均値が算定された。
 その結果、交替頻度が遅いときには各眼の刺激が交替して知覚され、交替頻度が高くなると両眼融合が生起したが、このときの形状は左右眼のそれの中間の形状で、その形状の一部はフリッカーしたり仮現運動したりした。さらに交替頻度を高めると安定した3次元視が出現した。安定した3次元視成立のために必要な交替頻度はステレオグラムを構成する刺激の複雑度によって変化した。安定した3次元視出現のためのもっとも遅い交替頻度(2.5 Hz)は、2つの刺激間に奥行隔たりのみがある場合であった(図のA1A2 D1D2D3D4)。奥行傾斜あるいは奥行の曲面がある場合には、交替頻度は1Hz分増大した。2つの対象が奥行の隔たりをもって重なる場合には2.5 Hzの増分が、RDSでは7 Hz以上の増分が、それぞれ必要となった。さらにトレーニングによる学習効果はなく、また視差が小さいとより高い交替頻度が必要となった。これらのことから、ステレオグラムの奥行出現構成が複雑になるほどより高い交替頻度が必要となることは明らかで、両眼立体視システムはその視覚メモリーとの関連で奥行構成が複雑になるほど3次元シーンを復元するのに多くの情報と時間が必要なことが示唆される。

1.4. 両眼視差の処理過程

奥行残効(depth aftereffect)における座標軸依存モデル(coordinate-based model)と面依存モデル(surface-based model)

 外界はx、y、z軸による座標軸で記述され、対象の位置もその座標軸で規定される。一方、観察者が頭部や身体を移動させると、網膜の座標軸は移動するので外界の座標軸は不一致となる。それでは、視覚システムはどちらの座標軸に依拠しているかの研究では、視覚順応は、網膜位置に依拠してはいないことを明らかにしている。例えば、奥行残効は観察時に眼球を動かしたり、あるいは視差を反復させたりして網膜座標に対して固定位置に順応刺激を与え続けなくても成立する(Noest, et al.,2006; Ryan & Gillam,1993; Berends,2001)。また、順応刺激とテスト刺激とが網膜位置に関して一致しなくても生起する(Taya, et al.2005)。これは、奥行位置はなんらかの座標軸で規定されるが、しかし大きな空間内にある対象の場合には、物理位置とは関係なく対象は復元されると考えられる。そこで、van der Kooij, et al.(40)は、奥行残効が座標軸に依存(coordinate-based model)するか、あるいは奥行の構造的表現に依拠、言い換えれば形状面に依存(surface-based model)するかを検討した。13には、3種類のステレオグラム、およびこれらのステレオグラムから予測される2通りの奥行出現が示されている。図の左から2列目までは右眼と左眼用のステレオグラムを、3列目は座標依存モデルによる知覚出現の予想を、最右端列は形状面依存モデルによる知覚出現の予想を示す。(a)行はsparse stereogram条件で、十字形の横軸にのみ視差を設定してあるので、左右の対応があいまいである。これを両眼立体視すると、十字形という形状輪郭から内挿された奥行座標の代わりに縦棒と横棒の各面が奥行に配列され、横棒が浮き出て知覚される。(b)行はオクルージョンからの奥行復元を出現させるステレオグラム条件で、視差にもとづいて奥行が出現せず、単眼的オクルージョン刺激によって充鎮(filling-in)されて3角形の幻影(phantom)が出現する。(c)行は奥行の外挿を生じさせるステレオグラム条件で、不規則ドットが奥行出現するのみではなく、輪郭があいまいなために外挿による透明な面をもつ輪郭が出現する。これらの知覚現象はいずれも、奥行が形状面に連結して復元されることを示す。

そこで、Van der Kooij, et al.(40)は、奥行残効が位置に依存するか、形状面に依存して生起するかを実験的に確かめた。14には、使用した順応刺激、テスト刺激、および実験手順が示されている。実験では大きな受容野での順応をさけ、単一ニューロンが担う受容野の大きさに刺激を限定するために、刺激の大きさを視角8度から16度の範囲で設定した(順応刺激は縦横1.5度×1.5度の正方形)。まず、順応刺激をリファレンス面(視差ゼロ)の4cm前方に提示して60秒間順応させ、その後にテスト刺激を提示する。15に示したように、テスト刺激は順応刺激と、(1)同一の形状と位置をもつもの、(2)同一の位置と異なる形状をもつもの(3角形)、(3)同一の形状をもつが位置が異なるもの、(4)異なる形状と異なる位置をもつものの4条件とした。テスト刺激をリファレンス面(視差ゼロ)に対して奥行を2.3cmから3.8cmの範囲で0.4cmのステップ変えて提示し、観察者には順応後、テスト刺激がリファレンス面に対して前あるいは後の判断を求めた。
 実験の結果、4通りのテスト条件間で奥行残効には有意差が無かった。そこで、視覚システムは異なる奥行をもつ2つの刺激間の相対的奥行に順応したとき、形状面に依存して奥行を処理していることも考えられるので、順応刺激として奥行の相反する2通りの刺激を設定して実験した。すなわち、ひとつの順応刺激を注視点から2.5度左でリファレンス面の前方に、別の順応刺激を注視点の右2.5度でリファレンス面の後方に、それぞれ提示した。テスト刺激は順応刺激と同一のもの、および異なる形状をもつもの(3角形)で実施された。実験の結果、相対的奥行への順応に対しての奥行残効は生起しなかった。そこでさらに、形状面を弱めた刺激の順応に対してのみ、形状面に依存した奥行残効が生起することも考えられるので、順応刺激を主観的輪郭図形(4角形)で提示して実験したところ、テスト刺激が同一位置条件あるいは異なる位置条件とも、条件間に有意差は生起しなかった。
 これら3通りの実験結果は、奥行残効の出現では位置に特化して生起すると仮定する位置依存モデル、および形状に特化して生起すると仮定する形状依存モデルの両方とも支持していない。

両眼視差、線分方向および位置の情報は分離して伝達されるのか

 Westheimer(46)は、片眼に提示した誘導パターンによって刺激の視かけの位置、方向がシフトし、その結果として両眼視差が生起して両眼立体視が生じるか否かについて実験的に検討した。実験は、16に示したように誘導刺激とテスト刺激を配置して実施された。位置と方向の変位をしらべるために片眼に誘導パターンを導入した。誘導パターンとして背景にあるダイナミック・ランダム・ドット・ノイズを、テスト刺激には3本の垂直線分が設定された(上図)。誘導刺激とテスト刺激は同側単眼あるいはそれぞれ別々に左・右眼に提示、さらにステレオ条件ではて3本線分を両眼に提示しその中央線分に視差をつけた。中央の小四角形を擬似的な盲点として導入、注視点として上端に示したような丸印を提示した。非ステレオ条件での位置と方向の変位の測定は3本線分の中央線分を左右に移動しその中点を判定させることで、またステレオ条件では3本線分の中央線分が奥行に関して前か後ろかを判定させることで、それぞれ実施した。誘導図形に斜線分を用いた場合(下図)には、それを左右眼のいずれかに提示、またテスト図形は垂直単線分で左右眼のいずれかに提示、ただしステレオ条件の場合にはそれを両方に提示した。非ステレオ条件の場合には垂直単線分の傾きを、ステレオ条件の場合には奥行方向への傾きをそれぞれ測定した。
 実験の結果、非ステレオ条件では誘導刺激(ダイナミック・ランダム・ドットによる盲点)の影響を受けて誘導刺激とテスト刺激が同側単眼提示では視かけの位置シフトが生起したが、それらを各眼に別個に提示した場合では視かけの位置シフトは生起しなかった。これは両眼間で転移が生じていないことを示す。また、3本線分の中央線分に両眼間で視差を付けたステレオ条件でも奥行方向へのシフトも生起しなかった。さらに、誘導刺激が斜線分の場合も、視かけの位置シフトは、誘導刺激とテスト刺激が同側単眼提、およびそれらを各眼に別個に提示した場合の両方で視かけの位置シフトが生起した。しかし、テスト刺激を両眼に提示したステレオ条件では、奥行方向への視かけの位置シフトは生起しなかった。
 これらのことから、片眼に提示した誘導パターンによって刺激の視かけの位置、方向がシフトするが、しかしそのシフトは両眼視差を誘導させないことが示された。2次元の刺激情報と両眼視差情報は、それぞれ別の視覚径路で処理されると考えられる。

単眼視オクルージョンによるイルージョナリな遮蔽物の両眼視差をもつ対象による奥行変容

 単眼視オクルージョンは、ある特定の刺激布置において、イルージョナリ (illusionary) に輪郭や面を遮蔽する遮蔽物を出現させることが知られている(Anderson,1994;Ehrenstein & Gillam, 1998; Gillam & Grove, 2004; Gillam & Nakayama,1999; Tsirlin et al., 2010)

これは、視覚システムが遮蔽する対象と単眼視要因で提示した対象の間、あるいは遮蔽された背景とイルージョナリな遮蔽物の間の視えの奥行量を遮蔽幾何学に依拠して推論するから、と考えられた(Gillam, et al.,1999; Gillam & Grove,2004; Gillam & Nakayama,1999; Liu, et al.,1994; Malik,et al.,1999; Nakayama & Shimojo,1990; Pianta & Gillam,2003; Tsirlin et al., 2010)17は、イルージョナリな遮蔽を生起させるステレオグラム(Nakayama & Shimojo,1999)である。図中Aの左端と中央のステレオグラムを両眼視(交差視差)すると、単眼視的に遮蔽された領域と両端のバーの間に漂う遮蔽する面(破線で表示)が出現する。図Bには、各眼からバーのギャップのエッジにいたる視線によって遮蔽幾何学から考えられるイルージョナリな遮蔽物の最小の奥行が規定されることを示す(Bの中央)。また、このような最少の奥行の規定からはずれたケースがBの左端である。遮蔽物の最大奥行量は拘束されない(Bの右端)。バーの太さ(幅)が遮蔽物の最少奥行量を規定することになる。遮蔽幾何学はオクルージョンによる奥行出現を規定するが、しかしこのような要因による単眼視オクルージョンは奥行出現にとって曖昧な部分も残している。Tsurlin et al.(2010)は、単眼視オクルージョンがあることによってイルージョナリに遮蔽物が出現する事態では、遮蔽幾何学が単眼視オクルージョンによって出現する奥行量を規定することを、18-Bのようなイルージョナリな遮蔽(オクルージョン)を生起させるステレオグラム(左端と中央は交差視差、中央と右端は非交差視差、両眼立体視すると両眼視差をもつ中央領域に矩形が奥行出現する)で示した。図Aのステレオグラムには空白部分の右側領域には単眼視領域は設定されていないので、その空白部分は背景の一部として出現する。図Bのステレオグラムには右眼用イメージの空白部分の右側と外枠との間には遮蔽領域があって、この遮蔽領域の大きさが中央の矩形の両眼視差と同等に設定してあるので、これを両眼立体視すると空白領域は矩形と同等の奥行位置に出現する。図CBのステレオグラムと同様な設定であるが、空白部分の右側の大きさは中央の矩形の視差より小さく設定してあるので、空白部分は矩形と背景の中間に位置して出現する。図Dのステレオグラムはでは空白部分の右側とステレオフレームの間の領域を除去したもので、両眼立体視すると空白部分は矩形と同じ奥行位置に出現する。これらの結果は、空白部分の右側に設定した単眼視的領域の幅が大きくなるとイルージョナリな遮蔽物の奥行量が増大することを示し、イルージョナリな遮蔽物の最大と最小の奥行が単眼視的領域の幅によって拘束されることを示した。一方、図Dの条件で示されたように、空白部分の右側とステレオフレームの間の領域を除去すると、イルージョナリに遮蔽するものの奥行量は単眼視的な幅の大きさによっては規定されず、空白部分は両眼視差量に規定された中央の矩形の近くに奥行定位されて視える。これは、ランダム・ドットで描かれた矩形の場合にはイルージョナリな遮蔽物の奥行が遮蔽幾何学に従っては規定されないことを示した。
 そこで、Tsrlin et al.(38)は、イルージョナリな遮蔽物の奥行が両眼視差によって変えられるかを実験的に検討した。実験では19-Aに示した空白部分とステレオフレームの間の領域(単眼視的領域)の幅が同一で、中央の矩形の両眼視差が異なる(Bのステレオグラムの方がAのそれより大きい)ステレオグラムが作成された。実験では中央矩形の両眼視差が3段階に変えられ、被験者には各視差条件でのイルージョナリな遮蔽物の奥行量が奥行測定の指標として提示したプローブを調整させて求められた。
 その結果、中央矩形の両眼視差量の増大にともなってイルージョナリな遮蔽物の奥行もリニアに増すことが示された。そこで、このことがGillam & Nakayama(1999)の研究で用いられた事態(図17)にも当てはまるかがさらに検討された。20に示されたように、イリュージョナリな遮蔽物が出現するステレオグラム(中央と左端は交差視差、中央と右端は非交差視差)が作成され、中央の黒円の視差と縦線分の太さを変化させ、出現するイリュージョナリな遮蔽物の奥行量が測定された(CD)Gillam & Nakayama(1999)の研究によれば、縦線分の幅の大きさが増すとイルージョナリな遮蔽物の奥行も大きくなると仮定できるし、また先の結果によれば黒円の視差が増大するとイルージョナリな遮蔽物の奥行は大きくなると考えられる。
 実験の結果、イルージョナリな遮蔽物の奥行は、黒円の視差が増大すると大きくなることが示された。また、中央の黒円の交差視差がイリュージョナリな遮蔽物の最小の奥行(遮蔽幾何学によって規定される)より小さく設定した場合(E)、イリュージョナリな遮蔽物のエッジは縦線分より手前に知覚されしかもその中央が凹状に視えることがわかった。
 これらの結果から、イルージョナリな遮蔽物の奥行は2つの要因、すなわち遮蔽物に隣接する対象の両眼視差要因および単眼視オクルージョンの要因(遮蔽幾何学で規定される)の相互作用で規定されると考えられる。

両眼視差と相対的大きさ要因および対象間の分離距離(separation)との関係

 Marlow & Gillam(19)は、両眼視差が相対的大きさ手がかりによってその優位性を失うことを明らかにした。実験では、ステレオグラムで2つの対象を提示し、その分離距離を変化させると共に、相対的大きさ手がかりが両眼視差と奥行に関してコンフリクトになるように設定した。被験者には、このステレオグラムを観察させ、2つの対象間の相対的奥行距離の方向(どちらの対象が観察者の手前か後ろか)を報告させた。
 その結果、2つの対象間の分離距離が0.42°では両眼視差が優位に相対的奥行方向を規定するが、その分離距離が大きくなると徐々に相対的大きさ要因が優位となった。また、ステレオグラムの提示時間を短くして注視点の移動を妨げると、分離距離が0.5°までは両眼視差が優位であったが、それ以上になると相対的大きさ要因が優位となり、その分離が0.75から1°の範囲でもっとも強い優位効果が出現した。両眼視差は対象間の分離が小さいときに有効な奥行手がかりであることから、対象の分離距離が大きい場合には両眼視差のしくみとは異なるしくみが働くことを示唆する。

 

単眼視剥奪あるいは両眼視剥奪の効
 ネコとサルを対象とした視覚経験剥奪に関する最近の研究は、出生後初期の視覚経験が視覚発達とその中枢神経発達に果たす役割について新しい見方を示している(Mitchell et al., 2003; Mitchell et al., 2006,Sakai et al., 2006; Wensveen et al., 2006)。それらの研究では、出生直後一定期間の視覚剥奪後の視覚経験を両眼と単眼で与えるが、その一日の両眼と単眼による経験割合を変え、この操作が視覚発達の回復にどのような効果をあたえるかをしらべるものであった。その結果、一日に経験する両眼視暴露の時間が単眼視暴露より短くても、空間視の発達的回復あるいは弱視の回復、さらにはそれらを担う神経回路の発達的回復に効果があることが示された。さらに、弱視を防止するための臨界期としての両眼視暴露時間は、暴露時間で表すよりも一日の全暴露時間に対する両眼視暴露時間の割合で表す方が適切で、ネコの場合にそれは約30%であり、サルなどの動物種にも適用可能であることも示された(Mitchell et al., 2006;Mitchell & Sengpiel, 2009; Wensveen et al., 2006)
 Mitchell et al.(21)は、両眼視暴露経験が有利に働くことを説明する2つの仮説、すなわち(1)視覚的発達過程では両眼視経験が常に有用な働きをするように設計されている(両眼モデル説、Binocular model)および(2)視覚中枢にあらかじめ存在するテンプレートに適合する単眼あるいは両眼の経験が視覚発達の正常あるいは異常を規定する(テンプレート説、Template model)、のいずれが妥当かを実験的に検討した。もし、被験体が出生直後から片眼への刺激をある一定の期間遮断され、その後で毎日、単眼視経験と両眼視経験を混合して与えられた場合、テンプレート説によれば毎日の単眼視経験(片眼遮断経験が長くなる)が長い(1時間以上)と視覚障害が保持されることになる。一方両眼モデル説によれば、毎日の両眼視経験によって視覚は徐々に回復すると予想される(21-B)。また、出生直後から正常な視覚環境で飼育した場合には、両眼モデル説およびテンプレート説ともに、毎日の単眼視と両眼視経験の割合を変えても、すでに両眼視と単眼視能力が出生直後からの視覚経験で発達し始めているので、空間視力には差が生じないと予測する(図A)。実験では10個体の仔ネコを出生810日後に片眼を縫合して通常の視覚環境で46週間飼育し、その後で縫合を解除して4週間にわたって視覚経験を13.5時間に制限し、この時間内に単眼視と両眼視の混合経験を与えた。単眼視と両眼視の混合経験は単眼視経験を0.51.52.53.5時間(両眼視経験は03.02.01.00.5時間となる)とし、それぞれの視覚経験を与えられるグループを構成した。この間、空間視力の発達をジャンピング・スタンド法で測定した。
 実験の結果、空間視力は両眼視経験が長くなるにつれて向上し、それが1時間を超えるとほぼ平準化した状態に移行することが示された。この結果は両眼モデル説に合致した。さらに、実験終了後、解剖して左右の外側膝状体(LGN)を精査すると、4週間の単眼視経験剥奪後にさらに単眼視経験が2.5時間で両眼視経験がまったく与えられなかった被験体では、剥奪された側のLGNのレイヤーの神経フィラメント(neurofilament)は縮小を示し、単眼視経験が2.5時間、両眼視経験が1時間の被験体でも同様な生理的縮小がみられた。
 これらの結果から、両眼視経験を与えることが空間視力の回復に効果があるのは、片眼の視覚経験が剥奪された場合でも両眼視機能に関わる高次な神経回路が視覚回路内に埋め込まれていて、それは視覚経験剥奪に対して抵抗性があり、わずかな視覚経験が与えられると再活性するためと考えられる。

1.5.両眼視差からの立体の復元

顔の凹凸逆転知覚(hollow face)における両眼視差の大きさ変化に対する視えの奥行

 顔の凹凸逆転知覚(hollow face)とは、顔の面を反対側から観察したときに凹面であるにも関わらず鼻先が凸状に突き出て知覚される錯視をいう。この錯視では両眼視差が鼻先の奥行が凹を示していても、この視差の指示する奥行方向に反してキクロピアン上に鼻先が突き出て知覚される。両眼視差は、奥行の程度と奥行方向の情報を担う手がかりであるので、これに反する知覚が生じるのは顔の知識という認知過程が修正を加えているためと考えられている(Gregory 1980)。この場合、両眼視差処理に何が起きているのかについて3通りの仮説が提示されている。その1は、両眼視差情報拒否仮説で、2つの矛盾する奥行手がかりがある場合には、その一方が採用され他方は遺棄されるというものである(Hill & Johnston 2007)。その2は、両眼視差が担う情報のうちで奥行量の情報は利用されるが奥行方向情報は遺棄されるとする仮説である(Yellott 1981, Yellott & Kaiwi 1979)。その3は、相反する奥行手がかりの間で奥行方向と奥行量の相殺(trade off)が行われ奥行方向と奥行量が決まるとする説である。
そこで、Matthews et al (18)は、これらの仮説を検証するために、両眼視差の方向と量を独立に操作して、視えの奥行方向と奥行量を測定した。実験では、22に示したように、顔をCG作成したステレオグラムが用いられた。図中、1と2は非交差観察用、2と3は交差観察用、(a)は白黒階調描画、(b)は色彩描画したものを示す。両眼立体視すると左右2つの顔が出現するが、左顔は比較刺激、右顔は標準刺激である。被験者には比較刺激の両眼視差を操作してその奥行方向と奥行量が標準刺激と等しくさせる。標準刺激(凹、凸ともに13.73′と4.58′の両眼視差)は凹もしくは凸とし、その奥行量を正常と誇張にそれぞれ操作して提示される。
 実験の結果、標準刺激に対する知覚された奥行量を比較刺激の両眼視差を変化させることで求めると、標準刺激の両眼視差の増大に伴って視えの奥行量も大きくなることが凹、凸両事態で示された。これは、hollow face 事態での両眼視差は、視えの奥行量を規定するが、その奥行出現の方向の規定は無効となっていることを示した。このことから、hollow face 事態での両眼視差の役割は、仮説の2、すなわち両眼視差が担う情報のうちで奥行量の情報は利用され奥行方向情報は遺棄されるとする説が支持される。