1.両眼立体視

1.1.視野闘争
視野闘争研究50年のレビュー

 Brascamp & Klink (3)は、Levelt(1965)の視野闘争研究をまとめたモノグラフの発表からちょうど50年を経過したので、Leveltのまとめた研究を中心にそれ以降今日までの研究を踏まえて視野闘争研究をレビューした。Leveltはそのモノグラフの中で視野闘争で初見時の片眼刺激優位度、平均片眼優位持続時間、視野闘争反転頻度に関わる刺激要因の特性を次のような4つの命題にまとめて提示した。
命題T:片眼の刺激強度の増大はその眼に入力された刺激の知覚優位性を増大する。
命題U:片眼の刺激強度の増大はその眼の平均優位持続時間に影響せずに、他眼の平均優位持続時間を縮小する。
命題T:片眼の刺激強度の増大はその眼に入力された刺激の知覚優位性を増大する。
命題U:片眼の刺激強度の増大はその眼の平均優位持続時間に影響せずに、他眼の平均優位持続時間を縮小する。
命題V:片眼の刺激強度の増大は視野闘争反転頻度を増大する。
命題W:両眼への入力刺激を等強度に維持したままでの両眼の刺激強度の増大は視野闘争反転頻度を増大する。

 これらの命題の提唱以来、この分野で多くの研究が蓄積された。刺激強度は従来は刺激密度、輝度コントラスト輪郭のボケで操作されたが、現在ではカラーコントラスト、刺激の運動、空間周波数パターンが用いられ、また2つの刺激要素を独立に操作されてもいる。そこでBrascampらは、先の4つの命題を新しい研究成果を踏まえて次のように書き換えた。
命題T:片眼の刺激強度の増大はその眼に入力された刺激の知覚優位性を増大する。
命題U:両眼間の刺激強度の差の増大はより強度の高い方の眼の平均優位持続時間を増大する。
命題V:両眼間の刺激強度の差の増大は視野闘争反転頻度を縮減する。
命題W:両眼への入力刺激を等強度に維持したままでの両眼の刺激強度の増大は視野闘争反転頻度を漸進的に増大するが、しかしこの効果は刺激の強度をきわめて小さくしその閾値近辺をとった場合には逆に反転頻度が増大に転じる。
 最近の研究成果を踏まえて書き直された命題UからWの発展を図示したものが図1である。図のA1965年当時の命題U)には、もし左眼の刺激強度が右眼の刺激強度と互いに等しい所から低減すると、左眼(青曲線)ではなく右眼の平均優位持続時間(赤曲線)に影響(左図)することが示されている。この結果を一般化したものがその右図で、刺激強度Xと刺激強度Yに対するX刺激の平均優位持続時間の変化(刺激−強度−空間)である。図のB(命題Uで最近の研究成果による改変)には、両眼の刺激強度が弱い地点から左眼の刺激強度を増大すると左眼の平均優位持続時間を大きく増大することが示されている。このとき右眼の平均優位持続時間はほとんど変わらない(左図)。この結果を一般化したものが右図で、刺激強度XYに対するXの平均優位持続時間の変化である(上端の小グラフはYの平均優位持続時間の変化)。また、点線で表示されたグラフはXY刺激がともに強い場合を示す。図のC (命題Vで最近の研究成果による改変)には、左右眼の刺激強度と視野闘争反転頻度との関係を示し、左右眼の刺激強度の差が大きいと視野闘争反転頻度が小さくなり、逆にその差が等しいと反転頻度は高くなることが示されている。図のD(命題W)には、両眼の刺激強度が強くなると反転頻度が増大することを示す。しかし、コンピュータモデルによれば両眼間の刺激強度がきわめて小さい場合には反転頻度が増大(点線部分)に転じることが予測されている。 最近の研究成果を踏まえた命題の改変は、視野闘争現象ばかりでなく図地反転現象のようなバイステイブルな知覚現象(bistable perception複数の視え方の間で知覚が常に反転)も予測できるという。とくに最近、新たな視点から研究が盛んになっているのバイステイブル知覚現象(bistable perception)を命題VとWにもとづいての予測したものが図2に示されている。図2Aは改訂した命題VとWによる要員配置デザインを示し、その上段は刺激強度を、下段は知覚反転頻度を予測したものである。これら6つのグラフでは反転頻度は常に2つの刺激が優位になる等価点でそのピークがくること、またこのピークの高さは刺激の強度に依存して変わることが示されている。図2Bは、Brascamp et al.(2006)の視野闘争実験結果にもとづく反転頻度の予測である。右のグラフではX刺激の優位度と反転頻度との関係を示し、刺激Yのコントラスト比によって反転頻度が変わることを示す。図2Cは、Klink, Van Ee, & Van Wezel(2008)の運動による奥行視(structure from motion)実験結果にもとづく奥行反転頻度の予測を示し(A)の予測と一定する。図2Dは、Bonneh et al.(2014)の運動に誘導された盲視(motion-induced blindness)実験結果からの消失出現の反転頻度で(A)の予測と量的な相違はあるが質的には類似する。これらの研究データはいずれも、ある知覚事象の関数として反転頻度がどのように変化するかを見事に予測している点で興味深い。  Brascamp & Klink (4)のこのレビューは、Levelt(1965)の視野闘争研究をまとめたモノグラフの発表からちょうど50年を経過した現時点での研究成果を概括し、これらの命題に集約された成果は今後は神経生理学的領域あるいはコンピュータモデルの研究の指針となると述べている。

視野闘争時のfMRI測定
 視野闘争を生起させる刺激提示方法には2通りある。一つは、従来からある左右眼で相異なる刺激パターンを提示する両眼間視野闘争(Binocular Rivalry)のやり方である。もう一つは左右眼に提示する刺激パターンを高速で左右眼で入れ替える(Stimulus Rivalry)法である(図3)。Logothesis et al.(1996)によれば、後者の場合、実際の刺激パターンの提示は高速なために次の段階にはすでに刺激提示が移行しているにも関わらず、視えているパターンは前段階のものに留まる。このことは、視野闘争を担う神経過程には2段階あり、その一つはV1における単眼視ニューロンの眼球間闘争であり、その二つは両眼間統合後のパターンに依存した闘争である。
 Buckthought et al.(4)は、fMRIを用いてこの二つの型の視野闘争を脳のレベルではどのように異なるかについて両眼間視野闘争と刺激視野闘争の2条件で測定した。測定では、図4に示すように、両眼間視野闘争条件と刺激視野闘争条件を連続提示し、次いで両眼間視野闘争が生起しないコントロール条件であるリプレー条件とマッチドコントロール条件を提示した。両眼間視野闘争条件と刺激視野闘争条件では被験者に視野交替が生じたときにボタンを押させるアクティブ条件、またリプレー条件とマッチドコントロール条件ではボタン反応のないパッシブ条件を設定した。リプレー(Replay)条件では、両眼間に同一の刺激パターンを提示するが、刺激の交替は直前に行われる両眼間視野闘争条件と刺激視野闘争条件での被験者のボタン反応の記録を再生することによって行われた。マッチドコントロール条件(matched control)は、左右眼への高速交替による両眼間視野交替の影響を見るために設定され、ここでは刺激が高速交替する度にグレーティングの方向が変わり、また幾分長い時間間隔の刺激の空白を挿入し視覚探索を容易にした。fMRIの測定に先立って両眼間視野闘争条件と刺激視野闘争条件で反転頻度と優先パターン持続時間を精神物理的に測定したところ、両条件間には有意差は生じなかった。
 fMRIの測定結果は次のようである。(1) 両眼間視野闘争条件での脳活動は、総体的に、刺激視野闘争条件より強くまた広範囲にわたること、(2)
大脳の外側面にある脳回のひとつで頭頂葉の後方に位置する右上頭頂小葉(Right Superior parietal lobule)および側頭葉と頭頂葉が接する領域側頭頭頂接合部(Temporo-parietal junction )は、パッシブな両眼間視野闘争条件で顕著に活動性が高いこと、(3) 両眼間視野闘争条件と刺激視野闘争条件は腹側視覚領の高次領域がとくにアクティブな課題で関係するが、一方刺激視野闘争条件の活動はV1からV3にいたる視覚領の初期過程で弱いこと(これは眼球間そして眼球内の抑制のためにフィードフォワード信号が弱く、刺激のコントラスト性を減じるためである)、などが明らかにされた。結局、鮮明な視野闘争をもたらす両眼間視野闘争条件のみが視覚領の初期過程を活性化し、さらに刺激視野闘争課題が遂行されていなくても空間認識に関わる背側視覚路(dorsal stream)の協応的機能を活性化した。両眼間視野闘争条件は視覚処理の初期では刺激視野闘争条件より強く活性化されると考えられる。

1.2 両眼視差からの3次元形状の復元
観察者の斜方向から投影されたステレオ図形の知覚
 ステレオ図形はそれが作成された位置から観察しないと幾何学的には歪んだ形状に知覚されるはずである。コマーシャルやシネマのステレオ作品は、観察者が前額に平行に位置していることを仮定して制作される。しかし、映画館で鑑賞する場合には観察者がすべてスクリーンに対して前額に平行に位置せず、スクリーンに斜方向に座って鑑賞することもある。この場合でもスクリーンに提示されたステレオ図形が歪んで知覚されることはない。これは、観察者が斜方向の位置からの歪んだ形状に気がつかないか、あるいは歪んだ形状を自動的に修正するからと考えられる。
 そこで、Hands et al.(12)は、5の左図に示したように、観察者に対して前額平行にあるいは観察者に対して斜方向にスクリーンを設置し、そこに右図のようにステレオ映像(立体物)を観察者の前額に平行にあるいは観察者が斜方向(θview45°、20°、0°)から観察した場合を想定してレンダリングしたステレオ映像を提示した。スクリーンに対する立方体のレンダリングする角度(θrend)は左あるいは右から45°、35°、20°そして10°の5段階とし、投影時に立方体を回転あるいは静止の条件を設定、さらにステレオ立体視に加えて、単眼観察する2次元立方体投影と両眼とも同一の立法体形状を観察する条件を導入した。観察者にスクリーンの角度を見せないように両側がカーテンで覆い隠した。被験者には、上下に提示した立方体(一方を前額平行に提示した場合の正常な立方体、他方は斜方向からの歪んだ立方体)のいずれが歪みの少ない立方体に視えるかを判断させた。
 その結果、観察者が斜方向から観察したステレオ立方体は2次元形状条件よりも歪んで知覚されること、また立方体が回転して提示された場合も同様に歪んで知覚された。ただ、この知覚される歪みの程度は想定された歪みよりも小さく、この歪みを補正する働きがあると示唆される。

1.3.両眼立体視の処理過程
両眼視差とボケ(blur)要因は相補的な奥行手がかりか
 対象を両眼で注視する場合、両眼輻輳作用によって両網膜の中心窩に投影された対象は眼球調節作用によって焦点が合わされ投影像は明瞭になる。このとき、注視点から奥行方向に対象の距離が離れるにつれて対象の明瞭度が落ちてボケ(blur)る。つまり、両眼視差が大きくなるとボケも大となる。Held et al.(2012)は、両眼視差とボケ要因が奥行判断の精度にどのように関わるかを検討し、注視点距離近辺では両眼視差がボケ要因より優位となり、注視点から離れるにつれてボケ要因が両眼視差より優位になることを示した。
 そこで、Langer & Siciliano(15)は、両眼視差とボケ要因という2つの奥行手がかりの有効性が相補的な関係にあるのかを再検討した。実験に使用したステレオグラムは、6にあるように、両眼視差とそれに随伴するボケで構成された上下の矩形パターンからなる。両眼視差とボケ要因は、両眼視差が小さいとボケ程度は少なく、逆に両眼視差を大きく取った場合にはボケも大きく設定された。両眼視差は024487296arcmin)に、これに対応するボケ要因の幅は02468arcmin)にそれぞれ設定された。これらの数値に対応する奥行距離は6368737987cmであった。被験者には上下の矩形のいずれが奥行に関して近いか遠いかの判断を求めた。実験条件は、(1)上下の矩形間で両眼視差のみが異なる条件(61218秒分標準に対して増分)、(2)上下の矩形間で視差とボケの両方がが異なる条件(視差とボケは常に12:1の比率で標準に対して増分)、(3)上下の矩形間でボケ要因のみが異なる条件(ボケの幅を0.51.01.5秒標準に対して増分)、の3通りを設定した。ボケは光学的に導入するのではなくガウシアンカーネルを利用して近似させて表現した。
 実験の結果、注視距離から遠くにある対象の奥行判断にボケ要因は有効ではないことが示された。これはHeldらの研究と異なるが、彼らの研究ではボケ要因が光学的に導入されていたことで、レンダリングによるボケ表示とは異なる要因が働いたと考えられる。

両眼視差検出感度の検出のためのベイズ推定を適用した新手法(Qiuck disparity sensitivity fnction(qDSF)
  Reynaud et al.(25)は、両眼視差検出感度の測定に対してquick disparity sensitivity function(qDSF)なる新しい方法を試みた。これは明るさコントラスト感度の簡便な測定法として考案されたもの(Hou et al 2010, Lesmes et al.2010)を視差検出に適用したもので、ベイズの推定法を適用して測定回数を減らすことができる。求めるものはある空間周波数帯における視差検出感度であるが、これはデータセットが与えられた条件下でパラメータの事前確率から事後確率を推定する問題と考えることができる。このような新しい測定方法(qDSF)が両眼視差検出感度に適用できるかが検討された。視差検出のために、7(a)に示したような異なる空間周波数帯域で濾過された2次元のフラクタルノイズから作成されたステレオグラムを用いた。ここでの両眼視差は、異なる周波数をもつ斜方向に傾斜させたサイン波の波形(135°あるいは45°)を水平方向にシフトすることでつけられ、これを立体視すると斜めに傾いた3次元の波形パターンが出現する(b)。被験者にはその波形パターンの傾きを報告させた。図(c)は周波数を変化させた場合の視差の感度曲線モデル(対数表示の切形パラボラ型モデル)で、操作した2つのパラメータはpeak frequency(fmax)およびpeak gainYmax)であることを示す。
 qDSFによる測定方法を評価するためのコントロール実験では、空間周波数を0.240.330.460.640.891.231.722.39cpd8通りに変化、また視差は0.130.18,0.250.36,0.500.711.001.142.002.834.005.66 arc min12通りの変化させた。測定方法は恒常法によった。また、qDSFによる測定では、視差は0.0125から12.5 arc min、空間周波数は0.24から2.39codで操作された。初期ゲインの事前値は0.8 arc min、空間周波数のピークの事前値は0.5cpd、の空間周波数帯域の事前値は3octaveにそれぞれ設定した。qDSFによる測定では視差感度は図(c)に示した対数表示切形パラボラモデルで推定された。 実験結果は8に示されている。図8はqDSFと恒常法(MCS、小矩形で表示)の結果(4人の異なる被験者)で空間周波数に対する視差検出感度(閾値の逆数)を示す。図中、実線はMCSに基づいて推定されたベイズの推定事後値を、点線はqDSF の測定値をそれぞれ示す。被験者ARは高空間周波数に、YGMSは中帯域に、GSは低空間周波数にそれぞれ高い感度を示す。qDSFによる測定方法による結果を恒常法による結果から評価すると、広範囲な空間周波数で視差感度を正確に測定できること、しかも測定時間は10分以内に収められること、さらに視差検出感度には個人差があることが明らかにされている。

1.4.その他の研究
単眼視による視方向
 
  Ono & Saqib(24)は、ひとつの対象を両眼視した場合、その対象についてのイマジナリな視方向を推定させると、キクロピアンの視方向ではなく単眼と対象を結ぶ視方向線上になることがあることを見いだした。9に示したように、遠近の2つの対象を左眼の視線方向上に重なるように配置し、そのうちの近い対象の方を左眼で注視し、右眼を正中線方向が見えないように部分的に遮蔽して、その対象の視かけの視方向を推定させた場合、Porterfield(1737)によれば、その視方向は左眼と対象を結ぶ線上にあるように推定されるという。一方、同時代のWell(1792 )は、そのイマジナリな視方向はキクロピアン上にくると考えた。
 そこで、Ono らは2つのLED光点を観察者から奥行距離を違えて提示し、その遠い方の対象の視方向がどこにあるかを推定させた。2つの対象は観察者から15cm30cm、あるいは35cm70cmの位置に提示され、単眼視観察条件および部分的遮蔽観察条件(遠方の対象のみ視えなくする)で観察させ、被験者には対象の視方向線を結ぶ側の眼球、もしくはそれが正中線上の場合には鼻を手で指し示すように求めた。実験は単眼視観察条件、部分的遮蔽条件そして再度単眼視観察条件で実施された。
 その結果、1回目の単眼視観察条件では2つの光点を結ぶ視かけの線分は観察眼と2つの対象を結ぶ視線方向が選択されたが、部分的遮蔽観察条件ではそれは正中線上であるキクロピアン方向が選択された。対象の視方向がキクロピアン上にくる条件は、注視対象が観察者から比較的近い位置にあって両眼視できしかも遠方の対象が単眼視されている場合であった。また2回目の単眼視観察条件では、それは観察眼とキクロピアンの間の位置が選ばれた。1回目の単眼視観察条件の結果は、一つの対象を両眼で注視するときの交差する視軸が無視され、両眼視過程が無効にされたことを示唆する。また2回目の単眼観察条件で視えの視方向が単眼と対象を結ぶ視線上からキクロピアン方向にシフトしたのは、部分的遮蔽観察条件での経験が影響したものと考えられる。これらの結果から単眼視観察条件でPorterfield説が成立する要件は、観察者がどちらの眼が用いられているかについての情報をもつことにある。

優位眼の決定方法の比較
 Johansson, et al.(16)は、左右眼のいずれが優位眼となるかを確定するための3つの方法を比較検討した。そのひとつはBinocular sighting testBST) である。10に示したように、この方法では、はじめに被験者に両眼でビーズ(b)がリング(c)を通るように観察させた後、片眼にフィルターを当てて遮蔽し左あるいは右眼で同様にビーズを注視させ、最後にそれら両眼視、左眼視および右眼視の状態をカメラで撮影し、それらの視線方向を比較して優位眼を決める。二つ目は、Variable-angle mirror testVAMT)である。11に示したように、この測定方法では、2枚の鏡を鋭角を構成するように配置し、被験者にはその2枚の鏡の中央を注視させる。このとき鏡の合わせ目(a)はホロプターからはずれるために2本の垂直線からなる二重像に視える(crossed physiological diplopia)が、しかし二重像のうち優位眼の像は抑制されるために、他眼のもうひとつの像は優位眼の方に重ねられて視える。このテストでは各眼に濃度の異なるフィルターを順次装着し、どちら眼の像が手前に見えるかを報告させることで優位眼を特定する。三つ目の方法は、Hole-in-the-card testHICT)である。これはよく知られているように、一つの穴の開けたカードをかざして両眼で対象を注視し、そのままの状態で左眼あるいは右眼を閉眼した事態で観察を続け、カードの穴を通して視えるのはどちらの眼であるかを求めるものである。32名の被験者を対象に3つの測定方法を試したところ、BSTの結果とVAMT結果との間には相関は弱いことが示された。というのも22名の被験者は両法のテストでの結果は一致したが8名は不一致だった。また14名はBSTVAMTの結果は一致し、HICTとも一致した。8名はBSTVAMT間で不一致だったが、このグループはVAMTHICTでは一致を示した。10名の被験者ではひとつあるいはBSTVAMTの両方で優位眼が明らかにならなかった。
 これらの結果から、この3つの方法の中ではHICTが優位眼を確定するのに妥当なものと考えられるが、その限界も承知しておく必要がある。

ニューメロスティ(numerosity)の判断における過大評価
 Aida, et al.(1)は、ニューメロスティ(numerosity)の判断における過大評価をもたらす要因について実験的に検討した。ニューメロスティ判断とはドットなど多数のエレメントを提示し、そのエレメント数がどのくらいであるかを判断させるものである。これまでの研究によると、人間の視覚システムは平面上に提示したドットのニューメロスティをかなり正確に判断できることが示されている(Dakin, et al.1984, Krueger 1984, Tibber, et al.2012)。そして、この知覚判断に影響する要因にはドットなどエレメント数や大きさ、エレメント輝度、エレメントを含む刺激の大きさ、網膜への刺激位置などがある。
 今回、Aidaらは、ニューメロスティ面の提示事態を両眼視差を用いて3次元配置に設定した場合にも、その判断に過大評価が起きるかいなかを検討した。12に示したように、小さな矩形を要素としたニューメロスティ面を1面、2面、あるいは3面が立体的に出現するステレオグラムで作成した。Aの左図は両眼視したとき2次元面として知覚されるニューメロスティ面でこれを基準としてエレメント数が多いか少ないかを判断させた。Aの右図は3次元で提示された2つの面のニューメロスティ面でモニター面とは奥行を異にして提示される。B図は1つの面から構成されたニューメロスティ面の提示位置で、上段左からモニター面上、モニターの前面、モニターの後面にそれぞれ提示したことを示す。下段左は2つの面のニューメロスティをモニター面を挟んで前後に提示、また下段右は3面のニューメロスティをモニター面とその前後に提示をそれぞれ示している。エレメント数は72150300600個の4段階で提示し、また被験者にはモニター上に提示されたニューメロスティ面をアナグリフ式の眼鏡で立体視させ、左右に提示したニューメロスティ面の要素数を比較し多い方を判断させた。その結果、(1)ニューメロスティ数が多くなるに従ってエレメント数を過大に評価すること、(2)ニューメロスティを1面に提示するよりは2面もしくは3面に提示する方がその過大評価は大きくなること、(3) 2つのニューメロスティ面の間の両眼視差が大きくとるほどエレメント数の過大評価も大きいこと、(4)2つのニューメロスティ面のエレメント数の比はエレメント数過大評価に影響しないこと、(5)モニター面を挟んで前後に提示された2つの ニューメロスティ面のエレメント数の各面毎の評価では前面より後面において過大評価が大きいこと、などが示された。
 これらの結果から、ニューメロスティの知覚判断での過大評価の程度は、ニューメロスティのためのエレメントを埋め込んだ奥行面のレイヤー数に依存していることが明らかにされている。

両眼視差による知覚のグルーピング(ステレオ視による良い連続性)
 Deas & Wilcox(2014)は、2本の垂直線分がステレオ視による3次元閉合図形の1部として知覚されるとその垂直線分間の奥行は過小視されることを示し、これは2次元形態における閉合や良い連続の要因によるものではなく3次元的な形態性によると報告した。今回、Deas & Wilcox(7)は、この種の奥行過小視が良き連続的な変化をする両眼視差の外形によって生起することを検証した。実験では、13のように、ドット間の視差を連続的に変化させた刺激条件を設定し、それによって生じる奥行を測定する方法がとられた。図13左図はステレオ視した場合に出現する斜め奥行方向の直線的な形状を示す。ステレオグラムで提示するドット数は2から7個まで変化させる(右図A からD)が、その水平間距離は常に同一に操作し、また左端と右端のドット間の視差勾配も常に同一に操作した。左右の外側のドット間の視差は0°、0.04°、0.08°、0.16°、0.32°、0.2°の5段階に変えて提示された。また、14に示したように、左右端のドット間の視差勾配を連続的あるいは非連続的に変化させた実験条件も設定した。図14(A) は視差勾配を連続変化させた条件、(B)(C)は視差勾配を非連続的に変化させドットに上下の凹凸をもたせた条件である(灰色線は凹凸の大きさを表示)。被験者には各刺激パターンの左右の外側のドット間に生じる奥行距離を、別に用意した電気的ルーラーを利用し親指と人差し指間の距離で示すように求めた。
 実験の結果、左右の外側のドット間に生じる知覚された奥行は、視差勾配が非連続的な刺激事態より連続的な刺激事態でより過小視されること、また非連続的な視差勾配に上下の凹凸をもたせた刺激事態でも同様にドット間の奥行は知覚されて過小視されることが示された。
 これらの結果は、連続的な視差勾配をもつ両眼視差による3次元形態がステレオス視での良き連続という知覚的グルーピングという働きを生じさせ、その結果、この種の奥行視の縮減をもたらしたことを示唆する。

ステレオ視と弱視−ミニ・レビュ−
 弱視とは視覚の発達期に視覚刺激の遮断あるいは異常な両眼相互作用によってもたらされる視覚中枢の神経発達的障害と定義されている。弱視は、一般には、生後3歳齢以内に発現し、視覚領のV1V2、そして外側膝状体の変性が関与している。弱視者は、主に、視力、実体鏡視力、空間周波数パターンの明るさコントラスト検出に障害を持つが、さらに輪郭の統合、時間的、空間的な注意作用の統合の低下などより高次な機能の障害を伴うようになる。弱視は正常な視覚発達が妨げられた結果として生起するので、この種の視覚機能の回復をはかるには大脳の可塑性を考慮するとき、いつそしてどのように対応すればよいのかが研究課題となる。
 Levi, et al.(19)は、弱視における両眼立体視の関わりおよびその回復に焦点をあてて過去二十年間の研究をレビューした。それによると、両眼立体視が損なわれることは弱視に共通するものであり、とくにこれは屈折異同視の弱視より斜視につよく影響されて損なわれる。したがって斜視に対する積極的な対処が必要で、両眼立体視が相当程度損なわれていても回復は可能である。これまでの研究からは、現在主流の治療法であるアイパッチ法を見直し、両眼立体視を回復させるための新しい治療法を試みる必要がある。斜視をもつ弱視者に単眼視トレーニングを施しても効果は小さいので、かれらには両眼視トレーニング、とくにステレオ視トレーニングを直接実施した方が効果が高い。

両眼立体視に依拠した弱視の療法
 弱視は両眼の交互作用が正常に行われないことが主原因と考えられる。とくに弱視眼からの情報が強い抑制をもつために他眼の健常な眼の視力をも損なってしまうと考えられる。そこでHess & Thompson(13)は、弱視眼と正常眼が共に働く観察訓練条件を用意して治療する方法を開発した。その方法では、まず弱視眼が知覚できる明るさコントラストの刺激条件からスタートし、次にそのコントラストを操作し同等の明るさコントラストで両眼視融合が知覚できるまで訓練する。治療の典型的方法は4日間に毎日1時間の訓練を4週から6週継続させるものである。その結果、弱視のタイプや年齢に関わらずにほとんどの患者は視力の改善と両眼立体視力を回復することができた。これまでのところ、192例の成人と児童の患者では弱視眼の視力および両眼立体視力ともに改善が有望であり、また効果の後戻りもなかった。Hessらは、この新しい療法の神経生理学的なしくみを15に示したような両眼視回路モデルで説明した。図には、両眼間の情報を結合する興奮(緑色表示)と抑制(赤色表示)の回路、両眼間を結合する抑制回路、そして各眼からの付加的な刺激(S)を受けて、第1ステージでは各眼を個別に興奮させ、第2ステージでは各眼からの興奮を加算する回路が示されている。弱視に対する両眼視療法が効果的であることのもっとも妥当な説明は次のようである。興奮と抑制の組合せから成立した両眼視回路では、抑制回路が興奮性の両眼視回路より先に入力値を制限する。そこで弱視眼に対する抑制を弱めるような刺激入力処置を施すと視覚皮質における抑制が弱まり、その結果潜在的な両眼視能力が復活する。結局、両眼視療法は弱視からの視覚皮質での強い抑制回路を弱めることで失われていた両眼立体視能力を回復させるものと考えられる。

両眼立体視による顔の知覚と情動
 Hakala et al.(11)は、両眼視差を用いて顔を3次元表現すると、それによって表出した情動経験を増幅するか、また両眼視差による3次元表出の程度を変えると、それによる情動表出が変化し、それに伴って情動経験も変化するか、の2つの問題を実験的に検討した。実験で提示する顔イメージは、16に示したような、怒り、ハッピー、ニュートラルの3通りの情動表出、およびその3次元表現の深さ(左右のカメラ間距離ベースを変化して操作)を5通り(15406590115mm)に変化させた。被験者にはこれらの顔イメージを単独提示してステレオ視条件と非ステレオ視条件で観察させ、ポジティブ評価、ネガティブ評価、および覚醒評価をそれぞれ5段階で求めた。
 その結果、ステレオ視条件は非ステレオ視条件に比較して怒りフェースにはネガティブ評価を、ハッピーフェースにはポジティブ評価を増幅させ、また怒りフェースでは覚醒評価値が最大となった。これらのことから、ステレオ視による顔表示は、知覚者の情動反応を否応なく増幅させる。