両眼立体視

1 両眼立体視の成立範囲と両眼視融合のためのパヌムの融合範囲との関係

 左右眼のそれぞれに左右位置が幾分異なるひとつの対象を提示しても、両眼視融合が成立し、一重視が成立する。両眼視融合が成立する範囲には限界があり、パヌムの融合範囲(Panum fusional area)と呼ばれる。この融合範囲をはずれると二重視となり、左右の視対象が交互に優位となる視野闘争も起きる。
  ランダム・ドット・ステレオグラム(RDS)を用いての両眼立体視の場合、このパヌムの融合範囲を超えた両眼視差があっても、二重視にはならずに立体視が成立することが知られている(Duwaer 1983)。この場合、(1)融合範囲を超えたドットにも融合視が生起している、(2)観察者は二重視が起きていても気づかないでいる、(3)融合が生起していないドットには抑制が起きている、のいずれかが起きていると考えられるが、いまのところ不明である。
 Lee & Dobbins[17]は、融合範囲を超えたRDS両眼視では、上記のいずれが起きているかを次のようなRDSを考案して確かめた。そのRDSでは、片眼のステレオグラムのドットは赤色に着色し、他眼の対応するドットは青色に着色した。両眼視融合が成立すれば、融合したドットの色は赤色のドットと青色のドットとの混色である紫色となるし、融合しなければもともとの色である赤色と青色にドットの色はとどまる。このRDSを立体視すると、半円が奥行方向に分離して出現して視える。
  RDS刺激のパヌムの融合範囲およびRDS両眼立体視成立時の成立可能範囲をこのステレオグラムを用いて測定した結果、RDS刺激のパヌムの融合範囲は通常刺激のそれと同等(616分)であることが示された。しかし、両眼立体視の成立時に左右で対応するドット色が混色となる条件でのRDS両眼立体視の成立範囲は、パヌムの融合範囲より相当程度広い(平均2.5度)ことが示された。
  この結果は、RDS両眼立体視が初見時に成立するためには、左右の刺激対がパヌムの融合範囲内にあることが必要となるが、立体視が成立し、形状をもった奥行面が出現すれば、左右対の視差がパヌムの融合範囲を超えても両眼融合は維持され、立体視も持続すると考えられる。

2 ダ・ヴィンチ ステレオプシス

 左右眼の正中線の前方に遮蔽物(オクルージョン)がある場合には、その遮蔽物が対象を隠すので左右の網膜像間で対応を持たない部分が生じるが、対応を欠く部分は補われて立体視が生起する。これは、ダ・ヴィンチ ステレオスシスと呼ばれる。1に示されているように、左右眼の正中線上にある遮蔽物のために、左眼のこめかみ側の一部は、左眼のみに投影され、右眼のこめかみ側の一部は右眼にのみ投影される。したがって、例えば右眼のこめかみ側の一部にある対象(小さな矩形で表示)は右眼にしか投影されないので、原理的には、その奥行定位はどこにでも可能である。
 そこで、このように遮蔽物が存在するために左右で対応を持たない対象を規定する要因として絵画的要因が考えられる。2-Aに示されたように、Makino & Yano[18]はあらたにステレオグラムを考案してこのことをしらべた。考案したステレオグラムでは、両端の垂直線分は左右で対応しているが、中央の垂直線分は対応を持たない。ステレオグラムの両端にある垂直線分のそれぞれの位置は、図2-Bに示されたように、中央に配置された垂直線分の左眼への投影を遮蔽するよう配されている。この場合、中央の垂直線分が奥行定位されるためには、「遮蔽を補完する主観的エッジ (subjective occluding edge)」(図中、黒色矩形で表示)の存在を仮定し、対応をとる必要がある。しかし、どの位置で主観的に対応をとるかは一義的には決まらない。そこで、ステレオグラムの左右の垂直線分の長さ、および明るさを変えることで絵画的要因を操作した。観察の結果、中央の垂直線分は安定して奥行定位されしかも垂直線分の近傍左側に陰が現れて知覚されることが報告された(2-C)。この陰は、ステレオグラムを180度回転した場合には、垂直線分の右近傍に現れた。これは、「主観的遮蔽物」が常にこめかみ側ではなく鼻側にあることを示した。また、中央の垂直線分の視えの奥行定位は、両端の垂直線分の長さで変わり、さらに、左右の垂直線が長いと観察者の手前に、短いと遠くに奥行定位されて視えた。同様な結果は、左右の垂直線の明るさを変化した場合にも生起し、明るいほど観察者の手前に知覚された。
 これらの結果はから、「遮蔽を補完する主観的エッジ」の存在を仮定できること、さらに対応を持たない対象の対応を「遮蔽を補完する主観的エッジ」との間で成立させる場合、絵画的要因がどの位置で対応をとるかに影響を与えることが明らかにされた。 

3 垂直視差と非垂直視差に同期した信号をプールしておくしくみ

 垂直方向に同期するニューロンの多くは水平視差の検出を担っていて、両眼立体視を可能にさせる。一方、非垂直方向の刺激で提示された視差にも反応する多くのニューロンも存在することが確認されている(Chino et al.1997, Smith et al.1997, Prince et al.2002)。この非垂直方向に同期するニューロンが両眼立体視過程でどのような役割を担っているかは不明である。
 Patel et al.[20]は、方向に同期した視差検出ニューロンの両眼立体視の処理過程での役割を精神物理的方法でしらべた。ステレオグラムにはランダムドットを用い、両眼立体視すると中央に小矩形が出現する。このステレオグラムを構成する刺激要素に非垂直方向の偏向をかけるために方向偏向フィルターを用いた。方向偏向は左右のステレオグラムに別々にかけた。実験条件は方向平行条件と方向直角条件とし、平行条件では左右のステレオグラムとも0°、45°もしくは135°の偏向を、直角条件のそれは45°対 135°もしくは90°対 180°とした。またステレオグラムには乱視状のボケを導入した(1ディオプター、1.5ディオプターの2段階)。実験では、これらのステレオグラムを両眼立体視させ、矩形が視えるための閾値が測定された。垂直方向に同期する視差検出を仮定すれば、方向平行条件と方向直角条件では閾値に差が無いと予測されるが、非垂直方向に同期する視差検出を仮定すれば、両条件の結果は異なることになる。
 両眼立体視の閾値を測定した結果、方向平行条件に比較して方向直角条件での閾値は高くなること、また方向直角条件のうち、45°対 135°条件と90°対 180°条件では差が生じなかいことが、それぞれ示された。
 この結果から、水平視差の検出には、非垂直方向の刺激に同期するニューロンが関与し、そこで検出した信号をプールし、空間的に散布する水平視差の視差量の計算に当てていると考えられる。


4 ランダム・ドット・ステレオグラム(スタティックとダイナミック)における非対応条件導入による視差対応検出の妨害

 ランダム・ドット・ステレオグラム(RDS)を構成するドットは、その輝度値、形状と大きさが左右ステレオグラムで同一であるため、左右のステレオグラムで対応を求めることが容易である。RDSの左右に識別可能なドットの固まりを設定すると、このようなドットの固まりが視差検出には不必要でも、左右の対応を求めることが容易となるし、逆にそのドットの固まりに左右で対応しない多数のドットに置き換えても、視差対応が検出可能である(Julesz 1964)。この研究を受けて、左右で対応を持つドットと対応を持たないドットとが連続的に変化するダイナミックRDSでの視差対応が可能かが、試された。このダイナミックRDSでは、左右の対応がどのように処理されるか、その過程を直接にしらべることが可能となる。ダイナミックRDSでは、スタティックRDSのように視差を付けて奥行出現させる必要がなく、奥行のない一定の形状面のみを出現させるだけで左右の対応をしらべることが可能である。ダイナミックRDSを用いた研究では、左右ドットの対応づけに関係する要因は、ドットの提示時間(Tyler & Julesz 1978)、コントラスト(Cormack et al.1991)、ドットの密度(Cormack et al. 1997)、そして凝視点から出現させる面までの距離(Stevenson et al.1992)であった。
  そこで、Palmisano et al.[19]は、左右の対応づけがドットの密度(23,89,178,676 dots/deg)、左右ドット間の非対応度(090%の間で10%ステップで変化)、空間周波数(0.22,0.44,0.88 cpd)をそれぞれ変化させた場合にどのように変わるかをしらべた。実験で使用したスタティックとダイナミックステレオグラムを両眼立体視すると、トタン屋根状の凹凸波形が出現するので、観察者はそれが視えたか、あるいは平面しか視えないかを判断する。実験結果から信号理論にもとづいて、ヒット率(hit)とフォールス率(false)から検出率(detectability)が算定された。
 その結果、立体の検出は、(1)ドットの密度が23676 dots/deg2 の範囲、(2)空間周波数が0.880.22cpdの範囲、(3) スタティク条件では、空間周波数の増幅を0.5 arcminまで増大、(4)ドットの持続時間がスタティク条件で1.6secまで、ダイナミック条件で80msまで減少、でそれぞれ可能なことが示された。立体の検出が最高に高まる条件は、ドットの持続時間が80ms、ドット密度が23 dots/deg2 、空間周波数が0.88 cpdの条件の場合であった。立体の検出の可否は、これらの要因の相互作用で決められていると考えられる。すなわち、左右のステレオグラムの対応するドットあるいは対応しないドットから仮の対応が求められるが、これはドット密度減少の影響を受け妨害されることがある。次いで、これらの対応は視差とは不一致を示すノイズの影響を受け妨害される。このように、立体の検出が困難になっても、ドットの密度が高まることで視差対応のためのサンプルが増大し、結果として利用できる視差が追加される。
  これらの結果と考察から、両眼立体視における立体の検出は、視差検出を可能にする要因と視差検出を困難にするノイズ要因とのトレードオフで決定されていると考えられる。
  このことから、ダイナミック・ステレオグラム条件での立体検出がスタティックのそれよりも困難なのは、連続して提示されるステレオグラムの観察時での視差検出妨害が蓄積され、結果として「視差検出」/「視差検出妨害」比を大きくするためと説明される。

5 ステレオグラムの左右パターンの外枠の位置による視差と枠内の刺激による視差

 ランダム・ドットにフィルターをかけたステレオグラムの立体視では、奥行弁別力が悪くなることが知られている。とくに、高空間周波数パターンで両眼視差が小さい場合に奥行弁別力は限定され、この範囲以外は悪くなる(Smallman & Macleod 1997)。一方、DOG関数で構成されたパターンから作成されたステレオグラムの立体視では、低空間周波数および大きい視差でも奥行弁別が可能となることも報告された(Siderov & Harwerth 1993)。これらの研究で使用されたステレオグラムでは、両眼視差は左右ステレオ対のなかで明るさコントラストを固定したまま、パターンをシフトして付けられていた。
 そこで、Buckthought & Stelman[28]は、3-1に示されたように、ステレオグラムの枠組を固定したまま、左右の枠内で視差をつける従来の方法(A枠組み固定条件)と、左右対の枠の位置をシフトさせて視差を付ける方法(B(枠組みシフト条件)とで、奥行弁別に差が生じるかをしらべた。ステレオグラムを構成するパターンとして4種類(図3-2)が用いられた。実験では、上下の横長の帯刺激の奥行差の弁別閾が求められた。
 実験の結果、枠組み固定条件ではステレオグラムの奥行弁別は小さい視差に限定されまた、それは空間周波数で変化した。一方、枠組みシフト条件では奥行弁別は大きな視差でも可能となり、同時に高・低空間周波数でも閾値に差が生じなかった。また、枠組み固定条件では、枠組みの輪郭が明瞭に視える条件(図3-1A)のステレオグラムの方が枠組みの輪郭がぼやけている条件(図3-1B)より奥行弁別は高かった。
  視差検出の初期過程で実行されていることについては、次のような2つの仮説が提示されている。第1の仮説(phase shift model)では、視差検出の初期の過程で複雑細胞の受容野は、両眼の同一位置をカバーしているが同時に各眼にみられるフェーズの差を検出すると考えるものである。この場合、検出できる視差は空間周波数の半サイクル分に限定され、これを越える視差については検出不能となる。一方、第2の仮説(position shift model)では、視差の検出の限界が空間周波数にのみ依存するので、検出できる視差限界は空間周波数の半サイクル分を越えることができると考えるものである。
  実験結果から、視差検出の初期過程ではステレオグラムの左右対の位置による視差と左右のステレオグラムの枠内フェーズによる視差の両方が用いられていることが示唆されている。

6  曖昧な対応を持つステレオグラムの対応

 4-Aのステレオグラムを両眼立体視すると、図4-Cあるいは図4-Dのような立体が出現して視える。このステレオグラムの対応問題を考えると、対応が明瞭なのは図4-Bに示された左右の線分のみである。視覚システムは、この視差対応から全体の3次元の形状を補完して復元しなければならない。可能な復元形状は、4C,D,Eのいずれかである。図4-Fには、これらの3種類の可能復元立体をX軸にエピポーラ線を、Y軸に立体量をとって表してある。このステレオグラムに対して7人の観察者のうち、1人は図4-E(サドル型)、5人は図4-C(凸型)あるいはD(凹型)のいずれか、そして1人が図4-C,Dの両方が視えると報告した。
 この結果を説明可能な理論モデルには1次元モデル、視差勾配最少化モデル、凸型モデル、非凸型モデルがあるが、いずれも観察結果を説明できない。そこで、ガウス型湾曲面最少化モデルがIshikawa  & Geiger[12]によって新たに提案されている。


7 ファントムおよび単眼ギャップ・ステレオグラムの視えの立体量と観察距離との関係

 5にファントム・ステレオグラム(a)と単眼ギャップ・ステレオグラム(b)が示されている。ファントム・ステレオグラムを両眼立体視すると主観的輪郭による矩形が出現するし、単眼ギャップ・ステレオグラムでは小さな2つの矩形間に奥行が出現する。どちらのステレオグラムにも対応する視差は存在しない。にもかかわらず、立体が出現するのは、観察者の面前にある対象によって、視差対応をもつ線分の一部が遮蔽されていると視覚システムが解釈するためと、説明される(Gillam & Nakayama 1999)。同様に、単眼ギャップ・ステレオグラムで立体が出現するのは、両方のステレオグラムには、本来、対応するギャップがあるが、左鼻側にある対象によって遮蔽されたために、一方のステレオグラムのギャップが欠けていると視覚システムが解釈するからと説明される(Gillam,et al. 1999)
 Kuroki & Nakamizo[15]は、この種のステレオグラムの立体視がキクロピアンによる遮蔽によって引き起こされているならば、観察距離を変えることでキクロピアン遮蔽が変えられるので、出現する立体量に影響が出るのではないかと考えた。そこで、両眼立体視時の輻輳角(3.56,2.99,2.40,1.83,1.25°)を変えることで観察距離を操作(この場合、実際は左右のステレオグラム間の距離を変えても網膜上での両眼視差は常に同一に保つ)、あるいは実際にステレオグラムまでの観察距離(93.8 cm,154.6 cm,215.4v,276.2 cm,337cm)を操作した(この場合、観察距離に伴い視差も変化)。
 視えの立体量は、ファントム・ステレオグラム、単眼ギャップ・ステレオグラムそして対照条件で使用したランダム・ドット・ステレオグラムともに、観察距離が長くなると増大すること、しかしその立体量の増大をもたらす観察距離の範囲は単眼ギャップ・ステレオグラムでは狭いことが示された。このことから、視覚システムは、両眼視差と同様に、左右で対応を持たないものから視えの立体量を計量していること、言い換えれば、ファントム・ステレオグラムと単眼ギャップ・ステレオグラムの立体視は通常のステレオグラムの立体視と同一のメカニズムによっていることが明らかにされた。さらに、単眼ギャップ・ステレオグラムでは観察距離が遠くになると、その対応を持たないものから視えの立体量を計量することは難しくなることから、ファントム・ステレオグラムと単眼ギャップ・ステレオグラムの検出のしくみは異なることが示唆される。単眼ギャップ・ステレオグラムでの立体視は、2つの矩形が奥行をもって並列していて、片眼がその間のギャップを見通せるのに対して他眼は遮蔽されて見えないという生態光学学的状況でのみ生起する(Gillam,et al. 1999)。もし、2つの矩形間に奥行差がなければ、両眼からギャップは等しく見通せることになる。2つの矩形間の視えの奥行差は、したがって、ギャップの広さに依存して変わる。視覚システムは、生態光学的状況にマッチするような知覚的解決を選択し、ギャップを両眼視差であるかのように計量している、と言うわけである。もし、ギャップの色やテクスチャが、その背景のそれらと異なる場合には2つの矩形間には奥行は生起しない(Grove.et al.2002)。これは、生態光学に背反するからであると考えられた。
 Groove, et al.[8]は、今回、6にあるように、2つの矩形の背後に両眼視差をもつ明るさの違う細長い背面を追加した。図中、(A)は単眼ギャップ・ステレオグラム、(B)は背面を2つの矩形の背後に出現するように視差を配したステレオグラム、(C)はそれを前面に出現するように視差を配したステレオグラムである。図の右側には、それぞれのステレオグラムを立体視した場合の想定される視えの奥行状況を示す。
 観察の結果、図6A)と(C)に較べて(B)では2つの矩形間に充分な奥行差が出現しなかった。これは、(B)では、背面が最後面に出現するように視差が付けられているために、ギャップの白色と背面色とが一致せず、生態光学的に背反する刺激配置となっているためと考えられる。

8 形状要素が両眼立体視での奥行弁別力を妨害するか

 視覚システムは、一般に、網膜への刺激要素を統合して知覚を成立させるが、この場合に刺激要素あるいは刺激形状に曖昧な部分を含んでいると、最終的な処理段階では生態光学的配列に背反しないように知覚を成立させると考えられる(Nakayama & Simojo 1992)
 そこで、Hou et al.[10]は、両眼立体視での奥行弁別力が刺激形状で妨害されるかについてしらべた。7には、両眼視差をもちいて水平帯刺激、垂直上線分、垂直下線分が奥行差をもって出現させられている。左図は、水平帯線分が一番手前にしかも水平上線分と下線分を遮蔽するように提示することを、右図は、水平帯線分が一番後ろにしかも水平上線分と下線分を遮蔽しないように提示することをそれぞれ示している。
 このような刺激事態での両眼立体視の奥行弁別力をしらべるために、実験では垂直上線分と垂直下線分の視差を操作し、上・下線のいずれが前あるいは後ろに出現しているかの判断を被験者に求めた。予測としては、垂直上・下線分が水平帯線分で遮蔽されている場合(左図)、その刺激構造から垂直上・下線分は1本の線分に連続させる知覚的な力が働くために、奥行弁別力は妨害されると考えられる。 実験の結果、予測通りに、垂直上・下線分が形状状態から上下に連続して知覚した方が簡潔な場合には、その要因が両眼立体視での奥行弁別力を妨害することが示された。


9 新しい両眼提示刺激による立体視(sequential monocular decamouflage)

 Brooks & Gillam[2]は、8のような両眼への新たな刺激による立体視をみつけた。図8に示された5コマの小図(AE)には、左右眼への提示刺激およびその刺激条件が意味する奥行配置がそれぞれ示されている。左右眼には、左側から右側にむけて移動する垂直線分が提示されるが、その際に仮想的に配置された矩形の背後を通る時には、その中心部分は遮蔽され両端のみが提示される。つまり、観察者には正中面上に矩形が配置され、その背後を1本の垂直線分が移動するのを観察するといった状況にある。したがって、移動する垂直線分は矩形によって遮蔽されるが、その遮蔽開始の位置、遮蔽終了の位置は左右眼で異なる。左右眼に提示される刺激を連続的に観察すると、輪郭を持たず背景に溶け込んでいる矩形が垂直線の移動に伴って浮かび上がってくる。この際に、左右眼に提示される垂直線分の遮蔽開始と終了位置の差が、擬似的に矩形の視差を生み出すと考えられる。
 観察の結果、擬似的な視差変化(6,8,12 min)に伴い、矩形の視かけの奥行量は、直線的に増大することが示された。ここには、通常の両眼視差は存在しない。左右眼への連続的提示による垂直線分の「非遮蔽−遮蔽−遮蔽解除」の条件差(sequential monocular decamouflage)がステレオグラムによる立体視と同等の立体視を生起させると考えられる。

10  両眼立体視識別のための最少視差量(立体視の閾値)と観察距離

 両眼立体視識別のための最少視差量と観察距離との関係は、9に示したように、3通りの仮説が考えられる。その1は、もし両眼視差が閾値を決定する唯一の要因ならば、両眼立体視の閾値(立体を識別できる最少視差量)は観察距離の増減と関係なく一定となる(図中、水平に描かれた点線で表示)とする仮説である。その2は、立体を識別するためには固定した最少の視差量が必要となると仮定するものである。
この視差量は観察距離が小さいところでは大きく、観察距離が大きければ小さくなり、観察距離の二乗に比例して変化する(図中、点曲線で表示)。その3は、視差要因のみに依存して決まり、ゆえに観察距離に伴って変化しない最少の視差量と、立体視を識別するための最少の視差量(たとえばレリーフに現れるような凹凸を識別するための閾値)の加算で立体視の閾値が決定されると仮定するものである(図中、実線で表示)。この場合、観察距離が近い位置では大きな視差が必要となる。というのも、その視差量を決定する要因は、基本的には観察距離に伴って変化するからである。

 これらの仮説を検証するために、Bradshaw & Gkennerster[1]の実験ではサイン波形状に凹凸が出現するパターンを両眼立体視させ、観察距離(28cm57cm114cm)、空間周波数(0.20.40.8cpd)を変化させて凹凸が識別可能な最少の視差量(閾値)を測定した。観察に使用した刺激の大きさは観察距離に伴って比例させ、視角的大きさ(angular size)が一定となるように操作した。なお、実験に際し眼球調節要因と両眼輻輳要因が観察距離に伴って変化するのを除去するために人工瞳孔が使用された。
 実験の結果、両眼立体視の閾値は、観察距離28cmでもっとも高くなり、ついで114cm57cmでもっとも低くなることが示された。空間周波数と閾値との関係では0.4cpdのときに、閾値はもっとも低くなった。
 この結果は、仮説の3を支持する。つまり、近観察距離での閾値の上昇は、奥行を知覚できるための最少奥行量と立体視が可能な最少視差量の両方の要因の加算的総和によって生起したと考えられる。

11 両眼立体視の視差検出における方向特異性

  両眼視差は、網膜上に投影されたひとつの対象と別の対象との間に生起する水平方向の相対的なズレ(相対視差)をいい、相対的な奥行距離の手がかりとなる。ひとつの対象を注視する場合、視差は生起しないし、輻輳角によって変化するので奥行の手がかりとはならないが、これを絶対視差と呼ぶ。相対視差は、対象同士が類似しているとか、同一であるとかからは無関係であり、対象間の相対的奥行がどの位かのみを指示する。したがって、視覚システムはできる限り、対象に関する視差以外の要因を無視して視差を検出するように働くと考えられる。
  はたして、これが正しいかが、Farell[7]によって検討された。10に示されたように、空間周波数パターンで構成されたステレオグラムの方向性のみを操作し、相対視差と絶対視差は変わらないように維持された条件で、両眼立体視のできる最小の視差(閾値)の特定が試みられた。ステレオグラムは周辺領域と中心領域とで構成され、周辺領域の視差を絶対視差とし、中心領域に相対視差を導入した。そして、周辺領域と中心領域の空間周波数パターンの方向を独立に5°の幅で操作した。両眼立体視の閾値は、4人の被験者に中心領域が周辺領域の前か後かの判断を求めて測定された。
  その結果、両眼立体視の閾値は周辺領域と中心領域の空間周波数パターンが平行な時に小さく、両者間の方向の角度差が10°弱異なると、閾値は低下することが示された。この結果は、相対視差と絶対視差は変わらないのに、視差を構成するパターンの方向が異なると奥行が検出できなくなることを示す。視覚システムの視差検出とパターンの方向の検出とは密接に関係していると考えられる。

12 第2次手がかり(second order cue)による両眼立体視の神経生理的基礎

第1次手がかり(first order cue)は、輝度差や色度差によって対象の輪郭が伝えられることを指す。第2次手がかりは、パターンの明るさ比(コントラスト)の変化によって対象の輪郭が伝えられることをいい、例えばサイン波形状の低空間周波数のコントラストをもつ高空間周波数パターン(contrast envelop)がこれにあたる。
  第2次手がかりであるcontrast envelopで視差を構成したステレオグラムでも両眼立体視が可能であることが確かめられている(McKee et al.2004, Langley et al. 1999, Edwards et al.199,2000)
  Tanaka & Ohzawa[21]は、第1次手がかりを検出する処理過程と第2次手がかりを検出する処理過程がそれぞれ独立に存在すると考えた。11(上図)に示されたように、第1手がかりは、興奮と抑制領域が平行に細長く楕円状に配置された受容野で検出される(下図の左側)。第2手がかりは、フィルター−整流−フィルター回路で処理される(下図の右側)。そこでは、第1フィルターで空間周波数パターンが検出され、次いで第2フィルターで第1フィルターからの出力を加算し、結果として第2次手がかりで構成されたパターンを検出する。
  この仮説を検証するために、ネコの18野の単一ニューロンの活動電位を両眼立体視条件で測定した。ステレオ刺激は空間周波数パターンで、輝度情報のある第1次手がかりで構成されたもの、および輝度情報のない第2次手がかりで構成されたものの2種類である。これらの刺激は各眼に別々に提示された。測定では、まず輝度をもつ空間周波数パターンを単眼提示し、反応するニューロンを特定し、その後、輝度情報のないパターンを単眼提示し、同様にニューロンが反応するかを確かめられた。次いで、輝度情報のあるパターン、輝度情報のないパターン、片眼に輝度情報のあるパターン、他眼に輝度情報のないパターンの混合パターン条件でニューロンの活動電位が測定された。
  測定の結果、ネコの18野のニューロンは輝度情報のあるパターン、輝度情報のないパターン、そして混合パターンの3条件すべてで、視差特異性反応をし、その反応曲線は類似していた。
  これらの結果は、11(下図)に示されたような手がかり検出モデルを支持する。

13 視差対応問題とV1の受容野

 受容野は、外界のシーンに対する一種の開け口と考えられる。両眼立体視の対応問題を考える時、V1の情報処理で得られる情報のみでは片眼の刺激が他眼の刺激のどの部分と対応しているかを決定するには不十分である。13は、左右眼からの刺激が細胞1の受容野での処理を得てから細胞2の受容野に到達する過程を示している。いま、2本の奥行を異にする線分が左右眼のそれぞれに入力される時、細胞1の受容野ではそれぞれの線分の一部分しか入らないので、視差が一義的に決まらない(図中、3本の矢の線分は可能な視差対応を示し、一義的に視差が決まらないこと示す。ステレオ・アパチャ問題)。一方、細胞2の受容野は、各眼からの線分の端部分を受容野に含むので視差が一義的に決定できる。
 Howe & Livingstone[11]は、アカゲザル2頭のV1領域の単一細胞の反応を微小電極法で測定した。刺激は2本の細長い赤あるいは青の棒刺激とし、被験体には青赤の色フィルターを装着させて、各眼に分離して提示した。実験では、この棒状刺激をそれぞれ別々に視線にそって奥行移動させながらスパイク反応を記録した。
 その結果、14に示されたように、棒状刺激の端部分が受容野のなかに入っている時にのみ強いスパイクが出現し、棒状刺激が受容野の外にまで出ている場合、あるいは一方の端部分のみが受容野のなかにある場合には、スパイク反応が小さかった。この結果から、視差対応の第1段階では各眼からの刺激の端部分が受容内に揃った時に対応付けがなされ、第2段階では片眼の端部分と他眼の他の部分との視差対応が行われる。この第2段階はV1領域ではなく、これ以降の視覚領で行われると考えられる。

14 両眼立体視とMT

 両眼立体視に反応するニューロンはV1領域ばかりでなく、高次視覚野(extrastriate visual area)でも見いだされている(Uka,et al.2000, Hinkle & Connor 2001, Thomas,et al.2002, Tsao,et al.2003)。両眼立体視に関係するニューロンは、どうして多くの領域に散在しているのか。その答えとしては、両眼立体視に関係するニューロンは特化していて、あるものは奥行位置を、他のものは3次元形状を、シーンの構成を、そして眼球運動の統御をそれぞれ受け持つからというものである。これを明らかにするためには、各視覚領域の機能を確定する必要がある。とくに、MT野は粗い視差(coarse disparity) の検出に重要な役割をしているとされる(DeAngelis, et al. 1998, Uka & DeAngelis, 2003,2004)
 Uka & DeAngelis[25
]
は、そこで、MT野が細かい視差(fine disparity)の検出にも関係しているかを微小電極法でしらべた。被験体はアカゲザル(2頭)で、MT野に電極を埋め込むと共に、眼球運動計測のために眼球にサーチコイルを埋め込んだ。刺激は、粗い視差をもつランダム・ドットステレオグラム(左右のステレオペアで視差対応をもつドットと持たないドットで構成。視差は背景となるドットの視差はゼロに設定されているので、ターゲットの視差は絶対的視差となる)と、細かい視差を持つランダム・ドット・ステレオグラム(すべて対応を持つドットで構成され、中心に位置したパッチがこれを取り巻く周囲から浮き出たり凹んだりして視える。視差は周辺と中心部分との間で相対的に設定される)とした。被験体は、近くに視える刺激もしくは遠くに視える刺激の方へ眼球をシフトするように弁別訓練を施された。実験では、ランダム・ドットステレオグラムの両眼立体視での奥行弁別テストの最中、微小電極を通して微弱な電流を、立体視に関係すると特定された単一ニューロンあるいは小集団のニューロンに流し、奥行弁別が妨害されるかがしらべられた。

 実験の結果、「細かな視差」条件では、これに関係すると特定された多くのニューロンに妨害電流を与えても、弁別能力は阻害されなかったのに対して、「粗い視差」条件では立体視が阻害されることが示された。また、「細かな視差」条件と刺激パターンが類似し、しかも粗い視差を設定した条件では、多くのニューロンが活性化されることも示された。
 このことから、MT野は細かな視差、つまり相対的な視差の検出を担わず、粗い視差の検出のみを担うと考えられる。