1.1 両眼立体視に関わる脳部位のfMRIによる特定

 ランダム・ドット・ステレオグラムを観察中の脳部位が、機能的磁気共鳴装置(fMRI)で特定された(Naganuma et al.(13))。実験では、観察中に立体形状(円形と五角形)、形状出現の奥行方向、形状の傾き方向(左右方向)の課題を被験者に与え、その課題に解答する際の脳部位が測定された。その結果、(1)形状出現の奥行方向、形状の左右への傾き方向の知覚には頭頂部が関与すること、(2)両眼立体視は階層的に処理され、とくに右半球の頭頂部間溝(intraparietal sulcus)の背側が関係すること、(3)3Dの形状処理は後頭部の視覚領と後頭部の側頭溝の周辺が重要な部位であること、などが明らかにされた。
 右半球の頭頂部間溝(intraparietal sulcus)の背側が両眼立体視の機能と関係することは、他の研究(Nishida, et al.2001, Negawa, et al.2002, Tsao,et al. 2003)でも確認されていて興味深い。 同様に、両眼視差とパースペクティブ要因とで3D形状を作成し、立体形状知覚判断時の脳部位がfMRIで測定された(Welchman et al. (21))。とくに、両眼視差とパースペクティブ要因とが単独で立体形状を表示する場合と、両要因が共に働いて立体形状を判断する場合との脳部位の差がしらべられた。提示した3D形状は衝立状のくさび型刺激で、くさびの奥行角度は両眼視差とパースペクティブ要因とで変化された。脳部位の測定は、テスト刺激と比較刺激とを対提示し、どちらのくさび角度が広いかの判断をする中で行われた。テスト刺激の3D形状のくさび角度は、両眼視差を116度、パースペクティブ要因を136度にそれぞれ設定し、手がかり抗争条件とした。比較刺激のくさび角度は、両要因が指示する角度を一致させ、そのくさび角度は106,116,126,136度の4段階に変えられた。この事態で知覚された角度の大きさを判断するには、観察者は2つの奥行手がかりを共に働かせなければならない。脳部位測定の結果、外線状皮質(extrastriate areas,hMT+/V5,latereal occipital complex)が、2つの奥行要因が協同して3D形状判断時に活性化されることが示された。この部分は、運動視、運動にもとづく立体視が関連する部位であり、手がかりを組み合わせて3D判断する場合には、より上位の部位が関係すると考えられる。
 両眼視差立体視に関係する脳部位の特定は、マカクの単一ニューロンの研究から人間のfMRIによる研究まで、広範囲に行われてきた。Neri(14)は、単一ニューロンの研究結果を分析し、最近の研究成果は視覚領の腹側と背側のいずれかに関係すると報告した。図1に示されたように、この領域は初期視覚領であるV1、V2、V3での処理を受けたもので、腹側はV3A,V5/MT,MST,V7が、背側はV4,IT,V8がそれぞれ関係する。そして、腹側の視覚領は輻輳運動を、背側のそれは3次元の形状をそれぞれ出力する。すなわち、両眼視差は、第1視覚野での処理を受けた後、ひとつは腹側の視覚野に伝達され、視差融合に関係した輻輳運動を誘導し、粗い視差の検出を行う。また、背側に伝達された情報では、対象の形状表面の詳細な構造の検出と3次元光景内の対象の配置を検出すると考えられる。人間を対象としfMRIによる研究成果も、この処理過程モデルを支持する。このモデルは、両眼視差の脳内の処理過程についての分析のための指針となろう

1.2 二重像となるステレオグラム観察時の両眼輻輳位置の立体視への影響

 ステレオグラムに描かれた刺激対象の視差が融合閾を越えていると、両眼立体視してもその刺激は二重像となるが、しかし奥行は出現して視える。図2に示されたように、左右のステレオグラム対で対応する2つの刺激は融合して、ある奥行面上に出現するが、一方、融合閾を越えている左右ステレオ対の左もしくは右端の矩形は注視面に二重像となって奥行出現する。Kaufman(1976)は、この現象を両眼輻輳の誤適用(輻輳性視差)で説明できると考えた。その仮説によると、二重像となる刺激によって起きた両眼輻輳は、その輻輳角にもとづいて注視面が出現し、融合しないけれども左右眼の刺激を注視面に定位してしまう。つまり、二重像刺激と融合刺激との間には、二重像となる刺激によって起きる輻輳性視差のために、視かけの奥行差が出現すると考えられた。もし輻輳性視差が存在するとすれば、それは、融合しなくても視差量によって奥行面が変化すると考えられる。そこで、輻輳性視差量の変化に伴って刺激の視かけの奥行量が変化するか否かがShimono & Egusa(19)によって確かめられた。実験では二重像によって生起する両眼輻輳角を操作し、その時に出現する融合刺激と二重像刺激間の視えの奥行量が測定された。二重像によって生起する両眼輻輳角はノニウス線を導入することで操作された。ノニウス線とは、左と右のステレオグラムに垂直線分を各1本配置したもので、観察者には左右の垂直線を視かけ上、縦方向に一致するように観察させる。こうすることで、観察者の各眼の輻輳角を操作できる。実験の結果、融合刺激と二重像刺激間の視えの奥行量は、輻輳性視差で変化すること、さらに二重像刺激間の視差量でも変化することが示された。
  このことから、両眼立体視しても融合しない刺激の奥行は、刺激の視差量と輻輳性視差の両要因で規定されていると考えられる。

1.3 パヌムの極限条件でのステレオグラムにおける抑制過程

 ステレオグラムの各眼に1本ずつ線分を提示した場合には、それらが融合して1本線分に見えるか、2本の線分が交互に見えるか(視野闘争)、あるいは2本線分が瞬間的に見えるかする。Bingusi & Yukumatsu(2)は、これを説明する仮説として、図3のような3種類の過程を考えた。視野闘争が生起する場合には、交互に各刺激を担う単眼視ユニット間の抑制が起きる(図中a)。融合が起きる場合には両眼立体視ユニットが働いて奥行出現する(図中b)。二重像と融合像が起きる場合には、単眼視ユニットと両眼視ユニットとが視線に沿う相互抑制の過程が生起する(図中c)。もし両眼視ユニットが単眼視ユニットを抑制すれば奥行視が生じる。抑制強度は各ユニットの強さに応じ決まる。両眼ユニットでは視差ゼロの場合がもっとも強く、視差が増大するにつれて弱まると考える。この両眼視過程での抑制仮説では、単眼視ユニットと両眼視ユニットとを仮定し、単眼視ユニットが両眼視ユニットを抑制すれば二重像視が、両眼視ユニットが単眼視ユニットを抑制すれば奥行視が生じると仮定する。この仮説を実証するために、パヌムの極限条件でのステレオグラム条件(片眼に2本の線分を他眼には1本の線分を提示、パヌムの極限ステレオグラム)と各眼に各1本の線分を提示するステレオグラム条件(シングルライン・ステレオグラム)とで、その視差量を増大させたときの融合像の累積消失時間を測定した。その結果、テスト線分に指定した対象の累積消失時間は、パヌムの極限ステレオグラムよりシングルライン・ステレオグラムで多いことが示された。
 この結果は、シングルライン・ステレオグラムの片方に付加線分を追加することによって両眼視ユニットを活性化させ、この両眼視ユニットが単眼視ユニットを抑制したためと解釈されている。


1.4 両眼視差と眼球間遅延による立体視との関係

 Anzai, et al.(2001)は、ネコの有線野の複雑細胞型のニューロンの活動を各眼への両眼視差(BSD)および視差と同等の効果を持つ入力遅延(LTD)を設定して測定した。その結果、BSDLTDで活性化するニューロンは同一であることをつきとめた。立体視は両眼視差にもとづくのが基本であるが、眼球間遅延を設けてもプルフリッチ現象(Pulfrich)やマッハ・ドボラック現象(Mach-Dvorak)にみられるように可能である。プルフリッチ現象は、日常では、運動する対象が遮蔽された場合に生起する。
 そこで、上記の結果が精神物理学的方法でも確認されるかがSakai, et al.(18)によって検討された。実験では、図4に示されたように、左右眼で同一のドットパターンに入力遅延を設定して提示する(A)。この際の刺激は、スリット状に開けられた長細い矩形内にドットを縦一列で提示される(B)。各眼に入力遅延して提示するパターンには、縦長のスリット状に各5刺激が用意された。観察者には、32個のドットから形成された細長い矩形が2つ、奥行をもち、同時に動いているように視える。左右眼への入力遅延は、左眼に提示後、33.546.960.373.787.1100.5 msのいずれかの遅延時間を設けて右眼に提示することで、実施された。入力遅延時間はランダムに設定され、また各眼への提示時間は6.7 msであった。このような実験条件下では、視えの奥行と運動方向を規定する要因は眼球間遅延条件のみである。観察者には、2つの矩形のどちらが手前にあるか、および矩形の運動方向が左か右かの2件強制法でそれぞれ求められた。
 実験の結果、被験者は、すべての遅延時間で奥行と運動方向を正確に知覚判断できることが示された。この結果は、神経生理学的方法によるV1領域の結果とも良く照合する。つまり、眼球間遅延要因という一義的に奥行と運動方向を規定できないものが、初期視覚処理過程で時間と空間の両方で統合されて符号化され、伝達されることを示す。

 

1.5. 両眼視差処理での時間要因

 視差検出は、通常、左右眼に同時に提示されたステレオグラムで行われるが、左右眼に入力遅延を設定しても可能となる。この遅延は50ms程度までは両眼立体視を可能とさせる(Howard & Rogers 2002)。この遅延時間は、ステレオグラムが非コラレートなものか(uncorrelated stereogram)、アンチコラレートなものか(anticorrelated stereogram)、ダイナミックなもの(DRDS, dynamic random dot stereogram)か,あるいは立体出現させる対象の大きさ等で異なる。
 ステレオグラムを左右眼で遅延提示した場合にも両眼立体視が可能なのは、視覚システムが左右眼からの入力遅延に対して一定程度の許容能力を持つことと、左右眼からの刺激の対応が時間をかけて統合する過程が存在するためと考えられる。しかしながら、この両要因の関係は明らかになっていない。
 そこで、Gheorghiu & Erkelens(7)は、DRDSを用い、ステレオグラムの提示時間を変化させて、両眼立体視の成立の可否をしらべた。DRDSは、図5に示されたように、(1)非コラレート条件(左右眼の入力刺激を構成する各ドットの明るさは左右間で対応しない)で、フレーム間の提示はT1(A,B),T2(B,A)で構成、(2)アンチコラレート条件(左右の各ドットの明るさは左右間で反対となる)で、T1(−A,A),T2(A,−A)で提示、(3)コラレート条件(左右の各ドットの明るさは左右間で対応する)で、T1(A,A),T2(−A,−A)で提示、の3条件でそれぞれ提示された。この提示条件では、ステレオグラムを構成するドットが左右のペア間で対応が除かれているとともに、最初の提示と次の提示との間でも同様な対応は除かれた。つまり、このDRDSの提示では、同時的対応と継時的対応の両方が除かれた。T1、T2に提示するステレオグラムの提示時間は、14,42,770,98,126,154 msで、T1とT2の提示時間がすべて組み合わされるように操作された。被験者には、左・右のいずれかに出現する矩形の位置検出(位置検出課題)および出現する矩形が手前か後方かの検出(奥行検出課題)が、それぞれ求められた。実験の結果、(1)非コラレート条件では、2つのステレオグラムの提示時間がいずれも42 ms以下ならば静止した矩形が観察されること、168 ms以上になると2つの形状が交互に視えること、42 ms と168 msの間では2つの形状がフリッカーして視えること、(2)アンチコラレート条件では、提示時間がどの段階でも奥行は検出されないこと、(3)コラレート条件では、どの提示時間でも奥行は検出可能なこと、(4)奥行検出課題ではなくテクスチャ検出課題(ラインの縦方向あるいは横方向の検出)に代えても、すべての提示時間でテクスチャ検出が可能なこと、などが示された。
 このことから、両眼立体視は左右眼の同時入力にもとづくことが基本で、左右眼の入力遅延による立体視はこの同時入力の一定の範囲内で可能となること、また両眼立体視は各眼での明るさ検出に関わる時間特性に限定され、明るさを検出する時間が必要なことが明らかにされた。さらに、DRDSでの両眼立体視は、左右眼に入力された刺激にもとづいてそれぞれの明るさが独立に処理され検出された後で、それら2つの単眼的入力が相互に照合されて時間的に統合されることによって可能となることが示唆されている。


1.6 格子パターンの立体視のための手がかり

 6に示されたような格子パターン(サイン周波数パターン)の角度を左右眼で反対方向に設定し(a,b)、これを両眼立体視させると、融合した後に格子パターン(c)が手前あるいは奥行に突き出て知覚される。この時、両眼視差を規定する要因として3種類の要因が挙げられる(図7)。ここでは、垂直方向から左右に17.5度傾いた格子パターンが想定され、そのフーリエ解析成分が左端に示されている。視差要因としては、(1)左右の格子パターン間に生じるフーリエ解析成分のコンストレイント線の交差による視差量(IOC)、(2)フーリエ解析成分のベクトル量の平均による視差量(VA)、および(3)左右の格子線分の空間周波数成分のそれぞれに垂直な成分から成立する4種類のベクトル合成の中で最小のベクトル合成から生まれる視差量(SOF)(右端)がそれぞれ示されている。
 Delicato & Qian(4)は、これら3種類の視差要因のいずれがドミナントに視えの奥行方向を規定するかを検討した。そのために、IOCが垂直視差を、VAがプラスの対角視差、SOFがマイナスの対角視差をそれぞれ規定するステレオグラムを両眼立体視させ、格子状パターンの奥行出現方向(枠刺激に対して手前あるいは後方)を判断させた。その結果、VAがIOCやSOFを抑えて視えの奥行方向を規定していることが示された。そこで、VAが奥行手がかりとしては弱い力しかもたない垂直視差を規定するように改めたところ、視えの奥行を決めるのはVAではなく、IOCあるいはSOFに代わることが示された。さらに、SOFの手がかりとしての効用を確認するために、SOFがマイナスの視差を、IOCとVAがプラスの視差を規定する条件下で実験したところ、左右パターンの格子線分の角度が水平方向に近い場合(垂直方向からプラス・マイナス83度の範囲)では、SOFが視えの奥行を規定するが、それらの線分角度が垂直方向に近くなるとIOCあるいはVAが視えの奥行方向を規定することが明らかにされた。
 これらの結果から、視覚システムは視差検出をIOC,VA,SOFのいずれかに限定して行っているのではなく、ステレオグラムパターンに対応した最適な視差検出を採用していると考えられる。


1.7 背景(前景)となる流動パターンに縮小−拡大する両眼視差を付加した条件での誘導自己運動(ベクション)

 観察者は刺激の背景を構成するドットが拡大あるいは縮小運動すると、自分が前のめりあるいは後退するような自己運動が誘導される。Ito & Shibata(10)は、図8に示されたように、背景(前景)刺激を縮小あるいは拡大運動させるとともに(視差はゼロ)、同時に交差あるいは非交差条件にある両眼視差を縮小あるいは拡大するように変化させ、どちらの手がかりが誘導自己運動を規定するかをしらべた。この際、縮小(拡大)運動する背景面(前景面)に対して、付加する両眼視差の運動方向は互いに相反するように設定された。観察者には、前方方向あるいは後退方向いずれの自己運動が誘導されるかを判断させた。背景(前景)のみが拡大あるいは縮小運動するときには、拡大条件では前方への自己運動が、縮小条件では後方への自己運動がそれぞれ誘導される。観察の結果、背景(前景)となる流動パターンの方向が縮小運動の場合で拡大運動する運動視差に重ねられるとき、視差が非交差視差条件では前方方向への自己運動が、また視差が交差条件では後退方向への自己運動が、それぞれ誘導された。背景(前景)の運動パターンが拡大条件の時に縮小運動する視差に重ねられると、視差が非交差条件では後方への自己運動が、また視差が交差条件では前方への自己運動が誘導された。
 すなわち、誘導される自己運動の方向は、視差面の背後で刺激が流動する場合には、背後の流動パターンの方向が自己運動方向を規定し、逆に視差面の前方で刺激が流動する場合には、視差の運動方向が自己運動の方向を規定することが明らかにされている。

2.8 両眼立体視での形状を規定する要因

 両眼立体視での形状を規定する要因は、RDSでの立体視が単眼的形状要因にまったく依存しないことから、両眼視差であると考えられている。しかし、RDSは刺激量の観点から考察するとき、単眼的形状刺激や実景刺激に比較すると、その刺激量は小さく、刺激自体に構造性が乏しい。したがって、RDS立体視は両眼立体視過程の全体を明らかにしていないとも考えられる(Regan 2000, Richards 1977)。
 単眼的形状処理過程(ゲシタルト要因を含む)と両眼視差処理過程との関係をしらべるためには、両過程を抗争的条件においてどちらの過程が優勢かを検討する方法がある。
 Pizlo et al.(17)は、両眼視差過程と運動視過程とを抗争させ、その時の視え方をしらべた。そのために、図9のようなステレオグラムを作成し、左ステレオグラムのみを垂直軸に対して16度左右に反転して提示した。図の(a)は、隠れた稜線は描かれていない立方体で構成されたステレオグラム、(b)は、Y軸状の稜線をカットし、その頂点にドットを付したもの、(c)は、Y軸状の稜線を部分的にカットしたもの、(d)は立方体をランダム・ドットで構成したものである。これらを両眼立体視すると、いずれも凸状の立方体ではなく、立方体を構成する前の左右面と上面とを取り払った、いわば凹状の立方体が浮かび出る。このステレオグラムの左図形のみを左右に16度連続的に振って提示すると、両眼視差は最初の位置のそれより−7秒変化する。したがって、両眼視差のみが形状を規定しているならば、凹状の立方体が奥行方向に運動して知覚されるはずである。観察の結果、(a)では、堅固な凹状立方体が知覚されるたが、(b)では、左右にわずかに反転する輪郭図形と左眼に対して奥行方向に遠近運動するドットが知覚された。後者は、あきらかに図形のもつ構造性という拘束条件が機能せず両眼視差が指示する形状によって知覚的形状が規定されるのに対して、前者は図形の持つ堅固な構造性(すべての輪郭線が立方体を構造的に表現)が両眼視差を抑制した。図の(c)では、凹状の立方体が知覚されたり、されなかったりで、これには個人差があった。(d)では、堅固な凹状立方体が知覚された。これは、左眼のドット群が一体となって左右反転し、その際、それらのドット群が立方体の3面を堅固に表示しているためである。図の(a)と同様に、(d)では、形状の持つ構造性が両眼視差を抑制している。
 これらの結果は、ステレオグラムを構成する刺激が堅固な形状構造性を持つ場合には、両眼視差の示す形状を抑制し刺激の構造特性が知覚的形状を規定することを示す。

1.9 視差対応問題における距離近接拘束条件と視差近接拘束条件

 両眼視差対応問題を一義的に解決するために視覚システムは、刺激特徴の類似性、距離近接、視差近接、エピポーラ線の対応を拘束条件としているのではないかと提唱されている。計算論では、両眼視差対応は不良問題なので一義的な解を得ることはできないため、対応問題を解くためのいくつかの拘束条件が必要となる。
 刺激特徴の類似性の拘束は明るさ、形状、大きさなどの特徴が類似しているものの間で、距離近接は左右の刺激の物理的距離が近いものの間で、視差近接は左右の刺激の視差が近いものの間で、そしてエピポーラ線拘束は注視刺激と片眼の視線を結ぶ直線が他眼に投影された線上に、それぞれ対応点が存在すると前提する。
 対応問題については、これまで多くの研究が行われてきたが、人間の視覚システムは計算論の前提とする拘束条件を必ずしも採用していないと考えられている。そこで、Goutcher & Mamassian(9)は、距離近接と視差近接の拘束条件の中でどちらの条件が優位となるかを刺激特徴の類似性を操作することによって検討した。図10(a)に示されたステレオグラムには視差対応が二通り可能となる。その1は、左ステレオグラムのAが右ステレオグラムのCと、同様にBがDと対応するものである。これは距離近接の拘束条件にもとづく対応で、視差が2種類となるので両眼立体視すると前方(交差視差)と後方(非交差視差)に透明面が出現すると予想される。その2は、左ステレオグラムのAが右ステレオグラムのDと、同様にBがCと対応するものである。このとき、前者は交差視差、後者は非交差視差となるが後者の視差の方が大きいので、後者の対応が優先されて単一の面が出現すると予想される。さらに、視差対応の組み合わせを実験者側から人為的に操作するために、左右ステレオグラム間のドットに明るさの差を導入した。いま、視差近接の拘束条件を妨害するとすれば、図(a)の左ステレオグラムのドットAと右ステレオグラムのドットDとの間の明るさコントラスト比を高め、AとCとの間のそれは同一にすればよい。また、距離近接の拘束条件を妨害する場合には、AとCとの間のコントラスト比を高め、AとDのそれを同一に保てばよい。図(b)のΦ欄には、左右ステレオグラムのコントラスト比が示されている。Φが−1に近い値を取ると、視差近接の拘束条件を妨害することを、それが1に近づけば距離近接の拘束条件を妨害することをそれぞれ表す。Φが0の値を取る場合には、左右間のすべてのドットは同一の明るさとなる。もし、視差近接の拘束条件が妨害されれば前後に透明な面が出現し、距離近接の拘束条件が妨害されれば単一の面が出現すると予想される。両眼立体視で観察させた結果、Φが-0.6程度までは2つの透明面が、それ以降、Φが1へと変化するにつれて明瞭な単一面が出現することが示された。
この結果は、距離近接より視差近接の拘束条件の方が優位に機能することを示唆する。

1.10 左右で対応を欠くステレオグラム(ダ・ヴィンチステレオグラム)の立体視

 左右眼の前方に遮蔽物(オクルージョン)がある場合には、その遮蔽物が対象を隠すので左右の網膜像間で対応を持たない部分が生じるが、対応を欠く部分は補われて立体視が生起する。これのような視覚的補間が生起するのは、実光景での奥行の不自然さを解消するための空間の再体制が行われるからと説明される。
 対応を欠く部分に一定の奥行をあてがうとする生態光学的仮説を検証するために、Tsai & Victor(20)は、次のステレオグラムを作成した。ステレオグラムは、図11に示されたような原理に従っている。すなわち、観察者の前方に丸窓をもつ壁があり、それが後ろの面の一部を遮蔽するため、左右網膜像で対応を欠く部分が生じる。(a)では、丸窓間距離は丸窓の直径より小さくして遮蔽される後面の設定した輝度部分しか見えないように配置すると、左網膜像のこめかみ側と右網膜像の鼻側部分の輝度は反対に、左網膜像の鼻側と右網膜像のこめかみ部分の輝度は同一になる。この条件では、2つの丸窓の輝度は反対となるので、遮蔽される面までの奥行距離値が(dmin)に一致する。一方、(b)では、2つの丸窓は同一の輝度を持つように設定されているので、この事態で投影される左右の網膜パターンの視差対応関係から出現する遮蔽される面の奥行距離値は(dmin)と一致せず、それの2から3倍となると予想される。ここでは、遮蔽面と遮蔽される面との関係が矛盾しないように視覚システムは働くので、隣接する丸窓の輝度を操作することによって視えの奥行距離を変えることができると仮定される。このような構想で作成されたステレオグラムは(c)に示されていて、両眼立体視すると、いくつもの小さな丸窓の背後に遮蔽された面が、ちょうど篩いを通して覗いたように、出現する。ただし、上側のステレオグラムは(a)条件で、下側のそれは(b)条件で作成されているので、下側の方の遮蔽された面の視えの奥行が大きいと予測される。実験の結果、この予測は支持されなかった。すなわち、ステレオグラムで対応を欠く領域の視えの奥行は視差要因のみで規定され、空間の再体制化では解決されないことと考えられる。

1.11 垂直視差の処理過程に関する新しい仮説(stereo capture hypothesis)

 図12のステレオグラムは、斜線分とドットから構成されている(左ステレオグラムと中央ステレオグラムは交差視差に、中央ステレオグラムと右ステレオグラムは非交差視差にそれぞれ設定)。(a)のステレオグラムには水平視差、垂直視差は設定されていないので左右のステレオグラムは同一である。(b)では、2つのステレオグラムのドットのみに垂直視差が付けてある。両眼立体視すると、視差のない斜線分が注視点(十字形)の前あるいは後に奥行出現するが、ドットは奥行出現しない。(c)では、2つのステレオグラムの斜線分のみに水平視差が設定されている。(b)と同様に斜線分に奥行が出現する。(d) 2つのステレオグラムのドットのみに水平視差が設定されている。ドットは奥行出現するが、斜線分は奥行出現しない。Ito(9)は、この現象を規定する要因として、(1)斜線分とドットの垂直視差の組み合わせが関係すること、(2)斜線分が水平に近づくほど、奥行出現量は大きくなること、(3)刺激の瞬間提示(67〜167 ms)でも奥行出現は生じることから、眼球運動は関与していないことなどを明らかにした。
 これらの結果からステレオキャプチャ仮説が提示された。図13に示されたように、視差対応を計算すべき斜線(視差は設定されていない)の周囲にドットが配置され、しかもそれに垂直視差が設定されている場合(図中VDで表示)、垂直方向の視差(IVD)と水平方向の視差(IHD)を成分とするバーチャルな斜方向視差が誘導される。視覚システムは、本来、滑らかな視差を拘束条件として働くので、斜線を含めてすべての要素に滑らかな垂直視差を求めて視差対応を行う。その結果、斜方向の対応をとるために水平方向の視差が導出されるというわけである。ここでは、ドットの垂直視差が斜方向の視差をキャプチャすると仮定される。ステレオキャプチャ仮説のさらなる検証が待たれる。

1.12 垂直視差の役割

 垂直視差は、両眼の網膜像の横方向(緯度)と縦方向(経度)の位置の差をいう。図14に示されたように、観察距離(d)にある対象を注視させ、一定のキクロピアン離心線(r)上(図の例では方位角20度、仰角20度)にそって別の対象を移動させると、垂直視差の緯度成分と経度成分は距離の増大にともなってグラフ(i)と(ii)に示されたように変化する。緯度成分は距離(r)の増大に伴って大きく減少するが、観察距離(0.5mもしくは5m)が代わっても、その傾向は変化しない。一方、経度成分は、距離(r)が変化しても一定となり変化を示さないが、観察距離が変わるとその値が大きくなる。すなわち、垂直視差の緯度成分は距離要因(r)でのみ変化するのに対して、経度成分は輻輳距離でのみ変化する。
 Duke & Howard(5)は、水平視差検出に垂直視差の果たす役割について検討した。実験では、水平視差で提示した垂直軸に関する湾曲面の知覚が、観察距離を変えた場合に垂直視差の有無で変わるか否かが試された。もし垂直視差が水平視差の見積もりに何らの影響を与えなければ、湾曲面はHering-Hillebrandの法則(垂直視差が働かない場合には近距離は凸面に、遠距離は凹面に知覚)に従って知覚され、垂直視差が働けば湾曲面は垂直視差で規定されるとそれぞれ予想される。実験の結果、(1)垂直視差は、湾曲面がある水平視差の範囲(+/-40.34′)にあれば、面の湾曲を予想したとおりに知覚的に誘導すること、(2)水平視差を設定しない部分を中央に水平に1列設けた場合には、その部分とそれを囲む周辺の面との視差がある範囲内(+/-5′)を越えると、垂直視差の無い列は周囲の面と等しい湾曲をもっては出現しないこと、(3)垂直視差は、2つの面が水平視差で(+/-10′)以上隔てて重畳されている場合には、その2つの面間でプールされないこと、等が明らかにされた。
 結局、垂直視差は対象となる面までの距離を直接規定し、輻輳の見積りを通しては規定していないことが示唆されている。

1.13 ファントムステレオ視の初期処理過程

 ファントム・ステレオ視(phantom stereopsis)とは、図15に示されたように、左右ステレオグラムの対応する要素間に対応可能な特徴が存在しないのに薄く矩形が立体出現するもの(b)をいう。一方、(a)では、左右ステレオグラム間に対応可能な特徴が存在するので、遮蔽面と遮蔽された面が奥行出現する。Mitsuda et al.(12)は、ファントム・ステレオ視が初期段階での視覚処理過程で生起するか、あるいは認知を伴う高次処理が必要かを検討した。実験は、両眼視差が設定されたステレオグラムとファントム・ステレオグラムを用意し、それぞれのステレオグラムに不算刺激(図中のbとd)およびノイズ刺激(左右で対応のないドットを追加)を設定し、目標となる対象(両眼視差条件、視差対応のない条件とも1個のターゲットが奥行出現)の探索正答率をしらべた。その結果、探索正答率は、視差対応のない条件の方が視差対応を持つ条件よりは高いこと、さらにノイズ刺激は、両条件のステレオグラムでの探索正答率を低下させることが示された。
このことから、ファントム・ステレオ視は視覚処理の初期段階で成立することが示唆されている。

1.14 形状の照合と認知におよぼす両眼立体視の効果

 視覚システムは、同一の対象を異なった視点から観察しても、それが同一の対象であることを認知することができる。たとえば、ネコを正面もしくは側面のいずれから見ても、それがネコであることを認知できる。これを説明する仮説には、視点−独立型仮説と視点-依存型仮説とがある。視点-独立型仮説によれば、視覚システムは一般視点から構成された構造的形状表現を保有しているので、1箇所のみの視点からの情報があれば視覚システムは対象の一般的形状を特定でき、次に他の視点からの情報が届いても即座に同一の対象であると認知できるためと考える(Biederman 1987, Marr & Nishihara 1978)。一方、視点−依存型仮説よれば、視覚システムはひとつの視点からは、それに固有な形状のみを特定するので、一般的形状を認知するためには、ある種の外挿もしくは内挿を必要とすると考える(Poggio & Edelman 1990, Tarr & pinker 1989)。前者の仮説によれば、視点が変化しても即座に形状認知が可能となるので、形状認知のエラーあるいは認知成立までの反応時間などを指標として測ることのできる認知的コストが低くなるのに対して、後者は、視点が変わるたびに外挿あるいは内挿を必要とするので認知的コストが高くなると予測される。
Burke(3)は視点が変化したときの認知的コストを、両眼視差条件(ステレオプシス)と両眼視差が無い条件(シノプシス)とで比較した。視点−独立型仮説あるいは視点-依存型仮説のいずれにおいても、ステレオプシス条件とシノプシス条件は認知的コストに影響を与えないだろうと予想される。実験で使用された刺激パターンは、図16に示されたようなクリップ状の針金細工で、ステレオプシス条件あるいはシノプシス条件のいずれかで、形状を変えながら連続して提示される。被験者は最初に提示された形状と次に提示された形状とが同一か否かを答える。認知的コストの指標には、誤判断率と認知反応時間が用いられた。その結果、シノプシス条件に比較してステレオプシス条件は、誤判断率、認知反応時間とも有意に小さく、視点の変化に伴う形状の認知への規定要因は両眼視差にあることが示された。
このことから、両眼視差が形状についての大きな情報を与えているので、認知的コストは、刺激から一般的な構造表現を得るためにどの程度の情報量を持つかに依存して変化することを示している。

 1.両眼立体視